第39話 寒い日にはやっぱり鍋。
「……てなわけで、決定的な情報は、得られなかったわ……」
その日の夜、俺は「空中庭園」で領主様に報告することになった。
当然貸し切りなので、レイラさんは料理するのも面倒になったらしい。
「じゃあ、今日の飯は鍋にすっか」
鍋。冬と言えばこれだ。レイラさんの冬の手抜き定番である。
適当に切った野菜と肉を、まとめて鍋に入れる。そして煮込む。あとはそれを、各自取って食べるだけだ。
このメニューはほかのメニューよりも段違いに安いうえに、腹いっぱいになる。しかも、冬の寒い時分にはもってこいで、身体も温まるという代物だ。何より大勢で勝手につつくので、レイラさんは非常にやることが少なくて済む。
今、鍋を囲んでいるのは、俺とルーフェ、あとラウルとアンネちゃん。さらに、ギルドからの代表ということでマイちゃんも机を囲んでいた。
「……あんなのってよ、ねえよ。あんまりだよ」
「コバ、お前がそんなに悲しむとは意外だねえ」
「だって同じ冒険者で、なんであんな奴隷みたいな扱いされなけりゃならないんだよ……」
俺は半分自棄になりながら、鍋をつつく。大雑把に取った肉と野菜を、柑橘系の香りがするたれにつけて食べるのだ。酸味と野菜の甘みが、口いっぱいに広がり、冷えたからだが温まっていく。
「おら、頑張ったしな、食え食え」
そう言ってラウルが俺に具をよそってくれるが、中身は野菜ばかりだ。
じろりと睨むと、ラウルもじろりと睨み返す。お互い、肉体労働なのだ。精力の付く肉は取り合いである。
「おや、もう役者は揃っているようだね」
店の扉が開き、領主さまのガンマディス・ドール子爵が入ってきた。
「あ、どうも。先に始めてます」
「構わないとも。……君は?」
領主さまはちらりと、マイちゃんの方を見た。
マイちゃんは少し緊張した様子で、立ち上がってお辞儀をする。
「ぎ、ギルドから派遣されてきました。マイと申します。コバくんの担当をしている者ですから、ギルバートより様子を見てくるように命じられてきました」
「そうか。まあ、楽にしてくれたまえ」
そう言って、領主さまは俺の目の前に座った。外套を脱ぎ、余所行きの高そうな服を見せてくる。
「それにしても、鍋か。なんとも、平民らしい食事だね」
「お?嫌味か?お前」
「まさか。私はそういう食事が大好きなんですよ」
レイラさんの苦言に、領主さまは笑って返す。
そして、鍋の煮込まれる匂いを堪能していた。
「いいね。匂いだけでお腹がすいてくるし、とても暖かそうだ。今日は冷えるから、ちょうどよかったよ」
「それに、一度やってみたかったんだ。どうしても、食卓を皆で囲む機会というものに恵まれなくてね」
その言葉に、俺たちは全員顔を見合わせた。
「まじかよ……」
ラウルが、思わずつぶやく。俺も同じ気持ちだ。
この人、鍋を食ったことがないのか。このバレアカンで。
「あ、あの。領主さま?」
「ん、何だね?」
「よかったら、こちらで食べませんか?お鍋なら」
声をかけたマイちゃんの方を見ると、女性陣には別で鍋が用意されている。
だが、それが領主さま的には、あまり気に入らなかったらしい。
「ありがたい話だが断ろう。女性に囲まれて男一人というのも、落ち着かないからね」
「いや、でも……」
「そういう類の接待だったら、私はあまり好かないことを覚えておいてほしい」
何言ってんだ、という顔をルーフェがしているが、実は彼女も状況を飲み込めていない一人だ。鍋をやるとなり、いつの間にか女性グループに移動させられていたのである。
「さあ、食べようじゃないか。私に遠慮はいらないよ?二人とも、身体が資本だろうしね」
……領主さまが、そこまで言うなら。俺はラウルと顔を見合わせる。
領主さまが、鍋の肉を取ろうと箸を伸ばした瞬間だった。
俺とラウルの箸がぶつかり合い、鍋の中で壮絶な戦いが始まった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」
領主さまは、箸ごとのけぞり、そのままひっくり返る。
俺たちは絶え間なく鍋の具材を取り合っていた。
時に譲り、時にぶつかり。箸のぶつかり合いはまさに撃鉄のごとし。
ラウルの奴、食い意地張ってやがる。もう現役じゃないのに。
「馬鹿が!道具屋だってなあ、肉体労働なんだよ!」
「うるせえ!こっちなんか命張って仕事してんだよ!」
「こっちだってミスったらお義父さんにシバかれるから命がけだっつーの!」
言いあいながら、互いに野菜を押し付けて肉をけん制しあっていた。そして、そろりと混じろうとした領主さまが、またも吹っ飛ばされる。
茫然とするルーフェをよそに、マイちゃんとアンネちゃんは、苦笑いをしながら鍋をゆっくりつついていた。
バレアカンの冒険者は、大体こうである。レイラさんが鍋をよっぽど手抜きしたいときじゃないとやらない理由が、これだ。激しすぎて、店が盛大に汚れるから。
冒険者なんて、基本的に肉を食いたい生き物だ。なれば、同じパーティでも、命を懸けた取り合いに発展する。周りの被害は尋常ではない。
俺も最初は面食らったが、毎年冬になると慣れてしまい、気づけば皆に混じって肉を取り合う側になっていた。反射神経、パワー、スピードが重要になるこの戦いは、前衛職の戦いが一番激しいものとなる。
そして、そんな物は、バレアカン冬の名物だ。女性陣だって、この町に長く住んでいれば、混じったり、傍から見ていたりするのである。
初心者である領主さまに、いきなりこれはきつい。そういう意味で、マイちゃんは彼を自分たちの鍋に誘ったのだが。
それをきっぱりと断った領主さまは、哀れ何度も吹き飛び、そのたびに頭を強打する羽目になった。
俺とラウルの戦いは続いていたが、そろそろ第一陣が終わる。今のところ状況は、俺が4割、ラウルが5割、領主さま0割。あと1割ほどだ。
止まらず箸を伸ばす俺たちだったが、突如として目の前の鍋から具材が消えた。互いに箸をすかして、鍋の汁が飛び散る。
「……あんたらね、加減しなさいな」
横を見ると、レイラさんが手にお椀を持って立っていた。そこには、山盛りの野菜と肉が盛られている。
「はい。いくら何でも、かわいそうだったし」
「……申し訳ない」
領主さまは少し涙目になりながら、鍋の具材をほおばる。熱かったのか、口の中でしばらく躍らせていたが、やがて飲み込むと、その温かさが全身に染み込んだらしい。
「ああああああ~~~~~~~~~うまいぃ~~~~~~~~!!」
その表情は恍惚としていた。
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