第245話 噂の終わり 1


 滝沢君と中村さんの生徒会コンビの協力もあり、なんとか当面の居心地の良さは何とか維持できそうだ。もしかしたら時々雑用をお願いすることがあるかも、と中村さんには言われたが、そのぐらいのお返しでいいのなら、遠慮なく協力させてもらおうと思う。


 今後の生徒会室の使用もお願いし、昼休憩の時間はお開きとなったところで、中村さんが俺に声を掛けてくる。


「……しかし、前原君も何気に苦労してるね。私たちみたいな学生にとって、こういう色恋沙汰っていうのは格好の話のネタだし」


「まあ……海と付き合い始めた時もそこそこあったけど、今回は天海さんが絡んじゃったから、特に」


 俺個人の偏見かもしれないが、学校が生活の中心となっている学生にとって、刹那的にでも話が盛り上がる共通のネタは意外に少ないので、今回のような『二股』とか『修羅場』などといったワードを簡単に連想できるような噂は、ネタの引き出しが少ない生徒にとってはそう悪いことでもないだろう。


 自分や身近な人が痛くも痒くもなければ、彼らにとっては大した問題にはならないのだから。


「……基本的に楽しいですからね。よく知らない他人のスキャンダルみたいなものは。それがたとえ嘘であっても、喉元を過ぎてしまえば、大半の人は『あー、楽しかった』で済ませて、それで終わってしまいますから」


 ため息交じりにそう呟いた滝沢君だったが、当事者となってしまった今、それについては大いに同意するしかない。そして俺自身も、滝沢君の『噂』について、新田さんの話につい乗っかってしまったところもあるので、その点は反省しなければ。


 噂が鎮火するには、まだまだ時間がかかるかもしれない。友達から、先輩から、または後輩からと、話の出所が多ければ多いほど大元を辿ること難しいし、もしこの話を流した大元の誰かを突き止め、それで事実の脚色を認めたとしても、そのことが噂のように広まることはほぼない。


 ……彼らにとって、そんなことはもうどうでもいいから。


「まあ、ともかく我々生徒会は君たち『バカップルズ』の味方だから。この生徒会長中村と副会長滝沢に任せて、大船に乗った気持ちで堂々としているがいいさ」


「また変なあだ名つけてる……それに、そんなこと言っていいの? 二人が味方なのは頼もしいけど、でも、人数的にはたった二人だし」


「ふふ、確かに。一般社会がそうであるように、数は正義だからね」


 噂を鎮火する方法としては、やはり地道に否定していくしかないだろうが、学年を越えて広がりつつある話に対抗するには、どうしても数が足りない気がする。


 それは当然二人もわかっているはずだが、しかし、やはり中村さんには何か考えがあるのか、不敵な笑みを浮かべていて。


「……すいません、前原先輩。先輩っていつもこうなんです」


「あはは……でも、中村さんのそういうところを、滝沢君は好きになったんでしょ? ああいう人がいても、俺は全然いいと思う。頼りになるよね、中村さんって」


「……やっぱり、俺の想った通り、前原先輩とは話が合いそうです。機会があれば、今度二人でお話しませんか? 俺も朝凪先輩の話、色々聞いてみたいです」


 彼女持ち同士の話、か。ものすごく内輪の話になりそうだが、確かに盛り上がりそうではある。


 また新たな『友達』が出来そうな気配を内心嬉しく思いつつ、俺たちは、いよいよ直前に迫った体育祭の練習へと向かった。


 ※


 今週末の日曜日に開催されるということで、体育祭の練習のほうも徐々に本番を想定したものになっている。


 来賓や保護者専用のテントに放送設備や入・退場門など、徐々に体育祭への準備が整っているグラウンドで、本日から、生徒会の進行のもとで一から順番に全体の流れを把握していく。


 これまではずっと裏方に徹していた中村さんや滝沢君だったが、本日は、全校生徒の前での初めての仕事だ。


「え~、すでに知っている方もおられると思いますが、本日、前生徒会長の関智緒さんから正式に会長職を引き継ぎ、新たに生徒会長職に就くこととなりました、2年11組の中村澪です。初めてのことですので不慣れな部分もありますが、副会長以下、生徒会メンバー全員と力を合わせ、まずはこの体育祭をいいものにしたいと思いますので、皆様よろしくお願いいたします」


