2章 9 ディナーに選ぶレストラン

夕方5時20分―


「ヒルダ様、ただいま帰りました。」


ヒルダが編み物に悪戦苦闘していると、玄関のドアが開かれ、カミラの声が聞こえてきた。


「お帰りなさい、今日も早かったのね?」


ヒルダが玄関まで出迎えると、そこには困り顔のカミラが立っていた。


「あら・・・?カミラ、どうしたの?」


するとカミラは言った。


「ヒルダ様・・・申し訳ございません。またしても・・・フランシス様が幼い弟妹と一緒に馬車で私を送って下さったのです。」


「あら、そうだったのね?でも私に謝る必要は何も無いじゃない。彼はとても親切な人なのね。」


しかし、それでもカミラは困った顔をしている。


「あ、あの・・・実はヒルダ様・・・。」


カミラが言いかけた時、背後でバタバタと足音が聞こえ・・・元気な声で呼びかけられた。


「ヒルダッ!今日も・・・そ、その・・様子を見に・・来たよ!」


顔を覗かせて来たのはフランシスだった。


そしてさらに足元からはフランシスの弟と妹が現れた。


「こんにちは、ヒルダお姉ちゃん!」


「こんにちは!」


弟と妹は交互に挨拶をする。そしてカミラは気まずそうに立っていた。

カミラは知っていたのだ。カウベリーでのあの事件から、ヒルダは心を閉ざし、なるべく人とは関わらずに静かに暮らしたいと思っている事を。だからフランシスの来訪をヒルダは快く思っていないと言う事も当然分かっていた。

しかし、そんなカミラの心配をよそにヒルダは2人の少年少女の頭を撫でた。


「こんにちは。2人供。」


そしてフランシスを見ると言った。


「ランドルフさん、今日も姉を送ってくれてありがとう。」


そして頭を下げた。


「い、いやっ!お礼を言う程の事じゃないってっ!実はカミラさんに聞いたんだよ。今夜は外食をするんだって?だから・・・両親が経営する店に・・一緒に行かないかなと思って・・・。」


フランシスは顔を真っ赤にさせながら言う。その様子を見たカミラは思った。


(フランシス様は・・・間違いなくヒルダ様の事を好きなんだわ・・・。だけど・・恐らくその恋は叶う事は・・・。)


カミラは知っていた。真夜中・・・時折、ヒルダが寝言でルドルフの名を呟いているのを。もう二度とカウベリーに戻る事を許されないヒルダ。自分の気持ちを押し殺し、冷たい態度でルドルフを突き放した時のヒルダの心情を思うと、本当に哀れでならなかった。


「ねえ、お姉さま。お姉さまはどうしたらいいと思う?」


ヒルダとカミラは世間には姉妹と公表している。なので人前ではヒルダはカミラの事をお姉さまと呼ぶようにしているのであった。


「そ、そうね・・・。フランシス様のご両親の経営されるレストランは有名なので、そこへ行ってみるのも良いかもしれないわ。」


カミラは笑みを浮かべながらヒルダに言った。


「えっ?!ほ、本当に・・・うちの店に来てくれるんですかっ?!」


フランシスはカミラに念押しした。


「ええ。今夜のディナーはランドルフ家のレストランに伺います。」


カミラの言葉にフランシスは大袈裟な位喜んだ。


「や・・・やったーっ!!まさか・・こんな夢みたいなことが・・・。」


しかしヒルダは何故フランシスがここまで喜びを露わにしているのか、その理由がさっぱり分からなかった。


(そんなに私とカミラが店に行くのが嬉しいなんて・・・やっぱり商売人の息子さんだからかしら?)


 一方のフランシスは自分が大喜びしている姿を見て、そんな風に思われているとは考えもしていなかった。


「よ、よしっ!それじゃ今すぐ行こうっ!うん、そうしようっ!」


フランシスは1人で考えが先走っている。


「え・・・?今から・・・?でも・・出掛ける準備はまだ何も出来ていないのだけど・・・?」


ヒルダはフランシスの申し入れに驚いた。


「大丈夫、俺達は馬車で待っているからヒルダとカミラさんはゆっくり準備してきなよ。ほら、行くぞ。チビ共。」


フランシスは2人の幼い弟妹を抱き上げると言った。


「あーっ!またチビって言った!」


「言ったーっ!」


「はいはい、分かった分かった。」


言いながらフランシスは階段を下りていき、やがてその声は聞こえなくなった。



「「・・・・。」」


ヒルダとカミラは少しの間、顔を見合わせ・・・カミラは言った。


「それでは・・出駆ける準備をしましょうか?ヒルダ様。」


「ええ、そうね。カミラ。」


そしてヒルダは頷いた―。

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