第7章 11 ドア越しの悲しい再会

  コンコン


 ドアがノックされる音が聞こえた。ベッドに突っ伏していたヒルダは起き上がると、ドアに向かって声を掛けた。


「誰?」


「ヒルダ様、僕です。ルドルフです。」


「え・・・?ル、ルドルフ・・・?」


ヒルダはベッドから降りるとドアへ近付いた。


「はい、そうです。ヒルダ様、貴女に会いにきました。お願いです、ドアを開けて頂けませんか?」


ヒルダの頭は混乱していた。


(何故?何故ルドルフはここへやってきたの?私はあれ程冷たい態度を取ってルドルフを突き放したのに・・?)


嬉しさで胸が熱くなり、涙が溢れそうになってくる。ルドルフの顔が見たくて、思わずドアを開けそうになった時に、グレースの顔が脳裏に浮かんだ。


(駄目だわ・・ここを開けたら・・・!)


ヒルダは唇を噛み締めると言った。


「ルドルフ・・・何故ここへ来たの?私達は婚約破棄したじゃない。」


ヒルダはドアに手を添えると言った。


「そうかもしれませんが・・僕はヒルダ様が心配で・・どうしても会って話がしたくて来たんです。お願いですから、どうか顔を見せてください。」


ドア越しにルドルフの悲痛な声が聞こえて来る。


(やめて・・ルドルフッ!これ以上私の心をかき乱さないで・・っ!貴女はグレースの恋人でしょう?)


「お願いですっ!ヒルダ様っ!」


いつしかルドルフはドンドンと激しくドアを叩いていた。


(いけないっ!あんまり騒いでは・・他の人達にルドルフがここへ来ている事をしられてしまうっ!)


ヒルダは父が使用人達に誰もこの離れに近づけさせないように命じている事を知っている。何故ならメイドのカミラがこの事をこっそり教えてくれたからだ。


「帰って、ルドルフ。貴方がここへ来ている事が知れたら・・ここへ案内した人が罰を受けてしまうのよ。」


ヒルダは努めて冷静に言った。


「だったら!ここを開けて中へ入れて頂ければ済む事ですっ!ヒルダ様・・・っ!」


その声はいつもの穏やかなルドルフからは想像もつかない声色だった。


(ルドルフ・・・ひょっとすると貴方はまだ私の事を思っていてくれるの・・・?)


ヒルダの目から熱い涙がこぼれ落ちて来た。だとしたら、尚更ルドルフを巻き込むわけにはいかない。町の人々は皆ヒルダに激怒している。もし自分に肩入れしている人間がいる事が知れたら、その人物もただでは済むはずが無い。

だからこそ、ヒルダはもう一度ルドルフを突き放さなくてはならない。


「ルドルフ・・・。貴方がここへ来たのは・・ひょっとして私の惨めな姿を拝む為に来たの・・・?」


自分でもゾッとする位冷たい声でヒルダは言った。


「そ、そんなはず無いじゃありませんかっ!僕は・・ヒルダ様が心配でたまらないから・・!だって僕はまだ貴女の事が好きなんですっ!」


(え・・・?ルドルフがまだ・・私の事を・・好き・・?)


ヒルダは耳を疑った。


「ウッ・・・ウッ・・・ヒルダ様・・・。」


ドアの外ではルドルフの嗚咽の声が聞こえて来る。ヒルダの胸に再び熱いものが込み上げてきた。本当なら今すぐドアを開けて愛するルドルフの胸に飛び込み、慰めて欲しい。だけど・・・自分に関わればルドルフもただではすまない。折角父が与えてくれた爵位を・・高等学校へ進学する退路を断たれてしまうかもしれない。


(駄目よ・・・・私は・・ルドルフの為に身を引かないといけない・・・。私に関わるとルドルフは折角手に入れた物を・・失ってしまう・・。それにグレースさんにはルドルフが必要なのよ・・。)


ヒルダは深呼吸すると言った。


「いい加減にしてっ!迷惑なのよ・・・っ!前にも言ったでしょう?私は貴方の事なんか少しも好きじゃないって。自分より爵位が低い男の人には興味が無いのよ。早くここから立去らなければ・・・大声を出して貴方を捕まえさせるわよ?」


「ヒルダ様・・・!!」


悲痛な声で自分の名を呼ぶルドルフの声がヒルダの心を抉っていく。ヒルダは耳を塞いで心の中で訴えた。


(お願い・・・ルドルフ・・・私の気持ちに気付いて・・・!貴方を・・巻き込みたくないのよ・・っ!)



どれくらい時が経過しただろうか・・・。辺りは静けさで満ちていた。ヒルダは窓からそっと辺りを覗くと、もうそこには誰もいない。


「ウッ・・・・ルドルフ・・・。」


ヒルダは壁に寄りかかると、そのままずるずると床に崩れ落ち・・いつまでもすすり泣いていた—。

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