第26話 (憑依編) 絵本作家の少女
例によって、由香のメールでその週の週末の予定が決定されてしまっていた。
「だれだ、このトコミヤ ショウて?」薫は、週末に送られてきた、由香からのメールに独り言を言いながら、その人物をネット検索にかけていた。やっと演劇部の夏の公演も終わり、残り少ない夏休みを、自分の時間に当てようかと思っていた矢先、今回のミッションは、一寸面倒だな、と思いながら下準備の資料探しをしていた。叔父の告白依頼、母(梢)と顔を合わせるのが辛いのもあって、ここの所、綾佳のマンションに居候していた。週に一 二度、由香が心配で西園寺家にお世話に成る事もあったが、それ以外は綾佳の所で過ごしていた。
「綾姉・・・、僕、此処に引っ越してきてもいい?」
「まあー、事実上、そんな状況だから構わないけど、たまにはお母さんの所に顔出さなきゃぁだめよ。それとも、私のお婿さんになる・・・年上は嫌いかな。」
綾佳には、現状の全てを打ち分けていた薫だったが、そんな薫を綾佳は、梢に代わり受け止めていてくれていた。梢には、密に連絡を取っている綾佳に、梢からは、今は、薫の好きにさせてあげてと言った内容の回答が返って来ていた。綾佳も、薫からの状況説明と物的証拠を見せられて、内心戸惑っていたが、薫の前では、平静を装っていた。そんな事もあり、ダメ押し的に送られて来た、梢のメール写真を薫には見せないままにしていた。
「綾姉、このトコミヤ ショウて、多分絵本作家みたいだけど・・・知ってる?」
「ええ、結構有名な、絵本作家よ。図書館なんかにもそれなりの数の蔵書が有ると思うけど。」綾佳のそんなアドバイスもあり、薫は、近くの区立図書館に行ってみる事にした。区民じゃないと貸し出しは無理だけど、閲覧は出来るとの事なので、夕食の買い出しも兼ねて、出かけ様としていると
「じゃー、私もいくわ。何時も薫ちゃんにお買い物させてばかりだから、たまには私も付き合うわよ。」二人は、連れ立って、まず、区立図書館に行った。暫く、目当ての絵本を探していると、それなりのコーナーに蔵書が置かれていて、その中の一冊を、薫が見始めていた。綾佳が一緒に覗き込むと
「この絵本て・・・ある物理学者の事がモデルらしいいんだ。」
「物理学者?」
「そう、戦争中、日本でも原爆を作ろうとしていて、その研究をしていたらしい。」
「特に、この内容からすると、そんな感じでは無いようだけど・・・」
「ああ、僕もそう思う。」そう、言いながら薫は、別の画集に目をやっていた。
「これも、由香ちゃんのお告げかなんかの話?」
「うん・・・例によって訳が分からない。」
「これも・・・・」と言いかけて、綾佳は、暫く沈黙してから、覚悟を決めた様に
「これも、しおりさんと関係しているのかな?ああ、ゴメンね。悪い事聞いちゃったかな?」
「いやー別にいいよ、綾姉にも心配かけちゃってるね。まあー、謎解きが終わるまでは、分からないかな。」
薫は、一通り目当ての作家の絵本を見終わると、ペイネの画集を見ていた。
「僕は、こっちの方が好きだな。」と独り言を言ってから、綾佳と二人で図書館を後にした。神宮外苑の公孫樹(いちょう)並木通りにある、イタリア料理の店に入り、昼食を済ましてから、マンション近くのスーパーで夕食の惣菜をあつらえてから帰宅した。
翌日、目当ての絵本作家の新作発表とサイン会が有るとの事で、由香は西園寺家の車で、薫は電車で、横浜の大きな書店に向かい、玄関ホールで落ち合った。由香は、薫の顔を見ると、近寄ってきて、迷子の子供が父親を見つけた様なしぐさで、薫に抱き着いて来た。
「ええ、どうしたの?この間会ったばかりだろうが。」ゴスロリ調の服を着た少女に抱きつかれている光景は、それなりに人目を引いていたが、近くの談話室にある長椅子に座り、頭を撫でていると、由香の気持ちも収まったのか
「これで、充電OKだ。これから一寸しんどい相手と対面するからな。」そう言ってから、由香は薫の手を握り、イベント会場に向かった。
会場には、すでに多くのファンがいて、作者の登場を待っていた。
「作家さんてどんな人なんだ。」薫が由香に尋ねると
「知らん・・・今まで、外に出た事が無いので、正体が分からないままだ。」
「ええー、あんな可愛い絵本作家だから、勝手に美少女か優しいお姉さんを想像してたけど、禿おやじだったりして・・・」
「おやじでは無い事は確かだな。双子の片割れだからな。」何だか訳の分からない回答を聞きながら薫が目をやると、イベントの司会者らしき人物が現れてきた。その人物は、出版社の関係者との事で、所謂マネージャー的な存在だろうな、と薫は思っていたが、シルバーグレーの頭髪にあまり高級とは言えないスーツ姿の男性の顔に、何か違和感を感じていた。程なくして、作家の常宮ショウ(トコミヤ ショウ)が現れた。和服調でパッチワークいやキルトと言える様な、如何にもお手製的な上着と黒ジーンズ姿で、赤毛の髪を肩まで伸ばした、明らかに白人とのハーフかクオーターと言った、年で言えば、由香と同じ位の少女が現れた。数か所からフラッシュが光ったが、それが収まった後に、司会者から、常宮ショウの簡単な紹介があり、彼女が対人恐怖症であまり人前に出られない事や、司会者と思われていた人物が実は、父親である事、母はスペイン人で有る事などが紹介された後で、新作の絵本についての話題になった。
「作者は不定期ですが、ふらっとスケッチ旅行に出る事があり、その旅の中で作品のヒントとなる様な事があるそうで、今回の作品では、旅先で偶然に出会った年配の女性とのやり取りの中から生まれた発想であると作家本人が語っております。新作は、前作の続きの様な形式を取っております。」司会者(父親)からの説明の後、質問タイムとなり、文芸記者と思われる数人から、夫々に質問が有ったが、由香は徐に、薫に携帯を渡し
「この文面を質問してくれ。」と頼んだ。薫は、えーと思ったが、タイミングを見計らい挙手して質問をした。
「前作では、福島の女学校の事が描かれていましたが、新作ではその謎解きがされていないように思われますが、次回作への持越しと考えて良いですか?」その質問対して、一瞬作家の少女が、薫を見て、代弁者の父に何やら耳打ちをしてから
「おっしゃる通りなのですが、新作に関しては、本日が初公開となっておりますが。」
「はあー・・・展示品をササっと見せてもらった感想です。」薫は、咄嗟の出まかせで急場を凌いだ。内心、予習をしておいて良かったなと安堵していた。一寸緊張気味の様子が伺える少女作家をうまく取り繕うように、司会者が話をまとめ、
「次回作も含め、宜しくお願いします。」と会見を終了した。薫と由香は、新作を購入後作者のサインを貰うため、列に並んでいると司会者兼父親が二人に近づいてきて
「宜しければ、この後少々お時間を頂ければ・・・」と声をかけてきた。
少女作家親子と薫と由香は、書店の中二階にある喫茶ルームに場所を移して、アフタヌーンティーが揃うのを待ってから話をし始めた。
「何故、福島の女学校の事を御存じなんですか。」少女作家が聞いてきた。薫が由香を見ると
「山下京子の双子の姉を知っているからだ。」と言うと、えーと言う顔して少女は
「でも、お姉さんは、爆撃で死んじゃっているって、・・・」
「そうだ、京子はその時、博士の用事で郡山に行っていたから爆撃に会わなかったんだ。でも、爆撃で死んだのは、京子の姉だけじゃないはずだ。」由香のその言葉の後、少女と由香の二人の間に、得体のしれない緊張感が漂い、まるで、魔女が氷の魔法でも発動さてたかの様に、周囲が深い沈黙に陥った。しばらく続いた重苦しい沈黙を破ったのは、クイーン(横浜税関)からの時計の時報だった。その後由香が
「次の作品には、どうか彼女たちの思いが伝わるような作品にして欲しい。」由香がそう言うと
「分かりました。」と絵本作家の少女は答えた。
絵本作家の親子と別れた、薫と由香は、馬車道通りを歩きながら
「あの少女と由香の間では、分かつている事なんだろうけど、全容が見えてこないんだけど?」薫が由香に問いただすと
「話が長くなるし、疲れたので、何処かのホテルにでも入ろう。今日はそこで泊まるから。」と言い出したので、
「車呼んで、自宅に帰った方が・・・・」言いかけたが、
「今日は、薫と一緒に居たい。」との由香の言葉で、薫は、ホテル探しを始めたていた。結局、港近くの公園が見えるホテルに落ち着いた二人だった。
部屋に入ると由香は、直ぐにぐったりとしてベットに横になり
「薫、傍に来て私を抱いててくれ。でないと、あっちに引き戻されそうだから。」由香が訴えるように、薫に言うと
「分かった。」そう言ってから、ベットに横になり、由香を抱き替えるようにしてから
「これで良いか。」
「うん・・・出来れば、素肌のぬくもりが欲しい。」薫は、由香の服をゆっくり脱がしてから、自分も裸になり、素肌が密着するように抱きなおした。
「由香、体が冷たい!だいじょうぶか!」
