第4章 1 春の幕開け
寒い冬も終わりを告げ、季節はいつの間にか春に移り変わっていた。
「カミラ、それじゃ行ってくるわね。」
学校指定のスプリングコートを羽織ったヒルダはカミラに声を掛けた。
「はい、行ってらっしゃいませ。ヒルダ様。それで、本日は本当にお弁当は必要なかったのですか?」
「ええ、ステラ達と今日はカフェテリアでランチの新作メニューを食べることになっているの。」
するとカミラは顔に笑みを浮かべながら言った。
「ヒルダ様・・・ようやくお友達を作る気になれたのですね?本当に良かったです・・・。」
するとヒルダは目を伏せると言った。
「べ、別に・・・お友達という程の仲では無いわ・・・。一緒にお昼を食べる位だから・・。」
しかし、その頬はうっすらとピンク色に染まっている。
「そうですか?それではヒルダ様・・季節も良くなりましたし・・・足のリハビリをかねて、今度お昼を食べる方々とお出かけされてみてはいかがですか?この港から出ている観光船で近くに自然あふれた小島があるそうですよ。最近若い人たちの間でその小島に行ってピクニックするのが人気のようですよ。」
「・・・いいのよ。私は別にそんな事しなくても。足のリハビリならこの町を歩けば十分だから。それじゃ、行ってくるわね。」
玄関が閉められ、カミラは1人になると呟いた。
「ヒルダ様・・・。私は嬉しいです。ヒルダ様が少しずつ感情を取り戻してきたことが・・・。」
そしてカミラはポケットから手紙を取り出すと、握りしめるのだった―。
暖かくなったので、ヒルダの足は大分痛みが和らいでいた。今までは学校に着くまでに20分以上かかっていたが、ここ最近は15分ほどで着くことが出来るようになった。
ヒルダが教室に入ってくると、真っ先にマイクが声を掛けてきた。
「おはよう、ヒルダ。」
「おはよう、マイク。」
「あのさ、ヒルダ。今日・・・。」
マイクが言いかけた時、クラスメイト達が次々にヒルダに声を掛けてきた。
「おはよう、ヒルダさん。」
「おはよう、ヒルダ。」
その様子を見たマイクは心の中で舌打ちして、席へと戻って行った。
(あいつらのせいで・・ヒルダに話しかけるチャンスを無くしてしまったじゃないか・・。)
そしてマイクは溜息をつくのだった―。
ヒルダは声を掛けてきた全員に一つずつ、挨拶を返す。ロッカーに荷物を入れて席に着こうとした時、目の前にはアデルが立っていた。
「お・・おはよう。ヒルダさん。」
「おはよう、アデルさん。」
するとアデルは顔を少しだけ赤く染め、自分の席へと座った。
(アデルさん・・・わざわざ挨拶にきたのかしら?)
ヒルダは思った。
あの一連の財布事件から、ヒルダに対するダフネやアデル達からの嫌がらせは一切無くなった。つまり、それぞれの派閥からヒルダは目を付けられることが無くなったのだ。それだけでも以前に比べ、学園生活は快適なものになったのだが・・・。
「ヒルダーッ!」
ヒルダの隣の席のステラが元気よく手を振っている。ヒルダは一瞬少しだけ口元に笑みを浮かべると、自分の席へと歩いていく。
「おはよう、ステラ。」
ヒルダは席に着くと挨拶をした。
2人はいつの間にか名前を敬称なしで呼び合う仲になっていた。
「ねえねえ。ヒルダ。数学の宿題、全部出来た?」
「ええ、出来たわ。」
「ほんとうっ?!実は私どうしても1問解けない問題があったの!お願い、教えてくれる?」
「ええ、いいわよ。どの問題?」
するとステラは机を寄せてくると、数学の教科書を取り出した、その時―。
「おはよう、ヒルダ。」
声を掛けてきたのはフランシスだった。
「おはよう、フランシス。」
「お?何だ?アデル。お前宿題忘れてきたのか?」
フランシスはアデルが数学の教科書を出しているの見ると尋ねてきた。
「違うわよっ!分からない問題があったから、これからヒルダに教えてもらうところなの!ほら、邪魔だからあっち行って、シッシッ!」
ステラはフランシスを手で追い払う振りをした。
「ちえっ!何だよ!その態度は・・。」
そしてフランシスはヒルダの肩にそっと触れると言った。
「じゃあな、ヒルダ。」
「ええ。」
そっけない言葉だったが、フランシスは嬉しかった。そしてウキウキしながら自分の席へと向かって座ると後ろに座っていたマイクに声を掛けた。
「おはよう、マイク。」
「ああ、おはよう。フランシス。」
(全く・・・勝手にヒルダの肩に触れて・・・。)
苛立ちを押さえながらマイクはフランシスに挨拶を返したのだが・・・。
「おい、マイク。お前・・・何かイラついてる?」
「え?ど・どうしてそう思うのさ?」
「う~ん・・なんていうか・・勘?カルシム不足なんじゃないか?もっと牛乳とか飲んだ方がいいぞ?」
「あ、ああ。そうするよ。」
マイクはフランシスの言葉に思わず苦笑した―。
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