激想少女

 外出許可を得てから数日。龍征は寂れた公園のブランコに揺られていた。薄暗い街灯に囲まれて、夜遅くなのに暗闇が捌けていく。これが都会なのかと、そんな不思議な感覚をぼんやりと。星がまばらに光る。田舎では満天の星を見上げていた龍征は、いつも当たり前のようにあるものを隠されたようで、どこか落ち着かない。心がざわついて、思考がまとまらない。


(みんな……あまり俺を責めなかったな)


 分かっている。分かっていた。龍征は最初から期待されていなかった。そして、期待されなかった通りの結果しか出せなかった。下されたのは、淡白な書類上の、必然の決定だけ。不甲斐なさが己を責め立てる。


(戦える、はずだ。あの鎧と戦ってから、とても強くなっている気がするんだ。なのに……なんで、こんな……本当に数字は伸びていないのか? 俺にはもっとできることがあるんじゃないか?)


 何ができるのか。何をすべきなのか。

 そんなとりとめもない疑問の渦が湧き上がる。熱意だけでは何も解決しない。これは、壁だった。立ちはだかる状況。


「おうおうおう、何してんだ兄ちゃん!」


 無遠慮に叩き付けられる煽りに、龍征の身体はぴくりと跳ねた。懐かしい響きだ。都会にも不良という生き物は生息しているらしい。どんなものかと興味が湧いて顔を上げる。

 ナックル吉田だった。

 自称、ナックル吉田だった。

 本名は天願良美というらしい。地元じゃ名の知れた少女だった。確か由緒正しい地主の娘だったはずだが、グレて不良になり、よれよれのスカジャンを愛用する名前に反した姿と化してしまっていた。世はままならないものである。特に珍しくもないものだったので、龍征は静かに顔を下げた。


「おいおいおいおいッ!」

「それ、マルイって読むらしいぞ」

「何の話だッ!?」


 面倒臭そうに、龍征は再び顔を上げた。少しおセンチなシリアスムードにハードボイルドを内心気取っていた彼は、その雰囲気がぶち壊されて若干不機嫌になっていた。だが、いつものようにじゃれあうような状況でもない。ブランコを小さく揺らしながら、龍征は口を開く。


「お前、大丈夫だったのか?」

「あたぼーよ。舎弟どもも全員無事だぜ。でも、アンタの足取りだけはずっっと掴めなかった。どこで何してやがったんだ! 心配したんだぞ……心配、したんだぞぅ」


 声が萎んでいく。パンパンに張り詰めた風船から徐々に空気が抜けていくかのように。少女の目から、透明な液体が溢れ出ていた。


「悪ぃ」

「ぅ、ぅっせー! ちゃんと連絡寄越せってんだよぉ!」

「連絡先知らねーし」


 む、とナックル吉田はスマートフォンを突きだした。龍征は雑にポケットを膨らます野暮ったい携帯電話を取り出す。ぶんどられた。カチカチ操作しながら微妙ににやけている横顔を、龍征は冷めた目で見ていた。


「スマフォにしないの?」

「俺は、それが、いいんだ、よ!」


 ぶんどり返す。赤い情熱のガラパゴス携帯。天道家は祖父竜玄の意向で、意味なく反スマフォ勢力となっていた。ブランコを揺らしながら、龍征は天を見上げた。曇り空。街灯がなければ完全に夜の闇だった。


「……なに、してたんだよ?」


 遠慮がちにナックル吉田は訊ねた。あらゆる方面で突っ走りがちな彼女にも、少年の沈痛な表情の前には足が止まる。


「あ?」

「そんな、人を殺したような顔して、何もないなんてことねーぜ」

「言うか」


 龍征は顔を背けた。人を殺したような、という表現には近いものがある。自分の不甲斐なさで、果たしてどれだけの損害が出てしまったのか。それでも進むしかない。大道司光が動けない以上、必ずドライブ3の力が、龍征が必要になる。

