第5章 20 家族との別れ
翌日―
一家団欒の朝食を終えたヒルダはリビングで向かい合って座り、母に別れを告げていた。
「お母様、どうぞお体にお気をつけて過ごして下さい」
ヒルダは車椅子に坐るマーガレットの両手をしっかり握りしめると言った。
「ええ、ヒルダ。大丈夫だから心配しないで。次の休暇で貴女が帰ってくる頃には見違えるように元気になって迎えると約束するから」
「お母様…私、またここに帰って来ても宜しいのでしょうか…?」
ヒルダは俯き加減に質問した。
「ヒルダ、貴女一体何を‥!」
そこでマーガレットは気が付いた。恐らくヒルダはマルコに気を遣っているのだと言う事に。ヒルダはマルコに自分の姿を見られては、死んでしまったルドルフの事を思い出してしまうのではないかと思い、ずっと息を潜めたような暮らしをしていたのだ。
「大丈夫よ、ヒルダ。ここは貴女の家なのよ?そんな事気にしないで帰って来て頂戴。きっと…マルコさんも分ってくれるはずよ…」
「ありがとうございます、お母様」
「あのね…ヒルダ。これを受け取って頂戴」
マーガレットはテーブルの上に置いておいた紙袋を手渡した。
「はい」
ヒルダは早速受け取ると尋ねた。
「今見てもいいですか?」
「ええ、勿論よ」
マーガレットは笑みを浮かべて頷く。ヒルダは早速紙袋に手を入れると中身を取り出した。
「まぁ、これは…」
それはマーガレットがヒルダの為に編んだ靴下だった。
「ヒルダ、足を冷やさないようにね?」
「ありがとうございます、お母様。大事に履かせて頂きます」
ヒルダは靴下を胸に抱きしめると、儚げな笑みを浮かべた。
コンコン
その時、ノックの音がして、ハリスの声が聞こえて来た。
「ヒルダ、そろそろ出発の時間だ」
「はい、お父様」
ヒルダは杖を持って立ち上がると、再度マーガレットを見た。
「お母様、それでは…行ってきます」
「ええ、ヒルダ。行ってらっしゃい」
母と娘はしっかり抱き合った―。
杖を突きながらエントランスへ向かうと、そこには茶色い防寒コートに身を包み、紺地のビロードのキャスケットを被ったエドガーが1人で立っていた。
「お兄様…」
「ヒルダ、にもつはもう馬車に積んであるんだ。おいで。手を貸そう」
エドガーはヒルダに右手を差し出して来た。
「ありがとうございます、お兄様」
ヒルダはエドガーの手を取ると、思いのほか強くその手を握られるのだった…。
キイィ~
大きな扉をエドガーが開けると、正面には既に馬車が待っていた。勿論御者台に乗るのはスコットである。馬車の前には父のハリスも立っていた。
「おはようございます、ヒルダ様」
スコットは笑顔でヒルダに挨拶をした。
「おはようございます、スコットさん。駅までよろしくお願いします」
ヒルダは丁寧に頭を下げる。
「そんな。お礼なんてよして下さい。」
スコットは慌てた様に手を振ると言った。そんな様子をじっと見つめていたハリスがヒルダに声を掛けて来た。
「さぁ、ヒルダ。馬車に乗りなさい」
ハリスは馬車のドアを開けて、じっとエドガーを見た。エドガーの右手はしっかりヒルダの手を握りしめている。
「…」
何処か刺すようなハリスの視線に耐え切れずエドガーは視線を逸らすと、ハリスは言った。
「エドガー」
「は、はい」
エドガーは肩をピクリと動かした。
「私はこの後、仕事で人と会う約束がある。すまないが、お前1人でヒルダを駅まで送ってやってくれ」
「!は、はい!」
エドガーは突然のハリスの言葉に驚き、すぐに思った。これは…きっとヒルダと最後に2人きりにさせてくれた温情であると言う事に―。
「それじゃヒルダ、馬車に乗ろう」
エドガーはヒルダを連れて馬車の前に来ると抱き上げて、椅子に乗せた。
「ありがとうございます、お兄様」
ヒルダは礼を述べると馬車の外にいるハリスを見た。
「お父様、お元気で」
「ああ、ヒルダお前もな」
言いながらハリスはドアを閉めるとスコットに言った。
「馬車を出してくれ」
「かしこまりました」
スコットは手綱を握りしめ、ピシャリと打つと馬車はガラガラと音を立てて走り始める。ハリスは白い息を吐きながら馬車が見えなくなるまで見送った―。
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