第1章 16 お見舞い

「おはよう、ヒルダ。」


ドアのカギを開けて部屋の中へ入って来たのは母のマーガレットであった。


「お母様、おはようございます。」


「お父様が許して下さったのよ。だから外出していいわよ・・・ってヒルダ~・・・貴女どうしたの?そんなにおめかししちゃって・・・?」


マーガレットは何所かからかうような口調でヒルダの肩に手を置いた。


「あ・・・あの、どうせ出られないのなら・・せ、せめておめかししてみようかなと思って・・・。」


ヒルダは顔を真っ赤に染めながら俯いた。


「ひょっとして・・・ルドルフかしら?」


「え?!」


ヒルダは驚き、顔を上げた。


「ど、どうしてそれを・・?」


「だって女子がおめかしするのは大抵好きな男の子の為だもの。・・・ひょっとするとルドルフと会う約束でもしていたのかしら?」


「そ、そんな約束は・・・た、ただ・・・昨夜ルドルフがこの部屋の真下まで会いに来てくれてお手紙のやり取りを・・・。それで今日厩舎に来るらしくて、お会い出来たら幸いですってお手紙を貰ったの。お、お願い、お母様!この話・・どうかお父様には内緒にしてくれる?」


ヒルダは不安げな瞳で母を見た。マーガレットは溜息をつくと、ヒルダの髪を撫でながら言った。


「分かったわ、ヒルダ。内緒にしてあげる・・・。その代りお父様には見つからないようにしなさいよ?」


「はい、お母様。それでは・・・行ってくるわ。」


ヒルダは嬉しそうに身を翻し、外へと飛び出して行った。




「こんにちは・・・。」


厩舎についたヒルダは恐る恐る中を覗き込んだ。


「ヒルダお嬢様っ!またこのようなむさ苦しい場所へ・・・。」


ルドルフの父、マルコが帽子を取ると慌てて頭を下げてきた。


「ああ、いいの。そんな挨拶はしないで下さい。そ、それで・・ルドルフは今日こちらへ来ますか?」


ヒルダはキョロキョロ辺りを見渡しながら尋ねた。


「それが・・・ヒルダ様。実はルドルフ・・昨夜何処かへ出かけたらしく、夜露に濡れて帰って来たんですよ。それで風邪を引いてしまって・・・今は家で寝ております。」


それを聞いたヒルダの顔が青ざめた。


(そ、そんな・・・夜遅くって・・・きっと私のせいだわっ!な、何かお見舞いを持ってルドルフの家へ行かなくちゃ・・・!)


ヒルダは慌てて屋敷へ戻ると厨房を覗いた。そこには料理長の女性が昼食の仕込みをしていた。


「あの~今日は・・・。」


挨拶をしながら厨房へ入ると料理長が驚いた表情を見せた。


「まあ、ヒルダ様。どうされたのですか?」


「あ、あの・・・お友達が風邪を引いてしまったの。何かお見舞いに食べ物を持って行きたいのだけど・・・・。」


ヒルダが調理場をキョロキョロ見渡すと料理長が言った。


「それなら今すぐ何かお作りしますね。お待ちください。」


料理長は調理場に立つと早速料理を始めた。フライパンに生地を流しいれ熱々フワフワのホットケーキに蜂蜜をしみこませたパンケーキ。新鮮なフルーツを絞って作ったフルーツジュースの瓶詰。手作りジャムとヨーグルト。

それらを手早く用意してバスケットに詰めてくれた。


「お嬢様・・・大丈夫ですか?少々重いですけど・・・。」


「ありがとう、でも大丈夫。ルドルフの家の近くまで馬車で行くから。」


ヒルダは頭を下げると元気よく厨房を出て行った。


その後、御者に頼み、ルドルフの家の近くまで送ってもらうとヒルダは馬車を降りた。ルドルフの家の場所はとうに知っていたので迷わずたどり着けた。


ヒルダは深呼吸して、ドアをノックしようとし・・手を止めた。家の中から声が聞こえてきたからだ。


(誰か来ているのかしら・・?)


窓から外をのぞき込み、ヒルダは驚いた。何とそこにはベッドの上に起き上がっているルドルフにグレースが自らおかゆを食べさせている姿を見てしまったからである。


(あ・・・あの少女は確かルドルフと同じ学校の・・。)


頬を染めてルドルフにおかゆを食べさせているグレースの姿を見てヒルダはすぐに理解した。


(あの少女も・・・ルドルフの事が・・・好きなのね・・・。)


ヒルダは自分が今酷く場違いな処に来てしまった感覚に襲われた。俯くと、玄関わきにバスケットを置いた。


「ここに・・・置いておけば・・誰かが築いてくれるわよね・・?蓋もしっかりしてあるから大丈夫だと思うし・・。」


そしてヒルダは項垂れると、とぼとぼと馬車へ向かい、寂しい気持ちを抱えたまま家へと帰って来たのだった。


こうしてヒルダの週末は終わった―。

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