第2章 3 前夜

「アレン先生…?」


ヒルダは戸惑っていた。何故アレンが真剣な目で自分を見つめているのかさっぱり分らなかった。


(でも、アレン先生に好きな女性がいると言う事は良いことかもしれないわ)


そこでヒルダは言った。


「そうですか、その方とうまくいけば良いですね。どうもお魚有難うございました。では失礼致しますね」


「あ…ああ。気を付けて‥な」


アレンは気がそがれた返事を返し、ヒルダは診療所を去って行った―。



「は~…」


ヒルダが去るとアレンは溜息をつき、誰もいなくなった診療所の椅子に腰を下ろした。


「やはり、ヒルダには俺がただの医者であり…アルバイトの雇用主としてしか見えていないんだな…」


そして再びため息をつくのだった―。




****


 その夜のヒルダとカミラの食卓には魚のムニエルがメイン料理となった。


「ヒルダ様。このお魚はどうしたのですか」


カミラはムニエルを一口食べると尋ねて来た。


「これはね、今日港に行ったら偶然アレン先生に出会ったの。アレン先生は釣りをしていたみたいで大きな魚が2匹バケツに入っていたわ。それでお裾分けしてくれたの」


「まぁ、そうだったのですね。まさかアレン先生がご自分で魚をさばいたのでしょうか?」


「ええ、そうよ。アレン先生は凄いわね。自分で料理もされるから。そうしたら1人暮らしが長いからだって言ってたの。だからアレン先生に尋ねたのよ。結婚は考えたことが無いんですかって?そうしたらアレン先生、顔を真っ赤にしていたわ」


「え?ヒルダ様が尋ねたのですか?結婚の話を?」


カミラが目を丸くした。


「ええ。ほら…お兄様の結婚も近いじゃない?だから…」


ヒルダは少し目を伏せながら言う。


「ヒルダ様…」


カミラは何もかも気付いていた。ずっとエドガーがヒルダを愛していた事も、そして…アレンがヒルダの事を好いているのも。


(でも…ヒルダ様はずっと…ルドルフさんの事しか見えていなかったから…亡くなった今でも…。だからお2人の気持ちに気付けなかったのね…)


おいしそうに食事をしているヒルダを見ながらカミラは思った。


(どうかヒルダ様が…幸せになりますように…)


出来ればヒルダには幸せな家庭を築いてほしいとカミラは願っていた―。




****


 ヒルダの大学が始まるのは9月からだった。その間、ヒルダは週に4回アルバイトに精を出していた。


季節はいつの間にか6月に入っていた。


そしていよいよ明日はエドガーの結婚式という日―。




「ヒルダ様、本当に宜しかったのですか?フィールズ家に行かなくても…」


『カウベリー』のホテルの部屋で荷物整理をしながらカミラが尋ねて来た。


「え、ええ…。いいの、フィールズ家には…行かなくても。どうせ明日の結婚式でお父様やお母様。それに…お兄様と会う事になるのだから」


ヒルダも自分の荷物整理をしながら答えた。


「ヒルダ様…」


カミラは心配そうな顔でヒルダを見つめている。今夜はエドガーの結婚を祝う前夜祭がフィールズ家で行われることになっていたが、ヒルダはそれを丁寧に断ったのだった。どうしてもエドガーとは顔を合わせずらかったからだ。ヒルダはエドガーの自分に対する気持ちを知ってしまった。挙句に明日は別の女性と結婚式を挙げる。そんな時に何と声を掛ければ良いのかヒルダには全く分らなかったのだ。


(ごめんなさい。お兄様…)


そしてヒルダは心の中でそっと祈った。


結婚相手の女性が良い方であるように…と―。




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