第5章 1 結婚話と切ない気持ち
ルドルフの墓参りから1夜明けた朝―
今朝も1人で起きて朝の仕度を終えたヒルダの部屋をノックする音が聞こえた。
コンコン
(誰かしら?お兄様?)
「はい、どうぞ」
すると扉がカチャリと開かれ、やはりそこに立っていたのはエドガーだった。
「おはよう、ヒルダ。今朝も1人で準備をしたのか?」
「はい、お兄様。ここにいる間は…なるべく自分の事は自分でするつもりですから」
「そうか…」
エドガーは改めてヒルダの姿を見た。今朝のヒルダはグレーの地味なワンピースを着用し、髪留めも黒を付けている。
「ヒルダ、その姿は…」
「はい、喪中ですから…」
ヒルダは俯きながら返事をした。
「やはり、そうか…」
エドガーは溜息をつくとヒルダに手を差し述べた。
「ヒルダ、朝食に行こう。今朝は父もいるんだ」
「そうですか…お父様がいらっしゃるのですね…」
ヒルダはエドガーの差し出した手に自分の手を乗せると頷いた。
「ああ、では行こう」
「はい」
ヒルダとエドガーは手をつなぎ、ダイニングルームへ向かった―。
****
「良かった…ヒルダ。来てくれたのだな?ありがとう、エドガー」
ハリスはヒルダがダイニングルームへ現れたのを見て、笑みを浮かべて立ち上がった。傍らには車椅子に乗ったマーガレットがいる。そしてヒルダを見ると言った。
「お早う、ヒルダ。エドガー」
「おはようございます。父上、母上」
「おはようございます。お父様、お母様…」
エドガーの挨拶の後にヒルダも続いた。
「さあ、2人共。席に着きなさい。家族4人揃っての初めての朝食なのだから」
ハリスの言葉に促され、エドガーがヒルダに声を掛けた。
「席に座ろう」
「はい」
エドガーに手を引かれ、ヒルダはダイニングテーブルに向かうとエドガーが椅子をひいてくれた。
「ありがとうございます、お兄様」
ヒルダは会釈すると椅子に座った。そしてエドガーも着席すると、控えていた給仕たちが4人の前に朝食を並べ始める。ハリスは給仕たちにあらかじめ命じて置いたのか、マーガレットの前にはオートミールのミルク粥に野菜のポタージュ。そしてヒルダの前には色とりどりのドライフルーツとナッツにポタージュが置かれた。
「どうだ?ヒルダ。それなら…食べられそうだろう?」
ハリスが声を掛けてきた。
「はい、そうですね…私の好きな物ですので食べれます。ありがとうございます」
そしてハリスとエドガーの前にも食事が並べ終わると、ハリスが言った。
「では頂こうか?」
「「「はい」」」
3人は声を揃えて返事をすると家族揃っての朝食が始まった―。
「父上、『ミザリー地区』の領地の方はどうでしたか?」
カチャカチャとフォークとナイフを動かしながらエドガーが尋ねた。『ミザリー地区』とはフィールズ家が管理している領地であり、『カウベリー』よりも田舎の山村地帯である。
「良くは無かったな…あそこは寒波が酷くて…村人たちも苦しんでいた。もっと援助してやれれば良いのだが…」
そしてチラリとエドガーを見ると言った。
「こうなったら…時期を早めてエドガーとアンナ嬢の結婚を早めたほうが良いのかもしれないな…」
その言葉にエドガーは肩が動いた。
(アンナ嬢と俺の結婚を早める…?)
エドガーは素早く隣に座るヒルダを横目で見るが、ヒルダは無反応でドライフルーツを食べていた。
「しかし、父上…アンナ嬢はまだ15歳ですが‥?」
エドガーは出来れば2人の結婚を早めたくは無かった。原因はヒルダである。アンナと結婚をしてしまえば、ヒルダとは距離を置かなければならない。それが辛かった。
「なにも今すぐにとは言わない。アンナ嬢は来年16歳になる。その時に結婚しても良いだろう。あそこの伯爵家は資金力があるからな…」
そう、もともとフィールズ家は伯爵家ではあるもののアンナの家よりも財力がある訳では無かった。その為にエドガーはアンナと政略結婚をさせられる。もとより、それが目的で養子にされたのも同然だった。
(もう少し、このままヒルダの傍にいられたらいいのに…)
エドガーはテーブルの下で手を握りしめたが、どうする事も出来ないのは自分でも良く分っていた。
そしてエドガーとアンナの結婚の話を顔色一つ変えずに話を聞いているヒルダ。
その事が、エドガーの胸を切なく締め付けるのだった―。
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