第4章 31 悲しみの食卓
19時―
ヒルダは初めて父とエドガーの3人で食卓を囲んでいた。テーブルの上に並べられている料理は『ロータス』で暮らしているヒルダにとっては信じられない程の豪華な料理が並べられている。
カクテルソースのサラダ、キノコのテリーヌ、ローストビーフにパンプキンスープ、タラのムニエルに焼き立てパン…。
「…」
しかし、その料理のどれもにヒルダは手を付けようとはしなかった。ただ、黙って俯いてテーブルの前に座っている。
「ヒルダ。料理が冷めてしまう…何か食べなさい」
ハリスが声を掛けるが、ヒルダは首を振る。
「食べたくないんです…」
ヒルダは今にも消え入りそうな声で言う。
「ヒルダ、食欲がわかないのか?」
エドガーが心配そうに尋ねる。
「はい。胸が一杯で…何も喉を通りそうにないんです…」
ヒルダの声は涙声だった。
「ヒルダ。だが…そんな様子では今に倒れてしまうぞ?私はお前の体調が心配でたまらない。マーガレットはまだここで食事がとれるほど体力が回復してはいない…久々の家族の食卓なのだ。頼むから何か少しでも食べてくれ」
ハリスは懇願した。
「お父様…でも私…」
するとエドガーが言った。
「ヒルダ、スープ位は飲めないか?」
「はい…飲んでみます…」
ヒルダはエドガーに促され、スプーンを手に取るとパンプキンスープをすくって口に入れてみた。かぼちゃの甘い味がヒルダの喉を通っていく。
「どうだ?ヒルダ。」
ハリスは尋ねた。
「はい…美味しいです…」
そしてヒルダはその後、無言で皿の上のスープを全て飲むと、もうそれ以上は何も食べる気がしなかった。
「もう、これだけで大丈夫です」
「ヒルダ、スープだけしか口に入れていないぞ?」
ハリスは声を掛けるが、ヒルダは首を振った。
「ごめんなさい、お父様…もうこれ以上は食べれそうにありません…」
そしてハリスに言った。
「お父様。すみませんが…今夜はもう部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」
ヒルダにはもうこれ以上椅子に座っている事も限界だったのだ。
「あ、ああ…。体調が悪そうだしな‥よし、いいだろう。ヒルダ。部屋に戻りなさい。」
「ありがとうございます。お父様…」
そしてヒルダは立ち上がり‥‥グラリと身体が傾いた。
「ヒルダッ!」
咄嗟に隣に座っていたエドガーがヒルダの身体を支えると言った。
「父上、この様子ではとてもではありませんがヒルダを1人で部屋に帰すのは心配です。私がヒルダに付き添ってもよろしいでしょうか?」
ハリスも青ざめた顔でヒルダを見つめながら返事をした。
「ああ…そうだな。すまないがエドガー。ヒルダを頼めるか?」
「はい、お任せください」
そしてヒルダに言う。
「ヒルダ、部屋まで連れて行ってやろう」
そしてヒルダを軽々と抱き上げた。
「お兄様…」
ヒルダはエドガーを見た。
「ヒルダ、それでは部屋に戻ろう」
「すみません、ありがとうございます。お父様、おやすみなさい」
そしてハリスを見ると言った。
「あ、ああ…。ゆっくり休むと良い」
ヒルダを抱きかかえたエドガーはハリスに一礼するとダイニングルームを後にした。そしてヒルダに声を掛けた。
「ヒルダ、本当に大丈夫なのか?スープしか飲まなくて」
「はい…食欲が全くわかないんです‥ごめんなさい」
ヒルダの目に再び大粒の涙が浮かぶ。
「ヒルダ‥今こんなことを尋ねるのは酷かもしれないが…早めにはっきりさせたい事があるんだ」
「…?」
涙に濡れた瞳でヒルダはエドガーを見つめる。
「このままここで俺達と一緒に暮らさないか?ヒルダを『ロータス』へ帰すのが…心配なんだ。向こうの暮らしは不便だろう?家事は全てやらなければならないし。おまけに足の事もあるし…。それにもう領民達のヒルダに対する誤解は解けたのだ。誰もお前を責める者はいない。堂々と暮らしていいんだぞ?」
ヒルダが心配…。それはエドガーの本心だった。だが、心の奥底では愛するヒルダを傍に置いておきたいという願望があった。
しかし、ヒルダは首を振った―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます