第5章 18 マーガレットの願い
クリスマスも終わり、ヒルダは静かに傷心の日々を過ごしていた。例年ならば新年を迎えるパーティーもフィールズ家で行われていたが、今回はそれも取りやめであった。そしてヒルダは出来るだけ屋敷に籠もり、喪に服した生活を送っていた。何より自室に籠もっていたのはルドルフの父、マルコと顔を合わせないようにしていた為であった。
(ルドルフのお父様は…きっと私の姿を見ればルドルフを思い出してしまう。つらい思いをさせてしまうだけだわ…)
ヒルダは自分なりにマルコに気を使っていたのだった。外に出るのも控え、学校の課題を勉強したり、読書をして『カウベリー』での生活を過ごしていた。
一方、クリスマス以来エドガーはヒルダによそよそしい態度を取るようになっていた。そしてその反面、アンナと親し気に過ごす時が増えていた。しかしヒルダはその事に対し、多少の寂しさは感じるもののさほど気にはしていなかった。何故ならエドガーは今年アンナが16歳になったら結婚をする事がすでに決定している。アンナを優先するのは当然エドガーの義務だと考えていたからであった―。
****
雪の降る昼下がり―
赤々と暖炉の火が燃える母の部屋でヒルダは冬期休暇で出された課題の勉強をしていた。
「ヒルダ、足の具合はどうなの?」
ベッドの上で編み物をしていたマーガレットは不意にヒルダに声を掛けてきた。
「今は暖炉の前にいるので痛みは無いです」
ヒルダは顔を上げて母を見た。
「そうなのね。なら良かったわ…」
マーガレットは編み物の手を休めるとため息をついた。
「お母様、お疲れでしたら編み物はやめてお休みになって下さい」
ヒルダは心配そうに声を掛けた。
「ええ…でもどうしてもこの編み物を貴女がロータスに帰るまでに仕上げておきたいのよ」
「え?その編み物…ひょっとすると私の為ですか?」
「ええ。そうよ?可愛らしい色でしょう?」
マーガレットは編んでいる途中の編み物をヒルダに見えるように持ち上げた。その毛糸は淡いピンク色で靴下であることが分った。
「靴下ですね?」
「ええ、そうよ。カミラに聞いたのよ。今住んでいるアパートメント…薪ストーブがリビングにしか無いのですって?」
「え?は、はい」
「それでは部屋が寒いでしょう?」
「ええ…でもロータスはカウベリー程寒くはありませんし、夜寝る時だけ自分の部屋へ行くので大丈夫です。それに湯たんぽをして寝るので寒くありません」
その時、ふとヒルダはルドルフとベッドに入り、肌を合わせた時の事を思い出した。
(そう言えば…あの時は湯たんぽは無かったけれどベッドの中は暖かだったわ…ルドルフと一緒だったから‥…)
再びルドルフの事を思い出し、胸が熱くなったヒルダは泣きたい気持ちを必死に抑えた。
「ヒルダ、どうかした?」
しかし、母は目ざとい。ヒルダの心の機微を感じ取った。
「いえ、何でもありません」
ヒルダは首を振ると、再びノートに向かった。カウベリーに帰って来たばかりのヒルダは常に泣いて過ごしばかりの生活をしていたが、クリスマスを過ぎたあたりからは勉強に打ち込むようになっていた。それはまるでルドルフがいなくなってしまった心の隙間を勉強によって穴埋めしようとしているようにも見て取れた。
(ヒルダ‥‥。貴女はまだ17才なのよ…?いつまでも喪に服すような生活はやめにして今後の事も考えて欲しいわ…)
マーガレットの願いは、一つだけ。
亡くなってしまったルドルフには悪いが、ヒルダには新しい恋をして貰いたい、そして結婚して幸せな家庭を築き上げて欲しい…そう願っていた―。
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