最終指令

 この世で最も屈強な男は誰か。その問いの答えに、龍征は自らの祖父だと答える。あるいは桜花道と答えたかもしれない。その答えに疑いはないが、それでも揺らぐことはあった。隻腕の司令、大道司厳造。あの覚悟の男は、確かに龍征の胸を打っていた。


「これより、報告する」


 息絶え絶えに、それでいて確固たる口調だった。動かない光の表情を覗き見て、龍征は身を震わせた。冷えきった視線。虚ろな目。表情の一切を消して淡白に司令を見下ろしている。こんな彼女の姿は、もちろん初めて見る。


「首謀者は技術班主任、桜花道。本部をハッキングし、奴自身が忍ばせた謎のプログラムを起動。本部は現在進行形で異形の搭に変形している。だが、奴は野望途上で息絶えた。それを横からかっさらっていったのは副主任のジョン=シーカー。彼は現在星獣の笛を手に潜伏している。他の技術班のメンバーは、大部分の死亡者含め、全員連絡が取れない。近辺で活性化している星獣の動きを見るに、ここが大詰めという奴らしい」


 あの頼りない副主任。龍征はそんな顔を思い出す。ふと見せたあの信念は、果たしてどこに辿り着いてしまったのか。分からない。淡白な事務報告からは、何も。龍征はリヴァの方を見たが、彼も何も言わなかった。言いたくないのか、言えることがないのか。であれば、発言するのは彼女しかありえない。


「何故、貴方は倒れているんですか。貴方は、総司令でしょう……?」


 その声はわずかに震えている。

 表情が消えた。否、必死に表情を消している女の姿があった。


「全指揮権はカガリに譲渡している。桜は俺にしか止められなかった」

「その果て、このザマだと……?」

「聞き分けろ、光。事は既に一刻を争う」

「私にはッ! 私には……責務を強要し、あまつさえ…………」

「お前しかいなかった。お前がやるしかないんだ」

「そんな薄っぺらい口で何を語るッ! そんな無様で恥を知れッ! お前は私の父親だろうがッ!」


 父親。

 大道司光と大道司厳造。親娘おやこ。衝撃の事実に固まる龍征は無視して、リヴァは光の手を握った。震えている。たったこれだけのやり取りで、この二人の関係はうまくいっていないことがよく分かった。けど。けれど。それでも父と子だった。そんな矛盾するやりきれなさが、リヴァにはよく分かる。


「……相変わらず、突き上げの強い。俺は、そんなお前に立派だと思われるよう死力を尽くしてきたんだがな」

「だから……どの口で、そんな」

「光。お前に人並みの平和を与えてやれなかったのは……俺の落ち度だ。だがな、その代わりに、色々なものを見つけてきたはずだぞ。お前は俺たちの光で、日本を照らす光でもあるんだ」

「聞きたく、ない……ッ」

「いい加減甘えるな。逃げるな。お前は出来るんだ。俺が保証する。だから、やれ。花道の亡霊を切り裂けるのは、その身を剣と鍛えたお前しかいない」

「――――――ッ!」


 拳だった。激昂した光が父親を殴り飛ばそうと拳を振り上げていた。その威力、込められた想いは、抱えるように受け止めた龍征にはよく分かる。


「先輩。俺はやるぜ」

「光さん、僕は貴女についていきます」

(ほらな、花道。光にはもう譲れないものがあるんだ……お前とは違うさ)


 抱く道は目の前に。両手を仲間に握られて、ようやく鉄仮面が決壊する。溢れる滴を拭うことも許されず、光は父親と対面する。いつもの凛々しさは、それでもきっと内に残っていた。見せる弱さに、父は安心する。

 弱さがあるから、人は強くなれる。

 だから、娘はもう大丈夫だ。絶対の確信を持って笑ってみせる。薄れる意識、歪む景色。それでも世界は暖かい光に満ちて、だからこそ男は戦い続けてきたのだ。世界を守る。その意味が、きっと今の彼女には分かるだろう。


「これより、最後の指令を通達する……ッ!」


 だから。命の最期の煌めきをここに。


「ドライブ1、役目を果たせ! お前が判断し、お前が信じた道を貫け! 世界を……任せたぞ」

「了解ッ!」


 光が唇を引き締めた。その顔には既に弱さは引っ込んでいる。


「ドライブ2、責任を果たせ! どんな事情であれ、たくさんの人を傷つけ、命を奪ってきた事実は変わらない。けどな、だからこそお前は人を救えるはずなんだ! クソオカマの父親に見せつけてやれッ!」

