第7章 4 オリエンテーリング ①


「ヒルダ様。お忘れ物はございませんか?」


カミラが大きなリュックサックを背負ったヒルダに尋ねてきた。


「ええ、大丈夫よ。カミラ。」


しかし、そう答えるヒルダの顔色は浮かない。それもそのはず、今日から2泊3日で学校主催のオリエンテーリングが始まるのだ。今日は島に到着後、コース確認。そして明日が本番なのである。結局、あの日以来マイクの評判は失墜し、ろくな話し合いもできないままこの日を迎えてしまったのである。


「よろしいですか?ヒルダ様。どうしても無理そうなら、どうか先生たちにお願いして、ご辞退なさって下さいね。」


カミラはヒルダの右手をしっかり握りしめると言った。


「ええ・・そうね・・。実際のコースを少しだけ下見出来るみたいだから・・どうしても無理そうなら先生にお願いするわ。」


ヒルダはそう言ったが、何しろペアの相手はあのマイクである。マイクがそれで引き下がってくれるのか・・・ヒルダの心は不安が募っていた。


(多分・・・・マイクは私が参加しない事を許してはくれないでしょうね・・・。)


しかし、カミラにはその事は告げなかった。余計な心配をかけさせたくは無かったからだ。

ヒルダは廊下にある帽子掛けから、つばの広い帽子を取って被るとカミラを見た。


「それじゃ、行って来るわね。」


「はい、行ってらっしゃいませ。」


こうしてヒルダはカミラに見送られ、港へ向かった―。



10月初旬の秋の港は風が気持ちよく吹き、空は何所までも高く、青く、澄み切っていた。


「いい風・・・。」


港へ着いたヒルダが潮風を身体に受けながらポツリと呟いたとき、誰かが遠くで名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ヒルダーッ!」


声の方角を振り向くと、こちらへ向かって駆けよって来る人物がいた。それはフランシスだった。


「まあ、フランシスだわ・・・。」


「ヒルダ、久しぶりだな。」


ハアハアと息を切らせながらフランシスはヒルダに駆け寄って来ると笑顔で声を掛けてきた。


「ええ、久しぶりね。フランシス。」


ヒルダの特進AクラスとフランシスのEクラスでは教室が離れすぎているので、クラス替えをしてからは滅多に顔を合わせる事が無かった。だから久しぶりにヒルダに会えたフランシスは嬉しくてたまらない。それと同時に、マイクと同じクラスになってしまったヒルダが心配でならなかったのだ。


「ヒルダ。マイクの奴に嫌な目に遭わされたりしていないか?実はちょっと小耳にはさんだんだけど・・・マイクが騒ぎを起こして、そっちのクラス・・全くまとまりが無くなってしまったって話聞いたぞ?オリエンテーリングの話し合い・・全然できていないんだって?特進クラスにいる友人が話していたぞ?しかもヒルダ・・・マイクとペアにされてしまったんだって?」


フランシスが心配そうに声を掛けてきた、その時―。


「何?僕がどうかしたの?」


ヒルダの背後でマイクの声が聞こえた。


「!」


ヒルダは驚いて振り向くと、マイクが驚くほど近くに立っていた。


「おはよう、マイク。」


フランシスはヒルダの手を引いて自分の身体に囲い込むようにするとマイクに言った。


「フランシス・・・。」


マイクが眉を潜めると言った。


「フランシス。君はヒルダとは違うクラスだろう?」


「ああ、そうだ。だけどそれがどうしたって言うんだ?」


フランシスは言いながら、さりげなくヒルダを自分の背後に隠すとマイクに向き直った。ヒルダはフランシスの背中越しにマイクを怯えた目で見つめている。


(ヒルダ・・・ッ!まただ・・・また僕にだけ、そんな目を向けて・・・!)


マイクは下唇をギリッと噛むと言った。


「それにヒルダはオリエンテーリングは僕とペアなんだよ。だから打ち合わせがあるから・・こっちにおいでよ。ヒルダ。」


マイクは笑顔でヒルダに手を差し伸べるが、ヒルダは俯いたまま返事をしない。


「ねえ、ヒルダ。僕の声が聞こえないのかな?」


マイクはイライラした様子でヒルダに手を伸ばそうとした。


「やめろっ!」


その手をフランシスがはたき落とす。


「ヒルダが怖がっているだろう・・・。」


フランシスはマイクを睨み付けた。


「フランシス・・・。」


ヒルダがフランシスの名を呼んだその時。


「お待たせ、ヒルダ。」


丁度良いタイミングでマドレーヌが現れた。


「あ、お早う。マドレーヌ。」


途端にヒルダの顔に安堵の表情が浮かぶ。


「それじゃクラスの集合場所に行きましょう。又ね、フランシス。」


「ああ、またな。」


マドレーヌはフランシスに挨拶すると、ヒルダの手を引いて、歩き去って行く。

2人が去るとマイクはじろりとフランシスを見た。


「フランシス・・どういうつもりなんだい?」


「それはこっちの台詞だ。マイク・・・一体何を考えているんだ?とにかく・・・・ヒルダに酷い事をしたら許さないからな。」


フランシスはそれだけ言い残すと去って行った。そしてその姿を見ながらマイクはポツリと呟いた。


「フランシス・・・君はヒルダとはクラスが違うんだ。どうせ君がヒルダに出来る事は殆ど無いよ。僕は君なんか眼中にないからね。むしろ・・・。」


そしてマイクは前方を向いた。そこにはじっとこちらを見つめて立っているルドルフの姿があった―。

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