化け物運び屋、地上のカイセツ葬を見る。

オロボ46

自らが墓穴を掘ることもある。それを防ぐために、足元をよく見ている。




 墓石の上に立つカラスが、ひと声鳴いた。


 曇る空の下、墓地に1匹のカラスの鳴き声だけが響く。


 そのカラスの鳴き声は、


 ひとりぼっちである自分の居場所を仲間に伝えているのだろうか。


 それとも、死者を弔うレクイエムを歌っているのか。


 悲しむ遺族をあざ笑う練習をしている可能性だってある。


 もっとも、バイクが止まるの音に驚いて羽ばたいていったので、その真意はわからなかったが。




 西洋を思い起こさせる墓地の入り口の前に、バイクのドライバーが下りた。


「依頼の場所はここだけどよお……やっぱり、不気味だよなあ」


 フルフェイス型のヘルメットを外したその顔は、高校生ぐらいの年代と思われる顔立ちの少年だった。金髪のミディアムヘアーに、オオカミの頭蓋骨が描かれた白色のTシャツの上には学ランを着ている。しかし、その学ランにはボタンが付いておらず、校門らしきものはどこにもなかった。

 ズボンは動きやすいバイク用パンツ。その太ももには、レッグバッグが付けられている。一目見ると、不良少年のような雰囲気をその少年は持っていた。


 少年はバイクの荷台に設置してあるリアバッグを開け、新聞紙に包まれた1冊の本を手に取ると、墓地の入り口の門を開いた。




 墓地の中を道なりに進んでいくと、小さな教会が見えてきた。


 少年が扉をノックすると、しばらくしてからゆっくりと開いた。


「……どちらさまですか?」


 扉の隙間から現れた修道服姿の女性に対して、少年は臆することもなく歯を見せる。


「依頼を受けにきた運び屋だ。依頼人はあんたでいいか?」


「……お待ちしておりました。どうぞこちらに」






 教会の中、少年は修道服姿の女性に引率されて進んでいく。


 案内された場所は、石造りの暗い部屋。

 壁際に設置されているほのかな光を放つ電球は、たいまつのように錯覚しそうだ。


 その部屋に並べられていたのは、複数の棺桶かんおけ


 特に中心の5基の棺桶には、印として赤いテープが貼られていた。




「運んでいただくのは、こちらです」

 修道服姿の女性は棺桶を手のひらで指し示した。

 少年は興味深そうではあるが、特に思考はしていないような目つきで棺桶をなめるように眺めていた。時々、ズボンのポケットに向かってブツブツとつぶやいている。

「なあ、これって死体が入っていたりする?」

「不都合でしたか?」

「いや、問題はないぜ。ちょうど仲間の実家が神社でよお、そいつがこの棺桶に興味をもってな」

 その言葉の中に矛盾があったのか、修道服姿の女性は少し首をかしげた。

「それよりも、持って行くのはこの赤いテープが付いている棺桶でいいんだよな?」

「……はい。配達先は依頼の通達で示した場所でお願いします」

「おしっ、まかせろ!」


 少年は手に持っている本を床に置くと、レッグバッグからゴーグルのようなものを装着する。


 そして、棺桶のうちの一基を持ち上げようとして……


「んんっ……んごごごご……くあ」


 すぐに下ろした。


「……必要であれば、私も手伝いましょうか?」

「ふう……あんた、“変異体”は大丈夫か?」


 変異体という言葉に対しては、女性は迷うこともなくうなずいた。




 少年と女性は息を合わせて、棺桶を持ち上げた。


 それを本の前まで運び、少年は片手を離さないまま、もう片方の手で本のページをめくった。


 ただ白紙のページを、何枚も。




 そうしている内に、周りの景色が、





 棺桶が並べられた部屋の中から、











 図書館の中へと、変わった。




「うーっし、これをあと4個運べばいいんだよな」


 本のなき本棚がならぶ図書館の中、棺桶をテーブルの横に置いた少年はその場で背伸びをする。

 その隣で、修道服姿の女性は上を見上げていた。


「……彼が、先ほど言っていた仲間ですか?」


 目線の先には、巨大な化け物がいた。体育座りをしているが、その状態でも4mほどはある。この図書館の天井が15mほど離れていなければ、とっくに屋根を貫いているだろう。