「はいッ!」


 もう迷わない。リヴァがその目に覚悟を秘める。


「ドライブ3、信念を果たせ! 君が一般人であることは変わらない。この戦線は外れるべきだ。だが……やると決めたんだろ? なら貫いて魅せろ……光を、任せた」

「応ッ!」


 戦う意志。信念の保持。そんな気高さがここに承認される。


「……行ってきます、父さん」

「生きて、勝って、帰る。それがたった一つの勝利条件だとさ。壮健たれよ」


 力強く頷く光。照れ臭そうに頬を掻く龍征。小さく拳を握り締め、リヴァが続く。

 出口に向かって走り出す三人の戦士を見送って、戦い終えた男は天を仰いだ。本部の崩壊が進む。何かとてつもないことが進行している。それでも、彼らならばきっと大丈夫だ。そんな希望を抱きながら。

 崩れた天井の向こう側。一筋の光が網膜に届いて男は息絶えた。







「落ち着いて! 車両の準備はまだまだあります! 落ち着いて避難を!」


 崎守三尉が声を張り上げる。外はパニック状態だった。シェルターのロックが全解除され、このままでは急遽大量発生した星獣に全滅する可能性すらある。合流地点への誘導を生き残った機動部が行い、自衛隊の支援車両が合流地点に続々と集まっている。しかし、連絡体制がうまくいっていない。避難車両の合流地点が周知しきれていない。このままでは避難が追い付かない。人手が圧倒的に足りていないのだ。


(くッ、このままじゃ住民も本部職員も全滅だ……そうしたら星獣に対抗出来る術がなくなっちまうッ!)

「よお、オッサン! アタシにも戦わせろや!」


 加えてバカがチャリンコでやってきた。よれよれのスカジャン、ナックル吉田だ。緊急車両でチューブに繋がれている天道竜玄の見守りをお願いしてきたはずだが、何故ここに。


「状況分かってんのかッ!? 竜玄さんはどうしたッ!」

「あっちにゃたくさんいるじゃん。一番守りが頑丈じゃないの? それに、竜玄のじいさんなら星獣に殴られたくらいじゃ死なないって」

「だからそっちに回したんだろ…………一般人がイタズラに掻き乱さないでくれ」

「……龍征はきっと今も戦っている。みんな戦ってるんだ。引っ込んで祈るだけじゃアタシが廃る。それに、無策で出てきた訳じゃない」


 首から下げたホイッスルを指の腹で擦る。安物のどこででも手に入るような玩具。そんなものでも田舎では珍しいのか、ちょこちょこと集めている彼女の姿は知っていた。ホイッスルが勢い良く吹き鳴らされる。ボロいチャリンコで現れた少年が何人か。その誰もが同じホイッスルを首から下げている。妙に統率が取れていた。


「新生スターズのお通りだ! 避難誘導の人手が足りないんだろ? アタシたちならその不足を補えるはずだぜ」

「……ちょっと待て」


 状況を考える。星獣の活動は今はまだ大人しい。活発化する前に少しでも多くの人を避難させるべきだろう。本部跡から伸び続ける不気味な塔は不安材料だが、考え続けても仕方がない。星獣を引き付ける機動部に無線で連絡を取り、崎守は再び吉田に向き直った。


「――頼む。君たちの力が必要だ」

「よしきた! てめえら、スターズの底力を見せつけんぞ!」


 少年たちが歓声を上げた。西蔵町の人間だけではない。この周辺に住んでいる人たちもいた。大人や女性も何人か混ざっている。全員チャリンコホイッスル。シュールな光景だが、この少女のカリスマ性とスターズの統率力が今は必要なのだ。


「天道は、絶対に来る。だからそれまで俺たちで持ちこたえるぞ!」

「ナックル吉田、その申し出受けて立つぜ!」







 星獣が雄叫びを上げた。まさに暴れださんとする怪物を、地下からの斬撃が両断する。汗にまみれて土まみれ。決死の脱出経路を突破したスタードライバーズが地上に立った。広がる光景、毒々しい紫色の塔が天まで聳えていた。星獣の咆哮と何故か甲高いホイッスルの音が入り交じる。既に戦場は混沌としていた。


「星詠みの高見台。これが主任の――いや、僕が誇る切り札だ」


 おあつらえむきに、ジョン=シーカーの真ん前に出てきたのだ。

 決戦が、始まる。

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