第207話 三人の内緒話


「えへへ、ちょっとお行儀悪いかもしれないけど、このまま床に置いて飲み食いしちゃおっか」


 そう言って、天海さんはお菓子や飲み物の乗ったトレイをそのままカーペットの上に降ろして、自身もクッションの上に腰を落とす。俺と海は、部屋にあったかなり大きめのクッションを二人で使わせてもらうことに。


「……そういえば、夕とこんなふうにするの何気に久しぶりだね。ちょうど、去年の文化祭以来、かな?」


「だね。それより前まではたまに家に来てくれたり、時には泊まってくれたりもしたけど、最近の海は真樹君にべったりだし。今だってずっと抱き着いてさ」


「う……い、いいじゃん別に。これが一番しっくりくるというか、落ち着く形なんだから」


 今はもう天海さんしかいないので、海は俺の腕にがっちりと手を回してぴったりと寄り添っている。クッションの大きさを考えるともう少し広く使ってもいいのだが、ソファでもコタツでも、そして……後はベッドでも、一人分のスペースに二人で収まるのが日常なので、気付くとバカップル状態になっていることが多い。


「それはともかく、夕、何かあった? 相談あるんだったら聞くけど」


「あ、ごめんね。私はただなんとなく二人と話し足りなかったかなって思っただけで、別に大した悩みはないから。渚ちゃんはいっつもあんな感じで優しいし、他のクラスの皆とも仲良くやれてるから。授業のほうは相変わらず眠くてしょうがないけど」


「勉強の相談をしてこいっての。来年にはもう受験なんだよ、私たち」


 そう。日々の楽しさで忘れがちだが、来年の今は、三人とも机に向かって勉強していることだろう。


 たまに集まって遊ぶことは当然あるだろうが、今日のように大勢集まる機会を作るのは難しくなる。高校を卒業して進学となれば、なおさら。


「そう……だね。私たち、あと少しすれば大人扱いなんだよね。小学校のころなんかは、そんなこと考えもしなかったけど」


 思えば『学校』という場所に通い始めて、もう10年以上経つ。小学校入学当初は果てしなく長いと思われた時も、残すはあと1年と少し。気が付けばあっという間だった。


「あんまり思い出したくないけど、海と会って友達になるまでは、本当に楽しくなかったなあ……学校なんて、ただ先生のお話を黙って聞いて、給食食べて、お昼過ぎたら家に帰って、また朝になっての繰り返しで。本当は皆と遊びたかったけど、人見知りだったし、容姿のこともあって皆から避けられてたから」


「天海さんでも、やっぱり辛い時期はあったんだね」


「かな? まあ、真樹君に較べたら私なんて全然だけど。あ、そうだ、真樹君は小学校のころはどんな感じだったの? 転校続きだったのは知ってるけど、ちゃんとしたお話って訊けなかったから。海は?」


「そりゃ彼女ですから……って言いたいところだけど、真樹の場合は家の問題もあるから、中々詳しくは、ね。まあ、知りたくないって言ったらウソにはなっちゃうんだけど」


 海がきゅ、と俺の手を優しく握ってくれる。『言いたくないなら言わなくてもいいからね』という海なりの気遣いだが、今まで話す機会がなかっただけで、特に秘密にしたい過去があるわけでもない。


 海の手をぎゅっと握り返して、俺は頷いた。


「真樹、いいの?」


「うん。まあ、別に大した話でもないんだけど……訊きたいことがあるなら、出来るかぎり答えるよ」


 あまり他人に言いふらすようなことでもないが、海と天海さんなら問題ないだろう。それに、二人の過去を聞いておいて、俺だけ話さないのもなんとなくフェアじゃない気もする。


「じゃあ、はいっ。覚えてる範囲でいいので、今までいくつ転校したか教えてください」


「まずは天海さんからね……えっと、小学校だけなら5……いや、6かな? 平均すると1年に1回だけど、場所によっては1年半とか、半年だけとか、期間はまちまちだったと思う」


「ひえ~っ、私も転校組だけど、それでも1回だけだから、毎年はさすがに嫌になっちゃうかも。私のお父さんも転勤は結構多いけど、ここに引っ越してきてからは単身赴任だったなあ」


「へえ……ちなみに、天海さんのお父さんは何してる人?」


「公務員だよ。今は県庁勤め。お母さんとは仕事の関係で会ったのがきっかけって言ってたかな。あ、お母さんにその話は聞いちゃダメだよ。惚気がすごすぎて話が止まらなくなるから」