 その化け物の肌は濃い紫色。足元のかかとは耳のような形状をしており、筋肉質な体に細い目、そして髪の毛の代わりに生えた無数のツノは、鬼ヶ島にいそうな鬼そのものだ。


「“ケイト”サン、コノ女性ハ?」

 鬼の化け物……いや、変異体は、丁寧でありながら親しい間柄のような言葉で少年にたずねた。

「“鬼塚おにづか”のおっさん、こいつが今回の依頼主だ。ちょっと運ぶものが重かったから、手伝ってもらってるんだ」

 ケイトと呼ばれた少年は足で棺桶を指さしながら説明する。


「本当ニ変異体ヲ見テモ平気ナノネ」


 そのケイトのズボンがモゾモゾと動き出し、中からテルテルぼうずのようにティッシュを身にまとった小動物が飛び出し、近くのテーブルに着地した。身長はわずか30cmほど。頭にはキツネのような耳の形が見られ、顔にはのぞき穴と思われるふたつの穴が空いている。


「この方もお仲間で?」

「ああ、あとひとりいるんだが……」


 ケイトは近くの窓ガラスを指さした。


 他の窓ガラスは図書館の外は映さず、鏡のように図書館内を映しているが、


 ケイトが指さしているガラスだけ、暗闇を背景にして小さな人影を映していた。


 短パンにTシャツというやや地味な服装で、窓の縁から体の半分を隠しながら女性を見つめていた。



 女性は図書館内の4人をそれぞれ見て、納得したようにうなずいた。

「なるほど、この人たちがこの棺桶を運んでくれるのですね」

「ソレニシテモ、ソノ様子ダト運ブ人物ヲ気ニシテイルヨウデスガ……」

 鬼塚と呼ばれていた鬼の変異体に指摘されて、女性は無表情でお辞儀をする。

「いえ、失礼しました。変異体と関わる職業は社会的に非合法であるため、その方に仕事を依頼するときには、仕事に関わる全員の人物を知る必要がありましたので」

「そんなに肩を固まらせなくてもいいって。それよりも、他の4個の棺桶、早く運んでしまおうぜ!」


 ケイトは女性の手を片手で握ると、テーブルに目を向けた。


 そこには、先ほどと同じ見た目の本が置かれていた。それをケイトが本のページをめくり始める。




「棺桶ノ数エ方ハ1個トカジャナクテ、1基ナンダケド」


 キツネの変異体がため息をつくころには、ケイトと女性の姿は消えていた。











 しばらくの時間が立った後、教会の入り口からケイトが出てきた。


「その本は……あの図書館の中にいたガラスの中の少年ですね?」


 教会の中から扉を開けて見送る修道服姿の女性に言われて、本を手にバイクの方向へ歩こうとしていたケイトの足が止まった。

「“リク”のことか? よくわかったな」

 振り返るケイトに、女性はまたもや表情を変えずに答える。

「ガラスからのぞいていた少年の目、あれは見知らぬ人物が部屋に入ってきて戸惑う反応でしたが、驚きというよりは知っていての不安でしたから」

 その言葉が分かりづらかったのか、ケイトは数秒間固まった。

「……な、なんだかわかりづれえけどよお、要するに俺と一緒に棺桶を運ぶことを知っていた反応、ってことでいいか?」

「ええ。その認識で結構です。その本の正体もわかりましたので、あとはあなたが依頼をこなして信頼を与えてくれれば、私の心が安まります」


 無表情のまま本性をさらけ出す女性に対して、ケイトは再び白い歯を見せた。


「わかってるって、死体は腐る可能性があるからちゃんと期日内に届ける。あんたは無事に届くように俺たちの無事を祈ってくれよ」




 ケイトがバイクにまたがり、目的地に向かって走り去るのを見届けた後に、修道服姿の女性は教会の入り口の扉を閉めた。

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