「うん、」と言って、すがる様に薫に抱き着いていた。薫は由香の体をさする様にしながら、結果的にそれは、由香を愛撫していた。そんな行為が暫く続いた後に、やっと由香の体に赤みが戻り始め、体温も上がり始めた。
「ああ、大分楽になってきた。」由香の少し、活気が戻った声が聞こえた。そして
「薫・・・したいか?」と聞いてきた。薫は、少し戸惑ったが
「ああ、したいが・・・もう少し元気になってからな。」そう言って、由香を少し強く抱きしめた。二人は、抱き合ったまま、2 3時間夢の中を彷徨う様にして仮眠していた。
大型客船の汽笛の音と、近くの公園から聞こえてくる、赤い靴の童謡のメロディーで、薫は目を覚ました。由香を起こさないに様にそっとベットを抜け、身支度してから下にあるコンビニで、スポーツドリンクと消化の良さそうな食品を購入してから、部屋に戻ると由香も起きていて、上半身裸体のまま、ぼんやりと、窓の外の暮れなずむ港を見ていた。
それは、印象派の絵画の様な光景であったが、
「由香、大丈夫か?寒くないのか?」
「ああ、何だか体が火照っている。」
「それって、熱でも有るんじゃないのか?」薫が近寄り、おでこに手をやり熱を確認した。
「それほどの、熱では無さそうだが、念のため体温計を借りてくるから。それと、何か着ろよ!」そう言われた由香は再びベットの中に潜り込んでしまった。
体温は平熱より一寸高い程度だったので、
「取り合えず、大丈夫そうだな。」そう言って、インスタントのトマトスープとサンドイッチを食べさせた。
「これからどうする、帰るか?」
「続きをしたいから、先にシャワーを浴びよう。」と言って二人は、ゆっくりと時間を掛けてシャワーを浴びた後に、再びベットに潜り込んだ。
「さっきは、死んじゃうんじゃないかと思ったよ。あんなに体が冷たくなってしまって。」
「薫の手の温もりだけが、意識の中にあって、其れだけが、こっちの世界と繋がっていた感じだ。その温もりがすごく良い快感を・・・一言でいえば凄くエロい気持ちに成っていた。だからその続きをしたい。」
「どういう事だ、裸の由香の体をマッサージすればいいのか?僕は、冷たい由香の体の血行を良くするために、摩っていただけなんだが!」
「うん・・・それで良いから、続けて、それと、薫もエロくなったら・・・してもいいぞ。」
何時ものように、少し波長がづれている由香の反応に戸惑いながら、薫は、由香の体の敏感な部分を避けながら愛撫していた。
ガラス細工の様な由香の体は、少し力を入れたら、壊れてしまいそうな気がして何時も最後の行為に至る前に止めてしまっていた薫だが、由香の手に誘われて、由香の股間に指を入れた。
「あぁー」と小さく声を上げてから、「もっと深く・・・」そう言いながら、薫の上になり、今までには無い深いキスをしてきた。薫はそっと由香の中に入っていくと、由香の快感と共に、薫は、母の胎内に居るような深い安らぎと、温かさを感じながら由香を抱いていた。ふと気づいた時に薫は果てていた。
「あー、出しちゃった。」薫が戸惑った様に言うと
「心配するな、出来たらできたで考えればいい事だ。」と由香が言った。
その後も、二人の愛撫は続き、
「由香・・・もう一度してもいいか?」と薫が聞くと
「薫も、結構エロいな。」と言って嬉しそうに承諾した。そんな事を二度ほど繰り返した後に、二人は眠りについていた。
朝方、カーテンの隙間から漏れる光で目が覚めた薫が、由香の髪の毛を優しく撫でていると、由香も目を覚まして
「おはよう。やっと結ばれたな。」と言ってから、軽くキスをしてきた。
「朝のピロトークには、ふさわしくないかもしれないが・・・結局、あの絵本作家の少女は何者だったんだ。」と薫が由香に聞くと
「私と同じ様な存在だ。彼女の背後には、34人の思いが託されている。山下京子と出会った際に、顕現して、その思いに押し潰されそうに成っていたが、昨日、その頸木を取り除いた。今よりは少しは楽に成るだろうが、彼女にとっての薫の様な存在が居ないと、彼方の世界に引き込まれてしまう。」と言ったので
「由香は大丈夫なのか?」と薫が聞くと
「今は薫が居るから、此方の世界に留まる事が出来る。深い絆があれば、こちらの世界に留まり、死神が来ても大丈夫だ。」
「死神、この間、地下街で声をかけてきた奴か?」
「ああ、彼奴は私の担当で、あの少女の担当は、父親と名乗っていた奴だ。」
薫は、それがあの父親に感じた違和感だったのかと思い返していた。
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