 市役所などに行くと、一日市長とか、その他の企画のポスターもあるから、そういうつながりだろうか。なんにせよ、意外な組み合わせだ。

 

 今日は休日出勤ということで誕生日会にはいなかったが、もしかしたらいずれ会うことになるかもしれない。


「じゃあ、次は私ね。真樹、友達はいないって言ってたけど、学校で話す人とかはいなかったの? 転校生って、わりと最初の内は注目集めるし、中にはそれなりにいい人もいたと思うんだけど」


「確かに、6回も行ったり来たりしれば、中にはね。でも、俺の場合は自分から積極的に皆のことを遠ざけてたから。フレンドリーに接してくれる人はいても、そうやって逃げる人をわざわざ追いかけてくれるようなお人よしなんて、中々いないよ」


 だからこそ、こうしていつも俺の側にいてくれる海の存在は、俺にとって本当にかけがえのない存在なのだ。


「んふふ~、海、よかったね? 真樹君とトクベツ仲の良い女の子は、後にも先にも海だけみたいだよ?」


「っ……わ、私は別に、そんなこと気にしてないし……」


「ウソだ~、さっき真樹君が昔のことを思い出してた時、ずっと隣で不安そうな顔してたの、私、ちゃんと見てたんだから。で、今はめちゃくちゃほっとした顔してる」


「そのくち、いとでぬいつけてやろうか。いや、やる」


「きゃ~、海ってばこわ~い。助けて真樹く~ん、私の親友がいじめる~」


「新奈の真似すんなこら~」


 いつのまにか質問そっちのけで俺を挟んでわちゃわちゃと騒がしい二人には困ったものだが、しかし、これはこれでそれなりに楽しい。

 

 海も、天海さんも、そして俺も笑っている。騒がしすぎて、途中、様子を見に来た絵里さんに注意されてしまうほどに。


 そこからも、俺たち三人は、色々なことを話した。当時学校で流行っていたものや、遊び、勉強、家族へのちょっとした愚痴……それぞれの親や他のクラスメイトたちには言えない、三人だけの内緒話を。


 気づくと、当初帰ろうと思っていた時間を大幅に過ぎてしまっていた。


「――あ、いけない。もうこんな時間。ごめんね、二人とも。私のわがままで、二人の時間いっぱいもらっちゃって」


「いいよ、別に。私もなんだかんだで騒いで楽しかったし、それに、今まで訊けなかった真樹の昔話もしっかり聞けたからほっとしたし」


「俺も、二人に色々話せてすっきりできたよ。ありがとう、天海さん。わがまま言ってくれて」


「そっか。二人がそう言ってくれるなら、私も嬉しい。こちらこそ、わがまま聞いてくれてありがとう」


 二人きりの時間は減ってしまったが、今日の主役は天海さんなので、恋人の時間はまた後でどうとでも調整すればいい。


 俺と海の関係はこれからも続くだろうし、そのための努力もしていくつもりだが、天海さんとは、進路次第で離れ離れになる可能性もある。


 俺はともかく、海にとって天海さんはかけがえのない親友だから、これからも何かあれば協力してあげたい。


「じゃあね、海、真樹君。また休み明け、学校で」


「うん。それじゃあ、学校で」


「夕、休み明けがダルいからって、くれぐれも寝坊しないように」


 玄関先までお見送りしてくれた天海さんにしばしの別れを告げて、俺と海は、空さんと陸さんの待つ朝凪家へと急ぐ。誕生日会は終わったが、俺のイベントはまだ残っている。疲れはあるが、それはこの後の二人きりの時に、海に癒してもらえるはずなので、もう少しの辛抱だ。


「――ねえ、真樹君! 海!」


「? なに? 夕、まだなにかなんの?」


「私たち、ずっとずっと友達だよねっ。親友でいられるよねっ。ねっ?」


「当たり前でしょ、今さらやめてなんてやらないんだから、夕のほうこそ覚悟してなよ」


 海に同意するように、俺は頷いた。


 当然だ。たとえ会う機会が少なくなっても、縁さえ切らなければ、またいつだって会うことができる。


 俺たちは『友だち』なのだから。


「えへへ、ありがとう! 二人とも、大好き!」


 そう言って満面の笑顔で手をぶんぶんと振る天海さんと、そして、それに負けじと手を振る俺たち。


「もう、夕ったら大袈裟なんだから」


「でも、それも天海さんらしいんじゃない?」


「だね。まったく、しょうがない親友だ」


 互いの姿が完全に見えなくなるまで、俺たち三人は今日の別れを惜しんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る