第7話 初めてのソロクエスト ~帰宅編~

 俺が町に戻ったころには、すっかり夜も更けていた。帰りも歩きだったからだ。日が暮れるまでに帰れるとは思っていなかったが、まさか日付が変わってしまうとは。


 その割に、俺の体調は随分と良かった。片道歩いて4時間の道なら、往復で日帰りなど、それこそぶっ倒れてもおかしくないだろうに。

 俺はぴんぴんしていたし、むしろ元気なくらいだった。疲れというものを、身体が一切感じていない。


 逆に、それが恐ろしくも思う。疲れや痛みは、身体の危険信号だ。それが感じないのと、実際に自分の行った運動量は、どう考えても釣り合わない。

 幸い、眠いという感覚はあるようで、俺はとにかく眠かった。


 サイカさんのところへの納品は、明日でよいと言われている。これくらいの時間になることを見越してだろう。


 おまけに、ちょっと多めに納品したら、その分追加で報酬をくれるという。基本的な報酬はギルドを通してから支払われるので仲介料が抜かれるが、追加の報酬は直接もらえるので、儲けも大きい。


 ちょっと得した気分だ。何より、報酬はソロなので、全部自分のものとなる。誰も文句を言いようもない。

 俺の頬は自然と緩んだ。ちょっと装備に奮発した分が、おつり込みで返ってくるのだ。


 とにかく、ソロの初クエストは無難に成功。まあ、当然っちゃ当然だが。

 俺は意気揚々と自分の住む宿舎に向かった。


 冒険者の主な生活様式は2つ。宿を借りるか、部屋を借りるか。


 町に来て日が浅い奴は、安い宿に泊まる。素泊まりで銅貨3枚ほど。この世界のクエストで最も簡単な薬草採取でも、銅貨10枚はもらえるので、寝るところは埋まりさえしなければ何とかなる。まあ、ただ寝るだけなのでこんなもんだろう。


ちなみにこれは、レイラさんの食堂の価格とほぼ同じだ。彼女の店の場合は、そこから手伝いなどで銅貨1枚をおまけしてくれたりする。


 この世界では、銅貨100枚が銀貨1枚分の価値となり、銀貨100枚が金貨1枚分の価値となる。


 一般的な宿屋の相場は大体1日銀貨1枚くらいだろう。先ほどの安宿もあれば、一晩で金貨何枚という高級宿屋もある。そう言うのは大概王都や大都市ばかりだが。


 俺やラウル、そして何年も町に住んでいる冒険者は、宿ではなく自分の部屋を借りている。これも宿屋の部屋を借りたり、誰かの家に下宿したりと、やり方は様々だ。


 もちろん借家なので、家賃は払わないといけない。だが、連泊という形で済むよりもはるかに費用は掛からない。


俺が借りているのも宿屋だが、毎回の家賃は銀貨20枚。同じ日数普通に泊まろうとすると銀貨30枚となるので、だいぶ安い。その代わり、一定期間住み続けることを約束させられるが。俺の場合、2年は住む必要があり、すでに6年は住んでいる。


 おかげで、大家である宿屋のオーナーとも、すっかり親しい間柄だ。

この間なんか、賭博で勝ったからと俺の部屋に来て、女の子を呼んで騒いでいた。俺の部屋に呼んだのは、奥さんに言われたときに「俺に付き合っていた」と言い訳するためだ。


 そんな大家だから、俺が帰ってきた時に血相変えて怒りだして、俺は驚いた。


「遅かったじゃないかコバ!」


 俺は目をぱちくりさせながら、大家を見る。俺も小柄だが、大家はもっと小さいおっさんだ。


「な、何?なんかあったの?」

「お前の連れが、ずっとうちの宿で座っているんだよ!」


 連れ?