 マイクの前で淀みなくそう挨拶して頭を下げると、スタンドに陣取る生徒たちからぱらぱらと拍手が起こる。


 ここまでは特に変わらない、どこの学校でもありそうな場面。


 だが、次にマイクを渡された滝沢君が檀上に立つと、一年生の女子生徒の一部からざわめきが起こる。


 その様子を、事情を良く知らない生徒たちが訝し気に見つめて……退任の挨拶をした智緒先輩や就任の挨拶した中村さんの時以上に、滝沢君は生徒たちの注目を浴びていた。


「初めまして。1年1組の滝沢総司です。入学して半年の、右も左もわからない新米ですが、皆様のご迷惑とならないようしっかりと頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 アイドルが画面の向こう側で見せるような爽やかな笑顔で言った瞬間、最初にざわめいた女子生徒たちがにわかに色めき立つ。


 新田さん情報によると、どうやら陰でファンクラブなるものがあるらしい。人気があるのは知っていたが、まさか、すでにここまでとは。


「ふえ~、滝沢君って、本当にすごいんだねえ。すごく格好いいコだなとは思ったけど、びっくりしちゃった」


「お、もしやの夕ちんも私と同じく滝沢君狙い? 見た感じ、中村さんの牙城を崩すのは大分厳しいと思うけど」


「ふふっ、もうニナってば。全然そんなんじゃないよ。確かに格好いいとは思うけど、ドキドキするとか、一緒にいて嬉しいとか、そういうんじゃないから、全然」


「ふうん。じゃあ、好きな人もまだいない感じだ」


「うん。高校生にもなってなんだけど、そういうのはまだよくわかんないかな」


 中学まではほぼ女子校ということもあって、きちんとした初恋というのはまだのようだ。


 好きな人がいない、ということは、一度振られてしまった望にもまだ希望の目はあるが、滝沢君にすらなんとも思わないとなると、やはり、天海さんの心を射止めるのは相当に難しいのかもしれない。 


「ほら、そんなことより、そろそろ出番だから準備しよ? 練習でも1着とって、本番に向けて勢いつけなきゃ」


「あ、ちょっ……夕ちん、そんな押さなくても大丈夫だからっ」


「それじゃあ海、真樹君、頑張ってくるから応援よろしくねっ」


「おう、やるからには頑張ってこい」


「天海さん、頑張って」


「えへへ」


 俺たちからの声援を受けてにっこりと笑った天海さんが、軽い足取りで種目出場者の集まる入場門へと走っていく。


 ぱっと見た所、何の問題もない、いつも見ている天海さんの姿だったが。


「……なあ、海」


「うん」


「天海さん、なんか元気ない?」


「……やっぱり真樹もそう思う?」


 海も感じていた通り、噂が立って以降、天海さんはいつもの調子でないような気がする。


 もちろん5人で集まれば明るく元気に振る舞っているし、先程の昼食でも、中村さんや滝沢君と一緒に楽しくおしゃべりしていた。


 ……俺たちに余計な心配をさせないよう、どこか無理をして。


「真樹、どうしよう? もし夕が辛いのを我慢してるなら、私としてはなんとかしたいんだけど……夕ってば、最近妙に頑固で。さっき二人きりになった時にさりげなくフォロー入れてみたんだけど、今にみたいに笑って『大丈夫大丈夫』って……私たちに気を使わなくてもいいのに」


「天海さん、やっぱり俺たちに大分気を使ってる……よな」


 というか、必要以上に気を使い過ぎてると思う。噂の存在を知ってまだ日が浅いからというのもあるが、その手の話に慣れっこなはずの天海さんの面影は、今はどこにもない。


 かと思うと、午前中の授業のように、いつもの調子だったり……行動がわりとちぐはぐなのが気になる。


 ただ、こうしているうちにも、荒江さんや新田さんが水面下で色々と探りを入れつづけているようなので、新たに協力を約束してくれた中村さんたちのアイデアと合わせて、俺たちにとっていい形に落ち着いて欲しいところだ。

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