心が読める俺は失声症のお前を読みたい
ハッピー
一学期
第1話・運命的な出会いは静寂の中で
───────僕には声がない、正確に言えばあるけれど何かの呪いによって封印されている。
───────そう、封印されているだけ。
★
午前7時15分、6畳程度の空間で枕横にある小さな携帯が鳴る。
「……(起きなきゃ。)」
片目のままアラームをオフにし、部屋のカーテンを開けると太陽光が部屋に侵入する。
白米に卵を乗せ醤油をかけただけの時短過ぎる朝食を済ませて浮腫んだ顔のまま、スクールバッグを少し開けて筆談用のスケッチブックを確認し、今度は手探りで胸ポケットのマーカーペンを確認するとその場で1人大きく頷く。
(いよいよ今日は入学式、予め自己紹介を書いたスケッチブックもあるし準備万端。)
通学靴に上手く入らない小さな足を無理やり力でねじ込み、玄関横の棚から使い切りマスクを1枚取って顔に身につける。
(どうかマスクしてるのが僕だけじゃありませんように。)
白グマのストラップが付いた家鍵をポケットから取り出し家の鍵をかける。
どうしよう、家から出るの1週間ぶりだから緊張してきた。
やっぱり今日行くのは辞め…………ない!!!
高校生活は最初が一番大事なんだ、入学式で休む訳にはいかない。
余計な事を考えずに今は駅まで走ろう。
ネガティブな思考の連鎖から抜け出そうと
二階建てのボロいマンションから早歩きで階段を下り一直線に駅まで走行した。
★
「……(待って、走り過ぎた。徒歩5分足らずで着いてしまう駅で息を切らすとかどんだけ運動不足なんだよ僕は。)」
呼吸を整えながらハンカチで額の汗を拭っていると電車到着のアナウンスが聞こえ、タイミング良く電車が目の前に到着する。
(人が多すぎる。今からこれに乗るの?)
数歩後ずさる麗音は意を決して俯きながら電車に入り込む。
(はい、これで後戻り出来ない。)
電車の扉が締まり扉付近の手すりを微かに握り、視線のやり場に困ったので自分の足元を意味なく眺める。
★
麗音の隣で同じ制服を着て扉付近に立つ男は携帯を起動させ現在の時間を確認すると、小さくため息をついていた。
(人がまだ少なそうな時間をわざわざ選んで出たのに、この数はどういう事なんだよ。あぁ……朝からうるさい。)
意味がないと自分で分かっていても、現実から逃避するように自然と目を閉じてしまう。
男、
───────入学式だりぃなぁ、なんで学校とかあんの。
───────急ぎすぎて化粧が中途半端になっちゃった。
───────今日からまた、口煩い上司と仕事。もう仕事辞めたい。
───────私なんで生きてんだろ、育児も家事も仕事もこれだけやってるのに夫は……
(大抵の奴は決まって月曜の朝病んでいる。)
(病んでる奴が異常に多いのはこの車両だけだと思いたい俺はまだ病んでいない筈。)
俺には生まれつき、他人の心の声が全て聞こえてしまう面倒な能力が備わっている。
まだ幼稚園の頃、心の声と口から出る人の肉声が判別出来ずに大変な思いをしたが、人は勝手に学ぶらしく気づけば俺は他と違って自分だけ他人の心の声が聞こえるのだ。と悟りを得たが誰かの役に立てようとする事もなくただただ24時間うるさいだけの迷惑なラジオ機能となっている。
誰か一人の心の声に意識を集中すれば他から聞こえてくる声の音量が少し和らぐが、意識を集中してまで聞きたいと思える心の声を、生きていてこの15年間見つけたことがない。
───────つまり全員一緒。
★
「……!」
電車が揺られてもなお、自分の足元に目線を配っていた麗音は、突然後ろから誰かに体を触れられ硬直していた。
(え……)
体が微かに震え、扉に反射して映る真後ろのサラリーマンが見え動悸が激しくなるが麗音の体に回る手は止まらない。
(お願い、辞めて。)
徐々に混乱していく思考の中、近くの手すりを握る力も強まっていた。
(嘘、到着まで後4駅もある、、、)
絶望に落とされた感覚だけをひたすら感じていると、降車場所ではない駅に付き目の前の扉が開かれていくと横から誰かに腕を捕まれ無理やり降ろされる。
(えっ!?)
無理やり電車から降ろされた麗音は足元がおぼつかない。
「おい、死んだ目の変態サラリーマン野郎。これがなんだか分かるよな?」
鉄雄はサラリーマンが麗音に後ろから手を回している写真を煽るように見せつけた。
「あんた、人生詰んだな。」
突然の出来事と未だ引けない恐怖心から顔を上げる事が出来ない麗音は俯いたまま耳だけを必死に立てていた。
(誰?警察??)
「!」
「おいこら、逃げんな……!!」
近くで重たい音が聞こえたと思うと続けて誰かの低い呻き声が聞こえ、またしても体が恐怖で震えてしまう。
「あのすみません、駅員さん呼んできてもらってもいいですか?」
鉄雄は近くでこちらを盗み見ている女性に声をかける。
(言われてるの僕じゃないよね?)
話がまだ読み込めず立ち尽くしたまま、勝手に時間は進んでゆき、いつの間にか自分の足よりも大きい足が見えたのでゆっくりと顔を上げる。
「おーい、大丈夫か?お前。」
(!)
(今ようやく痴漢退治してくれたって分かった。そうだ、この人にお礼を言わないと。)
目の前にある大きい体によって自分を包む影が出来ており、無意識に少し距離を取ると慣れた手つきですかさず鞄からスケッチブックを取り出しマーカーペンで文字を書き起こしていく。
(なんだこいつ、急にスケッチブックとペンを出して何か書き始めやがった。)
(しかも心の声が無いし。)
スケッチブックに書き上げた言葉を相手に見せる。
【色々とありがとうございます。実は僕声が出ないです。】
よし、こんなもんかな。筆談は出来るだけ早く書かないと相手を待たせてイライラさせてしまう。
だから出来るだけ簡潔に情報を届けるのがベストだけど、ちゃんと伝わってるかな?
両手で持ったスケッチブックの端から覗くように顔を出して相手の表情を確認する。
(クリクリな黒目。うわ、ほっぺたとか柔らかそう。)
(同じ制服だし、もしかしたら同学年かも。)
目の前のハリのある丸い頬に自分が触れている妄想に浸っている麗音と重なる様に目が合う鉄雄。
しばらく2人は誰もいない駅のホームで立ったまま見つめ合っていた。
春の風がなびくと見つめ合う2人の髪を微かに揺らし、運命的な出会いを祝福するように近くで小鳥のさえずりが優しく鳴り響いていた。
(何度も意識を集中させているが、やっぱりこいつからは心の声が全く聞こえない。)
───────静寂だ。
───────煩わしい人の声が一切聞こえない。
ホームに大きく響く電車の通過アナウンスさえ鉄雄の心には介入することが出来ず、2人の隣を電車が通過すると麗音が先に電車の方へと目を逸らした。
鉄雄は静かに感動していた。初めての静寂を知り、そこにいつまでも心を置きたいと思っていたが、
【───────失礼します。】
麗音が次に書き上げた文字を見て意識がようやく自分の元へ戻るが、麗音は鉄雄に深く一礼し改札へと続く階段を下って行った。
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