第11話・ひとやすみ
午後の授業、白鳥は居なかった。
授業中に担任の足立が廊下から白鳥の居ない空席を確認するようにしていた。
──────やっぱり帰ったのね
───────担任の私に言わず帰るのは予想出来なかったわ…
────────心瞳くんは知っていたのかしら?
知ってる訳ないだろ。
あいつの心は読めないんだから。
なんなんだよ、体育の時は昼間の太陽かってくらい目キラッキラさせて、いきなり帰宅とか。
まじで読めない、なにもわからない。本当に意味がわからない。
あぁー、あいつのせいでめっちゃモヤモヤする。
ひょっとして何か言えない事情が出来たとか?
いやいやそれは流石に…けどあいつも俺と同じくひとり暮らししてるし、そういう何か特別な事情があっても不思議じゃない様な気がするけど、それは果たして早退と繋がるのか?
いや薄すぎる、これは流石に妄想が過ぎる。
普通に体調崩した可能性の方が高そうだろ。
いっそもう帰りにでも寄るか?
(───────どうする俺?)
★
日差しが眩しくてクラクラするのは暑さのせいではなくて、僕の精神状態による呪い的なものだと思う。
平日の昼間は人が少なくて電車を待つ。ホームには私服を着た年配の方が数人しかおらず、学生は僕だけだった。
これからどうしようか頭が考えるふりをしていると、電車が到着しとりあえず乗り込んだ。
乗り込んだ車両には少し奇妙さを覚える位に誰も居なくて、こちらからは運転席も見えないので、もしかしたら世界から自分だけはじき出されてどこか似たような世界に迷い込んだのかなという空想物語が生まれた。
電車が途中途中に停車をしても人一人入ってくる気配もなく降車駅に着いた。
電車から降りるとしばらくホームから動かずに正面の視界が固定された。
世界が突然止まったみたいになった。
というか僕が正常に戻るまで本当にずっと止まって待ってくれたら良いのに。
けど、正常ってなんだろ?僕の心が普通に戻ること?それとも声が戻ること?……
(考えるより今は家に帰らなきゃ)
★
どれくらいの時間が流れただろうか。
記憶を遡れる程まだ頭は冴えておらず、自室のベッドで寝返りをうって仰向けになる。
静まり返った狭い空間の天井をただ眺めていると少しづつ記憶が呼び起こされてきた。
(帰ってすぐに寝たんだっけ…)
カーテン越しの空を見たくて、何故かこっそりと片目で覗くと、空は夕焼けが眩しくて直ぐにカーテンを閉めた。
冷蔵庫の前で淡い期待を持って裸足で立つ。
慎重にそして丁寧に開けるも冷蔵庫の中には食料ひとつ無く、飲料水さえもない。
(そういえば…)
何を考えたのか僕は靴下を履いて財布と携帯だけを持つと流れるように家を出て外を歩いていた。
前々から行ってみたいところがあったんだ。
───────開いていると良いな…
★
少し前の早朝、コンビニに寄って散策がてら近所を散歩していた時だった。
片手に袋を持って、散策なのに地上の建物ではなく藍色の空を見上げながら歩いていたのだ。
そのまま歩き続けていると、自動的に足が止まり、少し先にある黒板のような看板を見つける。
こちらからは少し離れてはいたが一番上に白いチョークで書かれた[ひとやすみ]という文字が見えた。
導かれるようにその看板の前に立ってメニューを立ち見ていく。
[自家製ココア]
[日替わり気分替わりの食事セット]
[マシュマロ]
シンプルに3つだけ表記されていたけど、「マシュマロ」の下には「随時追加するかも」と気持ちが書かれた一文も添えられており、何故か分からないけど僕の体がポカポカしていて多分「ココア」を飲みたかったのだと思う。
中の様子を外から見てみると設計上なのか見えにくくなっていてドアの前に貼られていた「そのうち開店します」という文字が目に飛び込んでくるのと同時に横から女性らしき人に声をかけられた。
「あらごめんね、まだ準備中なの」
声が出ないのでコクリと頷いて相槌をうつと、携帯に打ち込んだ文字をおそるおそる見せた。
【早朝から準備してらっしゃるんですね】
「そうね、今日はたまたま早く目が覚めちゃって」
