第12章 3 うわ言で呟く名前は
ヒルダは夢を見ていた。それはあの教会で起こった火事の夢・・。
火のついた薪を持って近付いてくるグレース。彼女の背後に震える3人の少年少女たち。しかし、1人の勇敢な少年がヒルダの身を案じ、声を上げてグレースを止めに入り、彼女の腕を掴み・・・痛みによりグレースは薪を落とした瞬間に、あっという間に床から燃え広がる炎・・・。熱い炎と煙に巻かれ、ここまでかと観念した時に何者かがヒルダを抱き上げ、教会の外まで連れ出してくれた・・・。
ヒルダは思い出した。あの時・・グレースを止めに動いたのがイワンだった。そのイワンが自殺してしまった。そして・・・ヒルダを散々追い詰めてきたグレースが・・あろうことか父親によって殺害されてしまった。
(ルドルフ・・もう・・貴方のもとにグレースが死んだことの知らせは届いているの・・?私がグレースさんから・・一度はルドルフを奪ってしまったから・・・あの2人の人生を狂わせてしまったの・・?)
「ルド・・・ルフ・・・。ごめんなさい・・私のせいで・・グレースさんを・・。」
ベッドの上に寝かされているヒルダがうわ言を言い・・・その目から一筋の涙が零れ落ちた。
「ヒルダ様?!」
突然倒れてしまったヒルダを気遣って、付き添っていたアンナはうわ言でヒルダがルドルフとグレースの名を呼んだのを聞いて驚いた。
(何故・・?何故ヒルダ様はルドルフ様とグレースの名を呼んで涙を流しているの・・?やっぱり・・ヒルダ様とグレースの間には何かがあるのだわ・・そうでなければヒルダ様が関係ないルドルフ様の名を呼ぶとは思えない・・・。)
アンナはそっと部屋を出ると・・・自室に向かった。
エドガーに電話を掛ける為に・・。
「な・・何だってっ?!ヒルダが・・っ?!」
エドガーはその時、自分が思いもかけず大きな声でヒルダの名を口にしてしまったことに気付き、慌てて辺りを見渡した。しかし、幸いな事に・・部屋の外にも使用人たちはいなかった。
(ふう・・良かった・・だが、気を付けないとな・・。)
エドガーは心の中で溜息をついた。
『もしもし?エドガー様、どうかされましたか?』
受話器越しからアンナの訝し気な声が聞こえてきた。
「い、いや・・・すまない。アンナ嬢。何でもないよ。ところで・・・本当に眠りながらルドルフの名を呟いて・・泣いていたのかい?」
『はい、そうです。本当に・・あの時のヒルダ様には驚きました。私がヒルダ様にお話ししたのはあくまでイワンとグレースの死についてなのに・・突然気を失って倒れてしまい、その後・・・・うわ言でルドルフ様の名を呼んで涙を流されたのですから・・。』
「そう・・なのか・・・。分かった、教えてくれてありがとう。アンナ嬢。そして・・彼女の事を・・どうか頼むよ。」
『はい、分かりました。お任せください。それでは私はヒルダ様の様子を見てまいりますので失礼致します。』
「ああ・・・よろしく。」
そしてアンナからの電話は切れた。
チン・・・
エドガーは受話器を戻すと溜息をついた。
(やはり・・ルドルフにもヒルダの事は・・話しておいたほうがいな・・。)
エドガーは窓へ向かい、外の景色を眺めた。窓の外は日が落ち、空は赤紫色に染まり、雪に覆われた大地は青く染まっていた。
「父上は・・遅いな・・。」
今、父は執事のマルコと共に、イワンの家に弔問に行っている。話を聞いたところによると、イワンの家は母1人、子1人の2人家族であり、身体を壊して働けなくなった母親に成り代わり、今ではイワンが働き手になって家計を支えていたと言う。
(働き手である、たった1人きりの大切な息子を失ったイワンの母は今・・一体どんな心境なのだろう・・。)
イワンの母の事を思うと、本当に哀れで鳴らない。そしてそれと同時に今は既にこの世にいないグレースをエドガーは激しく憎悪した。
(グレース・・・俺は・・例え、お前が父親の手によって殺されようとも・・お前に対する憎しみは・・多分一生消える事は無いだろう・・。)
そしてエドガーは、今後どうすればヒルダの火事の冤罪を晴らすことが出来るのか・・この先の事を考え、溜息をつくのだった―。
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