第1章 14 月夜の下で

 自室の部屋の外から鍵を掛けられてしまったヒルダはなすすべもなくベッドに座り込んでいた。

ヒルダの自室にはシャワルームもトイレも全て完備してあるので、口実を作って外に出る事は不可能だ。

一度カミラ以外の別のメイドが夕食にミートドリアと野菜スープ、温野菜のサラダにフルーツ、紅茶を運んできてくれたことがあったので、外に出して欲しいと懇願するも、聞き入れてくれることは無かった。


 1人寂しく夕食を取り終えると、ヒルダは窓から外を眺めた。

いつの間にかオレンジ色の夕焼け空からすっかり辺りは薄暗くなり、空に星が見え始めていた。


「もうこんな時間だったのね・・。」


ヒルダはポツリと呟き、食べ終えた夕食をテーブルの隅に置き、学校の図書館から借りて来た本を手に取ったが、お見合いで失礼な態度を取ってしまったギルバートの事やルドルフの事を思うと何も手につかなかった。

そして何度目かのためいきをついた時、突如窓にコツンと何かが当たる音が聞こえた。


「え?」


音の方を振り向くも、何も無い。


「気のせいかしら・・・?」


再度本に目を落した時、再びコツンと窓を叩く音が聞こえる。


「え・・?また音・・?でもここは2階だし・・・。」


首を傾げながらも窓を開けてバルコニーに出てみると、床の上にどんぐりが落ちている事に気が付いた。


「え・・・?どんぐり・・・?」


拾い上げて首を傾げていると、下の方から声が聞こえて来た。


「ヒルダ様・・・。」


「え・・・?」


空耳かと思い、念の為に地面を見下ろしたヒルダは驚いた。何とそこにはルドルフが立っており、ヒルダを見上げていたのだ。


「ル?ルドルフッ?!」


するとルドルフは優しい笑みを浮かべ、1枚の紙を取り出すと足元の小さな小石を拾い、紙で包んでジェスチャーでヒルダに避けるように合図した。

そこでヒルダはバルコニーの端によけると、ルドルフは石を投げて来た。

ヒルダは拾い上げて包み紙を広げると、そこには短い文章が書かれている。


『ヒルダ様。お見合いの話、噂で伺いました。何かお相手の方を怒らせるような態度を取り、旦那様にお部屋に閉じ込められたと話を聞きましたが事実ですか?』


「ルドルフ・・・」


メモを胸に抱きしめ、ルドルフを見ると彼は心配そうな目でヒルダを見つめている。

そこでヒルダは慌てて部屋に戻ると便箋を手に取った。


『事実なの。どうしてもお見合いを先方から断って貰いたかったから。お父様にとても怒られて部屋から出ないように謹慎処分を言い渡されたの。でも、これで私の評判は地に落ちたから、もうどなたも私に縁談の話をしてこないと思うわ。」


そしてヒルダは何か手紙を届けるのに良い方法は無い物かと部屋中を探し、籐で編んだバスケットが目に入った。


「そうだ・・・ここに手紙を入れて、後は何か長い紐の様な物で・・・。」


そしてヒルダは以前洋品店に服を買いに言った時に、綺麗なリボンを見つけて、1巻き買ったのを思い出した。早速引き出しからリボンを出してくると、地面に届く長さ迄鋏で切った。それからリボンをバスケットの持ち手部分に結び付けると、それを持って再びバルコにーへ戻った。下を見下ろすとまだそこには不安げなルドルフが待っていてくれていた。


ヒルダはリボンをしっかり握りしめたまま、慎重にバスケットをルドルフの元へと降ろしていく。

やがてバスケットがルドルフの前に降ろされると、彼は中に入っている手紙に気付き、すぐに目を通すと驚いた様にヒルダを見上げた。ルドルフはその手紙の空いてる部分に何か文字を書き込むと再びバスケットの中に戻したのでヒルダはリボンを引き上げると中を開いた。


『そうだったのですか。旦那様に叱られるとは災難でしたね。でもヒルダ様のお顔を見る事が出来て安心しました。明日・・・謹慎処分が解けると良いですね。明日は父の手伝いで厩舎へ行きます。お会い出来れば幸いです。それではおやすみなさい。』


手紙を読み終えて、下を見るとルドルフが笑顔で手を振っている。ヒルダも笑顔で手を振ると、ルドルフは頭を下げて夜の庭を走り去って行った。


(ルドルフ・・・私の事心配して・・顔を見に来てくれたの・・?)


ヒルダはドキドキと胸を高鳴らせながらいつまでもルドルフからの手紙を大切に握りしめるのだった—。







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