第1章 12 薔薇に思いを寄せて

 翌朝―


ヒルダは早起きをして朝からパンとスコーンを焼いていた。部屋の中には美味しそうな匂いが漂っている。


「おはようございます、ヒルダ様。」


6時に起きて来たカミラはヒルダがもう起きてキッチンに立っていることに驚いた。


「おはよう、カミラ。」


ヒルダのつけている真っ白なエプロンにはピンク色のバラの刺繍がされている。それは昨夜ヒルダが仕上げたものだった。


「ヒルダ様・・・こんな朝早くからお料理を作ってらしたのですか?朝は冷えると言うのに・・足の具合は大丈夫なのですか?」


カミラは気づかわし気に声を掛ける。


「ええ、もう大丈夫よ。確かに初めに起きた時は寒かったけど・・・今は暖炉の火で部屋の中は温かいから。それよりも、どうかしらカミラ。このエプロン。」


ヒルダは薔薇の刺繍のエプロンが良く見えるようにカミラの傍に立つと尋ねてきた。


「ええ、そのエプロン・・・とても素敵ですよ?」


「フフ・・ありがとう。実はお母さまに薔薇の刺繍を入れたハンカチをプレゼントしたくて自分のエプロンで練習してみたの。」


「まあ、そうだったのですね?それはきっと喜ばれるでしょうね。」


「だといいけど・・後でハンカチを買いに行かなくちゃ。」


ヒルダは嬉しそうに言った―。




午前8時半―


そろそろカミラの出勤時間が迫っていた。


「はい、カミラ。」


ヒルダはカミラに小さなバスケットを手渡した。


「え?ヒルダ様・・これは・・?」


カミラは受け取ると首を傾げた。


「あの、これ・・カミラのお弁当を作ってみたの。さっき焼いたスコーンとチキンサラダが入っているから・・食べて。」


「まあ・・・ヒルダ様。ありがとうございます。」


カミラはバスケットを受け取るとカバンにしまった。



 上着を着て、マフラー、帽子、手袋を付けたカミラをヒルダは玄関まで見送った。


「それでは行ってきますね。ルドルフさんにもよろしく伝えて下さい。」


「ええ。分かったわ。それじゃ、カミラ。お仕事頑張ってね。」


ヒルダは笑顔でカミラに手を振る。


「はい、それでは行ってまいります。」



バタン・・・


扉が閉まると、ヒルダは1人になる。これからがヒルダの時間だ。


「さて・・・まずはお洗濯をしなくちゃ・・・。」


ヒルダはバスルームへと向かった―。




午前10時半―


カランカラン


ドアベルを鳴らしながらルドルフがマドレーヌの家の店に現れた。店内は開店して間もないのに20人近い客であふれていた。


「凄い人だな・・・。」


ルドルフは唖然とした顔で呟くと、カウンターに目を向けた。そこにはアルバイト店員らしき若い男女がケーキの販売員をしていた。すでに会計には数名の列が出来ている。ルドルフも列に並ぶと順番を待った―。



「いらっしゃいませ。何になさいますか?」


10分ほど待つとルドルフの番になった。男性店員がルドルフに声を掛けて来る。


「あの・・昨日ケーキを注文したのですが・・。」


ルドルフはポケットから注文伝票を取り出すと、店員に手渡した。


「ああ・・・薔薇のケーキですね?少々お待ち下さい。」


店員は一度店の奥に引っ込むとすぐに小ぶりな正方形の箱を手に戻って来た。


「こちらで宜しいでしょうか?」


蓋を開けて中を見せてくれた。箱の中にはまるで薔薇の花が乗っているような美しいケーキが入っている。


「うわ・・・本当に綺麗なケーキだな・・。きっと・・。」


思わず自分の気持ちを口に出してしまった。


「恋人にプレゼントですか?」


不意に店員に声を掛けられてルドルフは顔を上げた。


「恋人・・・。」


(僕とヒルダ様は・・恋人同士になれるのだろうか・・・。)


ルドルフはヒルダの顔を思い浮かべるのだった―。



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