第十四話 神託騎士は懺悔させる
散策するフリをしながら森に入る。
村に入ったときからずっと、マップ上に赤い光点が表示されていた。おそらく監視要員なのだろうが、気になって仕方がない。
排除するか放置するかで悩んでいたが、自己満人助けのために利用させていただくことにする。
一番近くにいて、それでいて村の中心部から離れているところで監視している者がいる場所に向かって全速力で近づく。
パワードスーツの出力を最大にして、方向転換もほとんど力業で行って近づくと、さすがに驚いたのか弓を向けて来た。
――よかった。逃げられた方が困るからな。
弓から放たれた矢を振動ブレードで切り払い、勢いそのままにエルフの首元に切っ先を向ける。
「エルフのあいさつは随分物騒なんですね? 村の外ならまだしも、村内に入ってまで物騒なんですね」
「――ひゅっ! そ、そちらが……急に、近づく……から……」
「いや~、いくつか聞きたいことがありましてね。交流を持ちたそうにしているのに、奥手で話し掛けて来れないエルフの方々の代わりに、私から話し掛けに来ただけですよ? エルフは野蛮なのか奥ゆかしいのか分からない種族ですね」
「別に……話したいわけでは……」
「では、何故ツリーハウスの周辺に複数の監視が貼り付いているのですか? あそこには我々とツリーハウスの住人しかいないはずですよ? いったいどちらを監視していたのでしょうか? ……仮に女性の方だったとしたら、我々神に使えるオラクルナイトを謀って巻き込んだことになりますが? 覚悟はできていますか?」
「――か、覚悟……?」
「もちろん、神罰のですよ」
周囲に人がいないのはマップで確認しているが、一応少し声量を落として忠告を加える。
「――楽に死ねると思うなよ?」
「うっ……ぐっ……!」
「そうそう。更生する機会は誰にでも訪れるのですよ? その機会を活かすも殺すも自分次第です。あなたに訪れた機会はいつだと思いますか?」
「ま……まだ間に合うのですか……?」
「もちろんです。神は信じる者を見捨てません」
まぁ俺は見捨てるけどな。だって神じゃないし。……言わないけど。
「少し話しにくいかもしれませんが、禊ぎだと思って我慢して話してください」
「わっ、分かりました……。我々は元々女性の方の監視をしていました」
首元に切っ先を向けられているせいで話す速度がゆっくりだが、先ほどよりも聞き取りやすい言葉で話している。
「そこにあなた方一行の監視要員が追加で送られて来たのです」
「何故?」
「……あの場所に住んでいる女性は【聖王国】から追われているからです」
「何かしたのですか?」
「何もしていません。……これからするかもしれないから、身柄を拘束しておきたいと思っているようです」
「……何かしでかすような気力があるようには見えなかったのですが?」
「……森の北西にある廃墟が溢れる町のことは?」
「そこから来ましたから知ってます」
「そこはドラゴンに滅ぼされた国なのですが、女性は唯一生き残った王族です。【聖王国】の現国王がドラゴンが暴れた元凶であると聞いています」
「……旗頭になって挙兵されたら面倒だから、今の内に芽を摘んでおこうってことですか? それに美人ですもんね? ……そういうことでしょ?」
返事はせず、切っ先に気をつけながらあごを引くことで肯定を示していた。
「では、同じエルフなのに何故監視しているのでしょう?」
「我々は元々この【絶界の森】で住む一族で、滅んだ国から難民を受け入れただけです。しかしそのせいで【聖王国】の者や、依頼を受けた人間が森に侵入する大義名分を与えてしまったのです。……彼女を引き渡さなければ我々も狩られることになるのです。いくら魔法に長けた種族でも、多勢に無勢です」
「森の入口で【聖王国】の者を見ましたが、何故まだ引き渡していないのですか? 矛盾していませんか?」
「それは……最近まで彼女を保護していた人物がいたからです」
「それは……ツリーハウスの所有者ですか?」
「そうです。最近用事で出掛けたのですが、まだ戻っていないのです。そこに……その……」
「私たちが来たと?」
「……そうです」
「その人物以外に彼女に味方は?」
「表立っては……いません」
なるほど。そりゃあ絶望もするか。
それにしても困った。
その人物を捜し出して連れ帰るか、別の希望を見つける必要がある。
人間は一人では生きていけないのだ。寄り添ってくれる人間がいなければ立つこともままならない。
さて、どうしたものか……。
「それで、私たちは?」
「……早くて明日、遅くても明後日に引き渡しが行われるのです。それで……」
「なるほど。私たちは貢ぎ物か保険と言うことですか?」
「……そうです」
「うーむ。では一つ提案があるのですが、よろしいですか?」
拒否権はないけどな。
「な……なんでしょう……?」
「【聖王国】の者を私たちが殲滅しましょう。その後、彼女を連れて村を出ます。この村に彼女がいなくなれば大義名分を失うでしょうし、彼女を連れている私たちを狙いに来ると思うのですが?」
「――そんなバカなッ! それに我々が殲滅したと思われたらどうするのですか!?」
「それはそれで脅威となるのではないですか? 確か、この森は強力な魔物が多く出没するのですよね? ただでさえ進軍するのが難しい場所です。【聖王国】側も精鋭を出して来ているのでは? その精鋭を殲滅してしまう何かがあり、目的がそこにないと分かれば無駄なリスクを負うようなことはしないと思いますが?」
「で、ですがッ! 精鋭を殲滅するというのは……ッ!」
「ですから、殲滅するまで猶予をくださいと言っているんです。もしできなければ、私たちも一緒に引き渡せばいいでしょ? 殲滅できれば良し。できなくても引き渡せば予定通りで良し。何も問題がないはずですが? それともあなた以外の全てのエルフ全員が、オラクルナイトを謀って巻き込んだ罪で神罰を受けますか? 好きな方を選んでください」
「そ、それは……。私の一存では決められません……。村長と話し合わせてください」
「もちろん構いませんよ。しかし時間はないので、あまりに遅すぎると私たちも防衛行動を取らせていただきます。では、これにて失礼いたします」
振動ブレードを収納してモフモフたちが待つテントへ急いで戻る。
提案が通っても通らなくても女性を引き渡すつもりはない。
ドラド曰く、【聖王国】にいる聖騎士は両親をはめた人物らしいから、俺の中ではすでに敵認定だ。
そして敵の敵は味方であるため、女性側につくのは当然の帰結である。決してエルフにつくわけではない。
誰があの腹黒村長の味方になるかッ!