 俺は一瞬戸惑ったが、俺の連れなど一人しかいない。

 

 宿の入り口に行くと、そこにはラウルがうたたねしながら座り込んでいた。


「ラウル……?」

「コバはどこだって言うから。クエスト行ったって言ったら、じゃあ待ってるって。こんなところでずっと座ってるもんだから、お客さん来なかったよ今日!」


 何をやっとるんだこいつは。そう思って、俺はラウルを起こそうと肩を揺すろうとした。


 だが、できなかった。


 どういうわけか、ラウルの身体を、俺の手がすり抜けた。


 いや、厳密にはそうではない。俺が、ラウルの位置を正しく把握できていなかったのだ。

 それどころか、身体が急に重くなり、けだるさで全身が言うことを聞かない。


 視界がぼやけた。目の前のものを正しく認識することができない。


 バランスが崩れるのを感じる。どうしようもなく気持ち悪い。


 俺は、宿屋前の会談に倒れこんだ。倒れる前に、俺の意識はすでに失われていた。


***************************


 俺が気が付いた時には、自分の部屋にいた。


 どうやら、部屋に運ばれたらしい。俺はすっかりなじんだ寝床に横たわっていた。


 俺の部屋は一部屋に風呂が付いているだけだ。そのため目を覚ませば部屋すべてを見渡すことができる。

 そこにいたのはラウルともう一人、レイラさんだった。


「お、起きた?」


 レイラさんは俺に気づくと、近寄って額を触る。「熱はないな」と言うと、どこからかお粥を取り出した。俺の部屋には厨房はないから、わざわざ作ってきてくれたのだろう。


「食欲ある?」

「は、はい」


 もらったお粥は暖かく、すっかり好いていた腹に染み渡る。消化にもよさそうだ。


「いやあ、ラウルに叩き起こされてさあ。びっくりしたわー」


 レイラさんはそう言って笑うと、そこで眠っているラウルの肩をポンポンと叩いた。

 その衝撃で、ラウルは身体を震わせて目を覚ます。


「ん、えあ?……コバ!?」


 ラウルは俺が起きたことに、ようやく気付いたらしい。彼の顔がくしゃくしゃになり、俺に抱き着いてきた。


 引退したとは言うが、お前たかだか3日前だろ、引退表明したの。

 今まで前線で戦い抜いてきたガタイは、まだまだ健在だ。そんな奴のタックル、受け止められないよ。


 俺は盛大な悲鳴を上げた。


「俺よお、お前がよお、一人でクエスト行ったって聞いてよお、いてもたってもいられなくてよお……」


 ラウルのタックルからようやっと解放された俺は、身体を起こして胡坐をかいていた。

 一方のラウルも身体を起こして座っている。男泣きが止まらず、顔はグズグズだが。


「心配はありがたいけどさあ……なんでレイラさんまで連れてきたんだよ?」

「なんかあったら、とりあえずレイラさんに相談するだろ?普通は」

「いや、医者を呼べ、医者を」


 帰り支度をしているレイラさんがツッコんだ。夜中にわざわざ来てくれて、俺の看病して、これから仕込みだそうだ。本当に申し訳ない。


「あの、すんませんでした。迷惑かけちゃって」

「まあー、ソロでやってみたら?って言ったの、あたしだからね」


 ちょっと責任感じちゃったよー、と言い、彼女は俺の部屋から出て行った。俺は座ったままだったが、ラウルは玄関まで行き、頭を下げ続けている。

 見えなくなるまで見送ったのか、ラウルは部屋に戻ってきた。


「あ、あのさあ、コバ。やっぱり……」

「そういえばさ」


 ラウルが何か言いたげなのを、俺は遮った。


「な、何だよ?」

「お前、アンネちゃんを抱いたんだよな」


 俺がそう言うと、こいつの顔が曇る。


「あ、ああ……そうだけど」

「それでどうしても聞きたいことがあったんだよ」

「何を?」


 俺は、昨日アンネちゃんと会ってから、ずっと気になっていたことを口にした。


「アンネちゃんってさ……ぶっちゃけどうだった?」


 ラウルは、俺が何を言っているのか、よくわかっていないらしい。

 そりゃ、ぶっ倒れたやつが聞くことではないだろう。俺だってそんな自覚はある。


 だが、気になるものはしょうがない。町一番の美人を抱いた男が目の前にいるんだったら、どうだったか感想くらい聞きたい。ましてやそれで俺とのパーティを解散するんだったらなおさらだ。


