第18話 再戦の誓い
結局、俺のケガが治るまで、随分と時間がかかってしまった。
だが、ハートさんのミルクの影響か、想定よりもずいぶん早く骨はくっつき。
筋肉猪戦から1ヵ月で、俺は冒険者業に復帰することができた。
ギルドの扉を開けると、一斉に俺へと視線が注がれる。
「あ、コバくん……!?」
「やあ、マイちゃん。久しぶり」
「け、ケガは?あなたも結構なケガだったでしょ!?」
「ああ、それね……」
俺はちょっと口ごもった。牛獣人のしぼりたてミルクで回復したなんて、恥ずかしいので言えない。
「レイラさんが、鑑定士さん連れてきて、一緒に薬もくれてさ。それで、ほら」
俺は腕を上げて完治をアピールする。それに、嘘は言っていない。
「……レイラさんが?それなら、まあいいけど……」
マイちゃんはどうやら納得してくれたようだ。俺はほっと一息つく。こういう時のレイラさんへの信頼は大いに役に立つ。
「まあ、治ったんなら良かったわ。それで、もうクエストに出るの?」
「そのつもりなんだけど……人、減ったなあ」
ギルドを見回しても、ほとんど冒険者がいない。筋肉猪が暴れた傷跡は、ギルドに見えない形で深く残っていた。いるとしても手負いのベテランか、不安そうにクエストボードを眺める若手だけだ。
マイちゃんの話では、療養所も仮眠所も、まだベッドが空かないらしい。
「あの戦いの傷で亡くなった人ね、あれから5人増えたの」
ほかは命に別状はなかったり、何とか持ち直したりしたが、それだけの人数があの世へと導かれてしまっていた。
「クエストボードには、筋肉猪の討伐クエストがいくつもあるわ。領主様じきじきに討伐隊を組んだけど、逃げられたって」
正直、もう王国軍に来てもらわないとどうにもならないレベルと言ってもおかしくはない。だが、この国の軍がここまで来ることはない。
なぜなら、筋肉猪を倒すために割ける戦力はないからだ。この国の戦力は、冒険者に依存している。ベテラン冒険者の方が、同い年の軍人よりも強い方が多い。積んできた現場での経験が違うのだ。
「そうなると、もうS級の冒険者を呼ぶしかないでしょうね。……いつ来れるかはわからないけど」
そうこうしているうちに、筋肉猪が現れるかもしれない。あの恐怖を目の当たりにした町の人々の表情はみな暗かった。
あの怪物は、街道に出ることも恐れない。それほどの強さを持っているからだ。いつ現れるかわからない恐怖は、このドール領の流通自体も止める事態になっている。
もはや、一刻の猶予もなかった。
俺は、覚悟を決めた。
「……あのイノシシ野郎は、俺が倒す」
「……何言ってるの、コバくん?」
「一切の油断もしねえ。準備も入念にする。身体のブランクもすぐに戻す。……だから、あいつは俺がやる。そう決めたんだ」
「馬鹿言わないで!あなただって、大ケガしたじゃない!それに、あなたはスキルのせいで、パーティも組めないのよ!?どういう意味か分かってるの!?」
「わかってるよ。やるなら、俺とあいつのサシだ」
「勝てないわよ!現実を見なさい!」
マイちゃんが、俺の肩を掴む。
「あんな化け物、こんな田舎の冒険者にどうしろっていうの!?ギルド長が策を練ってる!ソロのレンジャーはおとなしく、採取クエストでもしていなさい!」
その目には、涙が滲んでいる。
昔馴染みを失うことが辛いのは、冒険者だけじゃない。それを見送り、帰りを待つギルドだってつらいのだ。
そしてそれが、自分と同じ時期に冒険者になった男なら、なおさら、か。
だが、俺に迷いはない。
マイちゃんに鑑定結果の紙を渡した。鑑定後、ハートさんに書いてもらったものだ。
「……これって……」
「俺のスキルの詳細だ。以前は、全くスキルが発動できていなかった」
「で、でも……発動できても、勝てるかどうかなんて……」
「緊急で準備もできてねえ、街道で隠れる場所もねえ、そもそも普通の攻撃じゃ効かねえ。……それなら、隠れて殺すしかねえだろ。そういうずるい勝ち方は、レンジャーの仕事だ」
「……英雄にでもなるつもり?」
マイちゃんは涙を手で拭いながら言う。俺はハンカチを取り出して、彼女に渡した。