いきなりオラクルナイトの説明会の話を始めたことが不思議で仕方がなかったが、心理的に断りにくくする意図があったのだ。
人間の味方でしょ? 勇者様たちは素晴らしかったけど、あなたはどうなんです?
といったようなものだろう。
実際に両親の顔が脳裏によぎったのだから、上手いこと乗せられたと言える。
だが、懐に何を入れたのか思い知らせてくれようではないか。後悔しても遅いことを身をもって体験してもらおう。
「ただいまーー! 大人しくしてたーー?」
「まぁな!」
「――って、どこがだぁ!!!」
キャノピーの下に置いた椅子に、ツリーハウスの女性が俯いた状態で座っていたのだ。
少し外出していた間に何をすれば目の前の状況になるんだ? もしかしてドアをぶち破ったのかと思ったが、ツリーハウスのドアは無事だった。
ホッとしてふと女性を見る。
世紀末風の町では外套を深く被っていたし、玄関先は薄暗くてほとんど見えなかったが、それでも美人だって分かったほどだ。
こうして明るい場所に出てくると、美人の格が変化する。武術をしている者を窺わせる全体的に引き締まった体で、モデルのようにスタイル抜群。それでいて胸は巨を超える爆級だ。
腰まで届いていそうなほど長い銀髪が艶やかでいて気品も感じられる。加えて、放っている雰囲気に反して、健康的で張りがある褐色肌も相まって独特の色気が出ていた。
憂いを帯びている青い瞳も綺麗だ。ありきたりだが、宝石で例えてしまいたくなる。
そして一番の特徴は、やはり黒い二本の角だろう。エルフ関係の国では文句なしで王族の象徴であり、同時に上位血統である証左だ。
同じ角持ちなのに、地位は雲泥の差である。
「おれの功績を誉め称えてくれてもいいんだぞ? おれは晩ご飯のメニューを伝えただけだからな!」
目の保養をしていると、ドラドがドヤ顔で近づいてきた。
今度はモフモフ成分を吸収させてもらおうと思うも、一定の距離を保たれて失敗する。そのせいで少しだけ返事が遅れてしまった。
「……本当に?」
「あっ! 信じてないな!?」
「信じてるけど……晩ご飯のメニューで招待に応じるとは思わなかったからさ……」
自由奔放な性格だし、養母さんに似すぎているせいでわずかな不安があるんだよな。
「正確に言うなら、ワイバーンを一撃で墜としたことを証明するって言ったんだ。晩ご飯がワイバーンの肉だって報告して、自分たちで獲ったやつだから遠慮しなくていいんだぞ! って教えてやったら、『嘘だ!』って言うから証拠を見せてやるって言ったんだ! だからワイバーンの素材を見せてやれ!」
「なるほどね……。まぁ俺とドラドが墜としたわけではないんだけどね」
――《コンテナ》
すでにコンテナだけで驚いているけど、ワイバーンはまだ出してないよ。
「これがワイバーンの素材です。扱いには気をつけてくださいね」
「……成体に成りたてとはいえ……本物だ……。すごく綺麗な状態だ……」
「そうだろ! おれは解体には自信があるんだ!」
「……墜とした者は?」
「おれの妹だぞ!」
「……そうか」
「虎じゃないですよ?」
「知っている」
「ディエスがいない間に自己紹介は済ませたからな! さっきできなかったから、ちゃんとしておきたかったんだ! なっ?」
「……帰る」
マズい!
せっかく出てきてもらったのだ。この後の話を聞いてもらうチャンスを逃すわけにはいかない。
「ところでドラド」
「なんだ?」
「明日か明後日、【聖王国】の兵士を殲滅しようと思ってるんだが、協力してくれないか?」
直後、女性が勢いよく振り返るのだった。
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