第2章 26 さびれた病院

「ありがとうございました。」


お金を払い、ルドルフとヒルダをノラが入院している病院前で降ろすと馬車は走り去って行った。



「・・・。」


ルドルフはノラが入院している病院をじっと見つめた。病院の敷地を囲む門は半壊しており、建物は3階建てのコンクリート造りではあったが、驚きなのはその外観であった。とても古く、コンクリートの一部が欠けて剥がれ落ちている。日当たりの悪い場所に建てられているせいだろうか・・日陰の部分の土地にはゼニゴケがびっしり生え、壁の一部は緑色のツタで覆われ、それが屋上にまで伸びている。


「ルドルフ・・・。」


ヒルダはこの病院の異常さに気づいたのか、ルドルフの右手を必死に握り締めている。握り締めるその手は・・小刻みに震えていた。


「ヒルダ様、大丈夫です。僕がついています・・。」


ルドルフはヒルダの肩に手を置き、小さな身体をしっかり抱きよせると髪をなでながら言う。


「え、ええ・・。ありがとう・・・ルドルフ。」


やがてヒルダはルドルフの腕の中で落ち着いたのか、身体の震えが止まった。


「ヒルダ様・・それでは行きますか?」


「ええ・・。」


そして2人は手をつなぐと、不気味な病院の中へと足を踏み入れた―。




「ノラ?ああ・・あの女工員かい・・。確か107号室の大部屋に入院していたかな・・?最も大部屋と言ってもその部屋には2人しか入院していないけどね。」


この病院は入院患者のみを扱っている病院のようで、受付をしているのは老婆のみだった。


「それにしても・・この病院に面会に来るとは物好きな子たちだねえ・・そんな立派な身なりをしている子たちが来るような場所じゃないというのに・・・。」


老婆はブツブツ言いながら名簿を閉じた。


「え・・・?」


ルドルフはその話を聞いて、驚いた。


「この病院は・・面会に来る家族がいないのですか?」


「ああ、そうだね・・。心の余裕がないから・・面会にも来ないのだろうね。」


「そうですか・・ありがとうございます。」


ルドルフは受付の老婆に礼を述べると、ヒルダを見た。


「行きましょう、ヒルダ様。」


「ええ・・。」



 夕暮れまでにはまだ時間があるのに、病院の中はすっかり薄暗くなっていた。なのにこの病院には明かりが置かれていない。


「ルドルフ・・どうしてこの病院には・・・ランプもカンテラもないのかしら・・?」


ヒルダはルドルフに尋ねる。


「ええ・・ひょっとすると、経営がうまくいかずに貧しい病院なのかもしれません。明かりを灯すこともできない程の・・。」


ヒルダに話しながらルドルフは思った。


(建物もボロボロで・・・廊下を明るく照らすこともできない。おまけにボイラーすらないのだろうな・・こんなに寒いなんて・・・これでは満足な治療を受けることも難しいのかもしれない・・。ノラは・・大丈夫なのだろうか・・?)


「あ、ルドルフ。ここが107号室よ。この部屋にノラさんが入院しているのじゃないかしら?」


ヒルダは部屋番号のプレートを指さした。


「そうですね。恐らくこの部屋でしょう。では入ってみましょうか?」


「ええ、そうね。」


そしてルドルフはドアノブに手を触れるとカチャリと扉を開けた。


「「!」」


扉を開けた途端、ルドルフとヒルダは異様な光景に息を飲んだ。その部屋はとても横長に広い部屋だった。窓際に10台以上のパイプベッドがならべられているが、平べったいマットレスに加え、ベッド幅も狭い。満足に寝がえりを打つのも難しそうなベッドだった。ベッドはほとんど空き状態で、それぞれ一番右端と左端にのみ、人が寝ている様子がうかがえた。


「ル、ルドルフ・・・。こ、これが・・・病人が入院する病室なの・・?」


あまりにも酷い環境下に置かれた病室を目にしたヒルダの顔色は・・・真っ青になっていた―。






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