第2話 (悲恋編)誘われた三人

シオリが東堂家にやって来たのは、もうじき四歳になる頃だった。東堂家は、もともと京都にあり、古くは宮廷雅楽の楽器職人の血筋で、京都の東堂を旧家と呼び、分家のような形で鎌倉に出てきた健司や誠司達の住む家を本家と呼んでいた。本家はすでに、本来の東堂としての伝統は枯れ、健司達の父惣一は公立図書館の司書をし、母は市役所の職員だったが長い闘病生活の後、癌で半年前に亡くなっていた。幼い健司達にとって、唯一甘えることの出来た母の死は大きなショックだった。そんな中、年は同じだったが、まるで妹の様なシオリと芸子あがりの母雪乃がやって来たので、シオリと健司達三人は直ぐに仲良くなった。雪乃は数年前に、パトロンである京都の呉服問屋の旦那を亡くし、若いころから世話に成っていた置屋でシオリと共に暮らしていた。置屋の女将は、我が子のようにシオリを可愛がってくれていたが、何時までも置屋の子供として置いて置く訳にもいかず、すでに、パトロンの家からはそれなりの金を渡されていて認知は諦めさせられていた。そんな経緯があって、東堂旧家の主であった源一が旧友だった雪乃のパトロンの愛児と愛人を不憫に思い、丁度母をなくした、本家にこの母子を紹介してきたのが発端だった。流石に、妻が死んで間もないので、雪乃は旧家の従兄弟という事で住み込み始めたが、シオリについては、今後の就学等もあり、本家が養子として向かえた。つまり法律上は、健司、誠司、シオリ(栞)は兄弟姉妹と成った。生まれた月日は同じだったが、多少健司たちに比べ小さかったので、シオリは妹と言う事に成っていた。幼い頃は、この可愛い妹を兄達は、よく面度をみてまるで本当の兄弟姉妹の様に過ごしていた。小学校、中学校までには、この三人が一緒に居るということは当たり前の事実として周囲に認知されていた。そのため、シオリに気がある男の子はなかなかシオリに近づけず、健司や誠司に関心がある女の子達も近寄れないような状況が続き、何時しか三人だけの世界が作られていく事になってしまった。三人は一つの部屋で寝起きし、一緒に学校に行き、一緒に風呂に入り、一緒に遊んだ。就寝まえのじゃれ合いは何時ものことで、小学校の低学年になると、成長が早かったシオリは健二達と同等の背丈になり、一寸した格闘技遊びなら遅れを取るようなことがなくなっていた。

健司と誠司は二人でいると良く喧嘩をしたが、シオリの居るときは夫々にシオリを意識してか、不思議と楽しい時間が過ごせた。そんな事もあり、勉強もお互いの得意不得意を夫々に補い会うようになり、良い成績が取れていた。何時も一緒にいる三人がとりわけ楽しみにしていたのは、東堂家の年間行事の一つである夏休みの海であった。もともとは、東堂旧家の物であったらしいが、伊豆に小さな別荘があった。小高い崖の下に、小さな入り江が在り、こじんまりとした砂浜があった。入り江の先端を回り込むと漁港を伴った町になっていて、結構賑やかな市街が続いていた。入り江の砂浜の奥で少し小高くなった場所に、その家はあった。三人はそこを「海の家」と言っていた。その名の通り、訪れる人は、夏しかいなかった。漁港のある隣町に、その家を管理してくれていた夫婦がいて、夏になると東堂家の人間をもてなしてくれていた。父惣一は、毎年のように三人をつれて、雪乃や時に祖母や祖父達とその家へ行った。三人はそこでよく泳ぎ、よく食べ、少しは勉強しよく寝る、そんな楽しい時間が夏中あった。夏休みが終わり、彼らが登校すると歯だけが白い顔が三つならび、よく教師からは東堂の三人は誰が誰だか分からないと冷やかされていたものだった。やがて高学年になるに従って、体系的な変化が現れ初めてきた。健司たちは背が伸び、シオリを追い越していた。シオリは胸が少し膨らみはじめた。その頃になると三人は、それまで同類だった意識が少しづつ変わり始めていた。

「シオリ、シオリの胸、なんで膨らむんだ。」誠司の馬鹿な質問に健司は呆れていたが

「女だからだよ。女の人は大人になるにしたがいおっぱいが大きくなるんだよ。」

「ふーん、雪乃叔母ちゃんみたいにか?シオリは雪乃叔母ちゃんの子だろう。」

「ああ、大人になればそうなるんじゃないか。」健司が横から

「何でお前、雪乃叔母ちゃんの胸がおっきいて知ってんだよ。」

「だってこの間、一緒に風呂入ったもん。」

「お前一人ずるいぞ!雪乃叔母さんはシオリの母さんなんだからな。」

「だって、俺たち母ちゃんいねーもん。」

「それなら、シオリは父さんが居無いだぞ。」

「そうなんだから、俺たちは一緒に居るんだろう。風呂だって一緒に入ったほうが楽しいだろうが。」

「まあ、そっちの方がおもしれいけどな。」

「うん、わたしもその方が楽しいな。」

そんな無邪気な会話をしてから、数日後の事であった。シオリに初潮が訪れた。梅雨も終盤に差し掛かり蒸し暑い夜が続いていた。就寝前の悪ふざけで汗を掻き、ほとんど裸同然で三人は寝入っていた。

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