第5章 12 それぞれのクリスマス 8

 帰りの馬車の中、ずっとヒルダは口を閉ざしていた。青白い顔でじっと馬車から窓の外を眺めるヒルダをハリスはただ見つめている事だけしか出来なかった。


(ヒルダ…昔のお前は良く笑う明るい子供だった…。もう昔のような笑顔は二度と見る事が出来ないのだろうか?どうすればヒルダを救ってあげられるのだ…)


ハリスは思った。これからはヒルダの望むことは出来るだけ叶えて上げようと…。

そしてふと、どうしてもヒルダに確かめたい事があった。


「ヒルダ」


「はい」


ヒルダは視線を移してハリスを見た。


「お前はエドガーの事をどう思う?」


「お兄様の事ですか?」


「ああ」


「お父様の後を継ぐのにふさわしい方だと思っています」


「そうか…他には何か思う処は無いか?」


「思う処…?」


「そうですね。とても優しくて頼りになるお兄様です」


「エドガーはそんなにヒルダに優しいのか?」


「はい」


ヒルダは言葉少なく語る。


「正直な気持ちを聞かせてくれ。エドガーとアンナ嬢との結婚‥どう思う?」


「お兄様とアンナ様の結婚ですか?アンナ様もとても良い方ですので義理の家族になれるのは喜ばしい事です。お2人はきっと幸せになれると思いますし、心から祝福したいと思います」


「ヒルダは…では、2人の結婚が嫌では無いのだな?」


「え?何故嫌がるのですか?」


ヒルダは首を傾げた。


「あ、つまり…ヒルダにとってエドガーは優しくて頼りになる兄なのだろう?その兄を取られてしまうのが嫌だとか…そういう感情は無いのか?」


ハリスは言葉を濁しながら言う。


「まさか…そんな事考えたこともありません」


「なるほど。ではエドガーがアンナ嬢と結婚する事について反対はしないと言う事か」


「ええ。勿論です」


(お父様はどうしてこんな事を尋ねて来るのかしら…)


「そうか。すまなかったな。あれこれ変な事を尋ねてしまって。今の話は忘れてくれ」


「はい。分りました」


そして再びヒルダは馬車の外に目を向けた。


「…」


ハリスはヒルダの様子を見て思った。


(良かった…エドガーはヒルダに好意を寄せているようだが、肝心のヒルダには全くその気は無さそうだ。いくら2人が実の兄妹では無くても、2人の結婚は絶対に認める訳にはいかないからな…)


ヒルダはエドガーを兄としてしか見ていない…その事実がハリスを安心させた―。




****

 21時―


『お帰りなさいませ。旦那様。ヒルダ様』


ヒルダとハリスをメイドとフットマン達が出迎えた。


「ああ、今夜はもうエドガーは帰って来ないので屋敷の戸締りをしっかりしておいてくれ」


ハリスはコートを脱ぎ、フットマンに預けながら言った。


「お兄様は今夜は戻らないのですか?」


ヒルダが尋ねた。


「ああ、そうだ。今夜はアンナ嬢の邸宅に泊まることになっているのだ。クリスマスだからな」


「そうですか‥‥」


ハリスの言葉にヒルダは寂しげに言った。


「ヒルダ。エドガーが戻って来ないのが…それ程寂しいのか?」


(まさか、ヒルダ。お前はエドガーの事を…?)


ハリスの頭に嫌な考えがよぎる。しかし、ヒルダはハリスの予想外の事を口にした。


「いえ…そう言えば今夜は、本当は『ロータス』でクリスマスパーティーに呼ばれていたのです…で、でもこんな事になって・・・・」


「そうか、そうだったのか…」


ハリスは何と声を掛けてやればよいか分らなかった。


「ヒルダ、今夜はもう早目に休んだ方が良い。部屋まで送ろう。」


「ありがとうございす…」


ヒルダはハリスに手を取られて部屋へと向かった。



 部屋の前に着いたヒルダはハリスに言った。


「お父様。おやすみなさい」


「ああ。お休みヒルダ」


ハリスはヒルダの頭をそっと撫でると、背中をむけると去って行く。


「…」


ヒルダはハリスの後姿を見届けると部屋へ入り、扉を閉めた―。


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