第4章 34 エドガーとヒルダ
「カミラ…私も時期に『ロータス』へ戻るから…」
ヒルダは自室の窓からカミラが馬車に乗って去って行くのを眺めていた。そして馬車が完全に見えなくなるとヒルダは朝の仕度を始めた―。
午前8時―
濃紺のワンピースを身につけ、全ての身支度を整え終わった頃にヒルダの部屋の扉がノックされる音が聞こえた。
コンコン
「ヒルダ、俺だ。今大丈夫か?」
それはエドガーの声だった。
「はい、お兄様大丈夫です。どうぞ」
ドレッサーの前に座ったヒルダが声を掛けた。
カチャリ…
扉が開く音と共にエドガーが姿を見せた。そして窓際にいるヒルダの姿を見た。背後から太陽の光を受けたヒルダの金色の髪がキラキラと輝いている。その姿は本当に美しく、エドガーは思わず足を止めて見惚れてしまった。
「お兄様?」
ヒルダが首を傾げてエドガーをみた。
「あ、す・すまん。ヒルダ、支度が全て終わったんだな。まさか1人で全部済ませたのか?」
エドガーはヒルダのそばに近づくと尋ねた。
「はい、そうです」
「誰か…メイドを呼べば良かったのに」
しかしヒルダは言う。
「いいえ、大丈夫です。『ロータス』の暮らしでは当たり前の事ですから。炊事洗濯も全て1人で出来ます」
「そうだったな。そういえばヒルダは料理も出来るんだった。俺もいつかヒルダの手料理を食べてみたいな」
「え…?お兄様…?」
ヒルダが怪訝そうな顔をしたのを見て、エドガーは思わず無意識のうちに自分の本音を語ってしまった事に気づき、焦った。
「い、いや。今のは何でも無い、忘れてくれ」
しかし、ヒルダは言う。
「はい…私のつたない料理で良ければ…。フィールズ家の用に立派な食事は作れませんけど。」
「本当か?ありうがとう。それでヒルダ、今から食事に行こうと思って誘いに来たんだ。どうだ?何か食べられそうか?」
しかしヒルダは首を振る。
「すみません、お兄様。私まだ食欲が…」
「でもヒルダ。それでは本当に今に倒れてしまう。俺も父も、そして母も…皆ヒルダが心配なんだ。どうか一緒にダイニングルームに来てくれ」
エドガーは頭を下げて懇願した。こうでもしなければ本当にヒルダは朝食を抜いてしまいそうだったからだ。
「わ、分かりました…お兄様」
ヒルダはドレッサーの椅子から立ち上がろうとするとエドガーが手を差し伸べてきた。
「俺につかまるといい」
「ありがとうございます…」
ヒルダはエドガーの上に手を置いた。
「よし、行こう」
エドガーはヒルダの小さな手を握りしめた。
エドガーがヒルダの手を取り、長い廊下を歩いていると何人もの使用人たちにすれ違った。彼らは皆ヒルダとエドガーの姿を見るとその場に立ち止まって深々と頭を下げる。ヒルダにとって2年前まではそれらの生活が当たり前だったが、今となっては違う。言いしれぬ違和感を感じ、思わず俯いてしまった。
「どうした、ヒルダ」
ヒルダの手を繋ぎ、隣を歩いていたエドガーが声を掛けてきた。
「いいえ、何でもありません」
そんなヒルダの横顔をみながらエドガーは尋ねた。
「ヒルダ、いつルドルフの墓へ行きたい?」
するとヒルダはポツリと言った。
「もし、お兄様の都合がつくなら…朝食後、すぐにでも行きたいです。ご迷惑でなければ…無理でしたらお兄様のお時間に合わせます」
「ヒルダ…」
(どうしてそんなに自分の気持ちを押し殺すのだろう?もっと我儘を言ってもいいのに…)
エドガーはアンナとヒルダの性格の違いに驚いていた。アンナはまだまだ子供で無邪気だが、ヒルダは人一倍苦労をしてきたせいか、ずっと大人で達観していた。
エドガーはヒルダの手を強く握りしめると言った。
「ヒルダ、自分の気持ちを押し殺すな。せめて…俺には素直に自分の気持ちを伝えてくれないか?ヒルダは俺にとって…大切な妹だからどんな希望でも叶えてやりたいと思っている」
「お兄様…ありがとうございます」
ポツリと呟いたヒルダの目から、再びひとしずくの涙がこぼれ落ちるのだった―。
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