「え、ええ……?」

「だってさ、気になるよそりゃ」

「どうだったか、って言われても……」


 そう言うと、ラウルはうーん、と考えだした。どんなくだらないことでもまっすぐに対応してくれるのは、こいつのいいところだ。

 しばらく考え込んだ後、ラウルはぽつりと言った。


「…………15回」


「は?15回?」


「うん。15回」


 何の数なのかは、言われなくてもわかった。


「一晩で」

「一晩!?」


 俺は大層驚いた。わかる人はわかると思うが、一晩で15回なんて、普通はできない。


「え、お前、それまでの最高記録何回よ!?」

「お前、そりゃ、……10回だよ。それも6人でな」


 言葉が出ない。6人相手で10回というのも相当なものだが。

 アンネちゃんは思ってた以上にとんでもない子なのかもしれない。俺は少し、サイカさんが不憫に思えてきた。


「つーか、お前らいつそんな関係持ったんだよ!?全然気づかなかったわ!」

「そりゃお前、1年くらい前で、お前が全然かまってくれなかったころだよ」


1年前は、エリンちゃんがうちのパーティに入った時期だ。そう言えば、あの頃は彼女が勉強したいって言うから、なんだかんだと付き合っていた気がする。


俺もそのころ、ちょうど勉強がしたかったのだ。何しろ周りがバカばかりで、勘定の計算で手いっぱいだったから。それで、エリンちゃんの勉強に付き合いながら、俺も多少は本を読むことができた。ギルドの仕事を少し手伝ったりもできるようになったのはそのためだ。


 確かに、ラウルともう一人をほったらかしにしていた気がする。エリンちゃんのリクエストであまり戦闘系のクエストも受けていなかったし、欲求不満だったのだろう。

 なんとなく腑に落ちてしまった俺は、ため息をついた。


「そっかあー、あの時期かあー」

「一人で飲んでた時にたまたまアンネちゃんと会ってな?最近お前が構ってくれないんだよーって愚痴こぼしてたら、アンネちゃんも仕事の愚痴言いだして、盛り上がって、気づいたら……もう、あれよ」


 当時のことを思い出したのか、ラウルは少し恍惚としていた。やがて、彼女の強烈な思い出に、言葉に力が漲りだす。


「もうね、あの子やっべえのよ。娼婦とかもう抱けない。もうね、フワフワなのよ。それで、もうぎゅーってやったら折れそうなのね。無茶苦茶柔らかいのよ」

「それで15回?」

「自分でも引いたもん。終わった後に。俺干からびて死ぬんじゃね?って思った。でもね、身体は元気なのよ、ちょっと頑張れば、まだいける気したもん」


 彼女との体験談は、それはもう凄いことだったらしい。しかも、その後関係は続き、3日に1回はあって、そのたびに15回なのだから驚きだ。


「あんなかわいい子にさあ、「がんばれ♡がんばれ♡」されたら、そりゃ元気にもなるって」

「わかった、わかった。とりあえず、俺が悪かったよ」


 よっぽど彼女との思い出はすごいんだろう。止まらなそうなラウルを、俺は制した。もっと早くに制するべきだったなあ、と俺はしみじみ思う。


 昨日の品物の納品まではまだ時間もある。それまで、こいつとゆっくり腹を割って話そう。俺はそう決意した。


 それにしても……15回かあ。

 俺はラウルの口から出た数字を、頭の中で反芻する。


 やっぱり聞くんじゃなかったなあ。興味本位だったのと、ラウルの緊張がほぐれるかと思ってこんな話題を出してみたけれども。


 俺、考えてみたら、これからアンネちゃんのところに行かないといけないじゃん。


 お前に匹敵するとか、知りたくなかったよ。

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