「いーや。そんな大した動機じゃないよ」
そう、簡単な動機だ。
ソロで、スキルが生えて、俺は少し浮かれていたのだろう。
結果、詳しい発動条件がわからず、失敗した。
あの筋肉猪は、それを教えてくれたのだ。自惚れるな、と。
俺の道は俺のせい、俺のために死んでいった者たちで埋まっている。華々しい英雄の道とは、どうあっても言い難い。
そのことには、感謝しなくちゃならないからな。
「……ただの、お礼参りさ」
***************************
俺はその日、初めて討伐クエストをソロで受注した。
今までのクエストは採集だったが、戦闘もこなしておこうと思ったのだ。
筋肉猪を討伐するのであれば、なおさらである。
まず、クエストの準備として、短剣を買えるだけ買った。それにそれぞれ毒を塗り、同じ毒を矢にも塗る。
火打石や松明用の松脂なども買い込み、俺は町を出た。
今回の討伐対象は、かの有名なゴブリンだ。かなり大規模な巣ができてしまったらしく、筋肉猪で疲弊している村落に、さらに追い打ちをかけようとしている。
町をでて、歩き続け、3時間が経過する。スキルが発動する時間だ。
その瞬間、俺の身体は急に、羽のように軽くなった。その場で軽くジャンプしても、着地で自分の体重の重さがほとんど気にならない。
(わかっているのと、感覚でやるのとは、やっぱり全然違うのな)
目的地までは、まだ歩けばかなり時間がかかるが、走ればどうなるか。俺は地面を蹴り、飛び出した。
その速さは自分でも驚くほどで、周りの景色の方が遠ざかっているようだ。しかも、足は動いているのに、呼吸はまるで乱れない。さらに速度を上げればどうか、と俺は力を込める。そのうち、弾丸のような速さの物体が、冒険者たちをすり抜けていった。
俺の感覚からすれば、周りの方がスローになっているので、躱すことにも困らない。だが、「危ねえな!」と怒鳴られたときに、「ごめんよ!」の一言が言えないのが辛い。言えば、その時点でスキルの効果は消えてしまう。
そうしたら、疲労で俺は倒れてしまうだろう。さらに、3時間待たないと、再びスキルは使えない。これはひどいタイムロスだ。
だから、躱した冒険者はスルー。普段は依頼主に話を聞きに行くのだが、彼らだって3時間も待たせるわけにはいかないだろう。
だから、村にも行かない。ある程度の話は、ギルドでマイちゃんに聞いている。
本気で走ると、1時間もかからずに現場の森へとたどり着いた。ここからが、ゴブリン退治の本番だ。
何しろ、マイちゃんに聞いたのは、森周辺にゴブリンが出た。これだけだ。村に行くとスキルが解除されてしまうので、これから自力で巣を探さなくてはならない。
森に入り、武器のにおいを消すと、気配を探知する。森全域まで広がる気配探知は、一本の木の葉の揺れる音から枝を踏む音まで、すべて耳へと集める。俺の脳内では、その音を基に森で動く生き物のマッピングが行われていた。
結果、ゴブリンを見つけることは、簡単にできた。奴らはちょうどどこかで盗みを働いていたようだ。自分よりも大きなものを運んでいる。おそらく人間の女だろう。
俺はゴブリンの背後に近寄る。連中は全く気付く様子はない。運んでいたのはやはり女で、近くの村の娘だろう。
その場で殺すこともできたが、ゴブリンの巣があることを考えると、こいつらについていった方がいいかもしれない。
そして、しばらくゴブリンの後ろをついて歩くと、ゴブリンたちの足が止まる。
その場にあった木々をめくると、そこには地下への洞穴があった。
(……ゴブリンにしては、やけに凝った入り口の偽装だな……)
普通、ゴブリン程度の知能なら、洞窟や遺跡をそのまま使う、というのが定番なのだが。少なくとも入り口を偽装、なんて知恵は回らないはずだ。
(上位の魔物がいるかもしれないな……)
ゴブリンを統率するものの可能性。それも、なかなか知能の高い魔物だ。警戒に越したことはない。
俺は、短剣を握りしめ、ゴブリンの後に続き、巣穴へと潜っていった。
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