第30話 冬が始まる
「……で、何か弁明はあるかい?殺人犯のルーフェさん」
「弁明も何も、私何もしていないわよ!?」
サイカ道具店のバックヤードで、俺とラウル、ルーフェの3人は集まっていた。
俺の言葉に、ルーフェは強く否定する。
「おいおい、いくら領主さまが言っていたからって、その扱いはないだろ!?」
「わかってるよ。コーラル伯爵から聞いたって話だからな、信用できねえ」
「それにしても、いくら何でも殺人犯なんて……」
ルーフェは自分の作業用の机に、がっくりと座り込んでしまった。
「それで、被害者は?コーラル領の人なのか?」
「ああ。なんでも伯爵の屋敷の使用人だってさ」
それもきな臭い話である。何しろ、情報の信憑性が限りなく低いのだ。
特に、ルーフェがコーラル領の人間を殺した、という情報がこの上なくきな臭い。何しろ、彼女はコーラル領には行っていないのだ。
もっとも、これはルーフェの証言に過ぎないので、確実に正しい、と判断するには早計かもしれないが、いずれにせよ食い違いがある以上、嘘が混じっている、ということである。
「それで、領主さまは、なんて言ってたんだ?」
「見つけて連れてきてほしいってさ。それ以外は特に言ってなかった」
「……お前、尾行されてねえだろうな?」
そんなもん、真っ先に考えたわ。俺は思ったが、言わずに我慢しておく。
領主様との話を終えて、俺はサイカ道具店に話をしに行くことを決めた。だが、俺の後ろに着いてくる男たち数人がいるのは、スキルを使わなくてもわかった。
なので俺はいったん家に帰り、3時間家でゴロゴロしてから家を出た。
スキルを発動させてステルスを使えば、サイカ道具店に行くことなどたやすいことである。到着してラウルと話す寸前まで、追っ手は俺が家を出たことすら気付いていなかったから、今もまだ家の前にいるだろう。
「……もしかしたら、領主さまは既に知ってるかもしれねえな」
「でも、情報の出処は?」
「…………たぶん、ギルバートさんだろう」
そもそも、筋肉猪の懸賞金の引き渡し自体が「次いで」だったのかもしれない。
彼女をどうしたもんか、その相談をギルバートさんにはしていた。それで、「聞こえない」とはぐらかされたから、いろいろあってこうしてサイカ道具店に匿ってもらっているのだ。領主さまに問い詰められて、俺が彼女を連れてきたことを伝えているのかもしれない。
迷惑な話だが、ギルド長という立場上、地域の領主との付き合いも大事である。板挟みの末の判断だったのだろうと思いたい。
「お前が徹底的にマークされている可能性もあるよな。となると、そうそうここには来ない方がいいかもしれないな」
「そうだなぁ。でも、サイカ道具店じゃないと買えない物が多すぎるんだよなあ」
「えっ……コバ、あなた、来ないの?」
ルーフェが意外そうな顔をしている。
そういえば、何かと理由をつけて彼女の顔を見に来ていた気がする。心配だったから。
「いや、たまにはな?今ほど頻繁には来れないって話で……」
「そ、そう……」
どうやら納得してくれたようだ。
そして、今日ここに来たのは、これだけではない。
どういうわけか居心地を悪そうにしているラウルに、俺は向き直った。
「ラウル。…………ちょっと。話がある」
さっきのも問題だが、こっちも大問題だ。
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「どうした?わざわざ店の外にまで出てさ」
ルーフェには作業場に残ってもらい、俺はラウルと店の外に出た。
この話は、ラウルだけにしたい気分だったのだ。
「……俺さ、もしかしたら、この町を出るかもしれないんだ」
話の切り出しと同時に、凍えるような寒い風が吹く。もうすぐ冬を迎えようとしていた。
ラウルの表情は、固まったまま動かない。
「……お前も、誰か女の子を孕ませたのか……?マイちゃん?ルーフェ?それとも、エリンちゃんとか……?」
「違う!そんなわけねえだろ!」
お前じゃあるまいし。大体、それだったらこの町に永住だろう、普通は。
「引退するって話じゃないよ。……むしろ、逆だ」
「逆?」
「……王都、行かないかって話されたんだよ」
王都。それは、この国の優秀な人材が集まる場所だ。
魔導学院は将来有望な魔法使いや学者を、貴族学院は未来の政治を担う貴族を。
そして、冒険者ギルドは地方から選りすぐりの冒険者を集めている。
俺の4番目のパーティで入った若手2人は、才能に満ち溢れていたので王都へ行った。
あの2人の世話をしていた時は、「将来俺のことを、世話焼きの先輩がいたって覚えててくれてたらいいなあ」くらいに思っていたが、まさか自分にそんな話が来るとは思ってもみなかった。
「……そりゃそうか。筋肉猪だもんな。それを倒したソロ冒険者。そりゃあ、王都行きの矢面に立つだろうよ」
「領主さまに、「君は王都を目指さないのか?」って言われちまったよ」
「そりゃ、目指すわな……」
ラウルはどこか納得した様子だが、その表情は複雑だ。
俺は、その理由を知っている。むしろ、理由は俺にある。
ラウルもかつては王都行きを薦められたルーキーだったのだ。
スキル持ちであり、恵まれた筋力。それこそ、王都に行った2人に引けを取らないくらい、こいつは才能に満ち溢れている。
王都へ行くのが、冒険者としての誉れ。それは誰でもわかることだった。
だが、こいつはその提案を蹴った。
「コバと一緒じゃねえ冒険は、俺のやりたい冒険じゃねえ!」
ギルバートさんに、そう言い切ったのだ。
当時、俺は平均どころか木っ端にも至らないへっぽこレンジャーで、推薦を受けられるはずもなく、王都への推薦を受けたのはラウル一人だけだった。
だから、俺はこいつに自分を捨てて行けと言った。
そうしたら、思いっきりぶん殴られた。俺も若かったから、カッとなって殴り返した。
レイラさんの店を一時出禁にされたのは、俺はそれが最初で最後だ。
結果、俺はぼっこぼこの大敗を喫し、気絶して寝込んでいる間に、ラウルの王都行きの話は流れることとなってしまった。
それが、冒険者を始めて半年の話である。それからおおよそ9年近く、こいつはこの町でくすぶり続け、しまいには引退してしまったわけだ。
こいつの冒険者人生は、俺が潰したようなものである。
そんな俺が、こいつと別れて、一人王都行きの話が来ている。
素直に、「はい、行きます!」と即決できない自分がいるのだ。
「……まあ、ルーフェの件もあるし、そうそう簡単には決められねえだろ。どうせ次の更新近くまでに返事しろってだけだから、時間もあるしな」
「……そうか」
ラウルはそう言うと、身体を伸ばして店の中へと戻っていく。その姿は、もはや冒険者ではなく道具屋だ。
「なんにしても、後悔はするなよ。お前の人生なんだから」
そう言い残して、ラウルの姿は完全に消えた。
俺はふと、地面で風にさらされる木の葉が目についた。
冷たい風にさらされもがく木の葉を、俺はしばらく黙って見つめていた。
もうすぐ、冬が始まる。
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