「そのまま開店の準備でもしようかなってね、適当かな?」
笑いながら話す女性の茶髪が風に揺られ顔を半分覆うと、どうして僕が声を出さないことに対して聞いてこないんだろうと思ったけど、僕はそれを伝えることは無かった。
★
[ココア]という好きな言葉を見つけたから、いつか僕は行くだろうなと他人事の様に思っていたのだけれどまさかこんなに早かったとは勿論思いもしなかった。
ちゃんとした行く理由が欲しいので、僕の心は今そのお店の名前通り[ひとやすみ]したいという事にしておく。
不思議なもので僕の体は喫茶店までの道をちゃんと覚えていたらしく気がつけば小さなライトに照らされた黒板型の看板を見つけた。
おそるおそるドアの方を見てみると、
[ひっそり開店中]とあるのでホッとする。
まだ準備中の可能性が頭にあっただけに緊張が安心感に変わった瞬間だった。
とにかく入ってみようかな。
なんか寒いし…うわ、上着無しで外飛び出したんだ僕。全く気が付かなかった…
しかもまだ制服だし…どんだけ早く来たかったんだか。
無意識に広がる自分の思考を一旦放棄し、ドアに右手をかけてゆっくり引っ張ると、ドアベルが小さく鳴りカウンター内に居た女性がこちらに気がつく。
「いらっしゃいませ」
小さく頷いて店内に足を進め、奥にある丸い二人用のテーブル席を見つけると椅子を一つ引いて慎重に座るとカウンターに居た女性が完璧なタイミングでこちらに寄って注文を聞いてくれる。
「君…もしかして早朝の時の?」
どうやら気づかれていなかったみたいなので、少し顔をあげていつも通りスケッチブックを取り出そうと周辺をあさるが大事なスケッチブックとマーカーペンが見つからない。
(あっ……忘れたんだ)
外出時も必ず持参するし滅多に持ち忘れることなんてなかったので、忘れた自分に対して強い失望を覚えた。
あれは僕の口みたいなものなのに、それがないと喋れないじゃないか。
体の一部を忘れるって本当にどうかしてる。
携帯のメモを見せて会話をすることは出来るけど、それではやっぱり何か少し違う。
今はスケッチブックでないと駄目なのだ。
僕の目が泳ぐと、視界に優しく差し出された紙とペンを見つける。
「どうぞ」
携帯用の紙とペン。
自分のスケッチブックではないのに安心して受け取れたのは、この人の纏う優しい雰囲気が大きいから?
【ありがとうございます】
「いいえ」
【けど、どうして分かったんですか】
「うーん、多分何も分かってないよ私は。
息子のお友達で声が出せない子の事を聞いていたからそれが頭にあったの」
【なるほど】
「注文どうする?」
最初に浮かんだ言葉は謙遜。その次は家庭だった。
若く見えるので勝手に独身の方なのかなと思っていた事を心の中でこっそり謝る。
頭にあってもそれを行動にうつすのは凄いことだと思う。
だって思考と行動は正反対みたいで、何かに対して行動するのってとてもエネルギーのいる事だと思うから。
【じゃあココアをひとつ下さい】
そういえば今何時だろう?一切時計を見ないで寝て起きてここまで来た。
分かることと言えば、今が夕方だということくらい。
時計を探す訳でもなく顔を少し上げれば視界の端に木製の丸い時計が見えて、時計の針は既に17時を回っていた。
店内から見える外の夕焼けは、さっきよりも落ち着いていて、夜になれば僕を完璧に隠してくれる気がしていた。
けどこれは僕の空想で、そして本音と矛盾した願いだと思う。
現実はいつも予想もしない事の連続だらけで、予測なんて意味をなさない事の方が多いように感じるし、だからって何も考えず生きるのなんて到底不可能だから難しい。
「近くのコンビニで鉄雄と会ってさ…」
カウンターに男の子が一人現れ店長と何か話をしている声が聞こえてくるけど、内容までは分からない。
なんとなく聞いたことのある声だなぁと思う僕が見つけるよりも先に彼は僕を見つけてしまう。
「あっ、マルボの時の…!」
(心瞳くんの友達の久我くん?だっけ)
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