 だが、そんな事情を話せるはずがない。龍征には守秘義務が課せられていたし、何より、何の力もない一般人を巻き込むわけにはいかない。


「アンタが、落ち込むなんて尋常じゃねーぞ」

「俺が、落ち込んでいる?」


 訳が分からないといった風に少年が顔を上げた。


「覇気がない。今のアンタなら勝てそうだ」

「冗談」


 小さく鼻で笑う。ふっかけられた喧嘩は受けて立つ。龍征にはスタードライブシステムの身体強化がある。オカマ仕込みのインファイトがある。負ける要素なんて何一つない。本気で喧嘩するまでもない。今の龍征は、間違いなく強かった。

 もう、本気で喧嘩など出来ないほどに。

 ああそうか、と龍征は自嘲気味に笑った。もう、自分を貫けない。他ならない自分自身がそう認めてしまったのだ。


「俺には、もう何もないんだ。高校での勉強についていけず、喧嘩も半人前、この道しかねぇと思ったが……このザマだ」

「違う」


 吉田は、揺れるブランコを素手で止める。二人の顔が近づいた。


「アンタは貫けない男じゃない。アタシ、知ってるもん。うまくいかないことなんて沢山ある。でも、それでもアタシは『アタシ』らしくやるよ。何があったって、アタシを貫き続ける」


 アンタも同じだ、と。


「自分で自分を張れなきゃ嘘だ。アンタはそれが出来る男だ。だから、アタシはアンタに勝ちたいんだ!」


 胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。龍征の体重にややよろめいたが、その身が倒れることはなかった。傾いた少女の額を、少年の握りこぶしが軽く押す。


「大した女だよ、お前は」

「へっ、女はダメじゃなかったか?」


 目指すべきもの。

 あの偉大な祖父の背中を目指す。そして、あの凛とした青い剣に憧れる。なれる。届く。少年は不敵に笑った。知ったもの、気付いたものが沢山あった。


「強い女を知った。だから、お前もきっと」


 捻れた激励の言葉だったが、ナックル吉田は口を「への字」にして押し黙った。小さく首を傾げる龍征に、噛み付くような勢いで猛犬が。


「誰だよぅその女!」


 憧れの男が、キラキラした目をしていたから。一方の龍征は、あの女丈夫の凛々しさに想いを侍らせていた。


「言えん」

「誰だよぅ!」


 その厚い胸板をポコポコ叩くが、龍征はノーダメージだ。妙に余裕が溢れている。が、突如の足音に龍征は吉田の肩を抱いた。顔を真っ赤に染める彼女を背中に庇う。歪な金属音。聞き覚えがある。街灯に照らされたその姿は、あの鎧。


「よう、役立たず」

「おう、クソ鎧」


 見えない火花が飛び散った。今すぐにでも仕掛けてきそうな鎧が、龍征の背後の少女に気付く。鎧から覗く口の形が、げんなりと変化した。


「おいおい、人払いはしたんじゃなかったのか? お熱いところ悪かったね」

「べ、別にお熱くねーよ!」「熱いぜ!」

「バカ、やめろ。どっか逃げてろ」


 しっし、と龍征が手を振った。その身が震えているのを、少女は見逃さない。敵だ。直感が少女を猛らせる。


「逃げろって!」

「やだ!」

「バカか!?」

「バカだもん! それがアタシだ!」


 面倒臭い貫かれ方をされてしまった。鎧は律儀にも待ってくれている。周囲に星獣はいない。熱くなった頭から守秘義務という言葉が焼き払われる。


「装着しなよ、待ってやる」

「はっ、おあいこのつもりかよ!?」


 奇襲を仕掛けた前回とは違う。龍征は左手首の腕時計を捻った。いざというときの緊急コード。雲を割って、棺桶のようなロケットが目前に突き刺さる。ナックル吉田が上擦った悲鳴を上げた。棺桶が開き、龍征がその中に飲み込まれた。なんやかんやで現れたのは、ドライブ3を装着した龍征。


「やっぱり、ドライブ1と同じか。これで潰しても文句は言えないよね?」

「御託はいい」


 震えが、止まる。頭の中にマグマのような血液が循環する。熱意で沸騰しそうだ。拳を握る。赤いボディを煌めかせ、龍征が大地を蹴った。


くぞ、マジ喧嘩だ!」

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