第7章 7 オリエンテーリング ④

 『ロータス』の港を出発してから1時間後―


ヒルダたちを乗せた蒸気船は『ニトル』の島に到着した。


「ヒルダ、大丈夫?船が揺れるけど・・降りられそう?」


マドレーヌが気遣わし気にヒルダに声を掛けた。


「ええ・・大丈夫よ・・・。」


しかし、言った傍から重いリュックを背負ったヒルダはグラリとバランスを崩し、前のめりに倒れそうになった。


「ヒルダ!危ないっ!」


マドレーヌが叫んだ時、誰かが正面からヒルダを抱きとめた。


ボスッ


ヒルダはその人物の胸に倒れこんでしまったが、その人物はヒルダをしっかりと受け止めてくれた。


「あ、ありがとう・・・。」


ヒルダが見上げると、そこには美しい顔をしたルドルフが無言でヒルダを見下ろしていたのだ。


(ル・・ルドルフ・・・ッ!)


ヒルダは驚いた。まさか転びそうになった自分を支えてくれたのがルドルフだとは思いもしかなったのだ。1年半前とは比べ物にならないほど背が伸び、たくましく成長したルドルフに抱き留められて、ヒルダは顔を赤らめて動揺してしまった。

赤く染まった顔をルドルフにもマドレーヌにも知られたくなかったヒルダは俯いたまま、そっとルドルフの胸を押すと言った。


「あ、ありがとう・・・・。」


するとルドルフが一言だけ言葉を口にした。


「気を付けて。」


「!は、はい・・・」


その言葉は・・ひどく他人行儀でそっけないものだった。ルドルフはチラリとヒルダを一瞥すると、すぐにその場を去って行く。まるでもうヒルダには微塵も興味がないかのように・・・。


「ヒルダ、大丈夫だった?」


ルドルフが去るとマドレーヌが声を掛けてきてくれた。


「ええ、大丈夫よ。」


「ヒルダ。私にしっかりつかまって。ゆっくり歩いて行きましょう?」


マドレーヌはヒルダに手を差し伸べると言った。


「ありがとう、マドレーヌ。」


ヒルダはマドレーヌの手に触れると、しっかりその手を握り締めた―。




「それにしても・・・ルドルフって何考えているのかしらね?」


ヒルダの手をつないで船の中を歩きながらマドレーヌが言った。


「え?ルドルフがどうかしたの?」


ヒルダは突然マドレーヌの口からルドルフの名前が出てきたので、ドキドキしながら尋ねた。


「うん・・・親切な人なのか、冷たい人なのか良く分からない人だと思って。今みたいにとっさにヒルダを助けてくれたけれども、荷物を持ってくれるわけでもなく・・・。」


ヒルダはマドレーヌの話を黙って聞いていた。


(だって・・それは当然の態度よ・・。だって私はルドルフに酷いことをしてしまったのだから。ルドルフは私に関わりたくないはずよ。だけど、さっきみたいに助けてくれたし・・。『カウベリー』にいた頃みたいにまた仲良くなれたらいいのに・・・。)


しかし、それは・・・贅沢な望みだと言う事はヒルダは百も承知していた・・。





 一方のルドルフは、先程の事を思い出していた。本当はあんな事するつもりではなかった。ヒルダの事はあくまで自分はただの傍観者としてみつめていようとロータスに着いた時から心に決めていたのに、転びそうになったヒルダを見た瞬間・・勝手に身体が動いてヒルダを抱き留めていた。しかもあろう事か、腕の中のヒルダを強く抱きしめたい衝動に駆られてしまった。その気持ちを必死に押し殺して、一言、「気を付けて。」と言うのが精一杯だったのだ。


(ヒルダ様・・・荷物も持たない僕を・・冷たい人間だと思ったのではないだろうか・・・。)


だけど、荷物を持てば余計にヒルダと接点を持たなくてはならない。その為、あえてルドルフはその場を立ち去ったのだった―。

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