第187話 海と水着 2


 はやる気持ちを抑えつつ、みぞれさんが用意してくれたお昼ご飯を食べることに。


 おかずのほうは『しみず』のほうに注文していたオードブルの一部と、それから、みぞれさんや空さんが作ってくれたという煮物、あとは俵型のおにぎりが入っていた。


 どれも美味しくてついつい全部食べてしまいそうだが、お腹が満腹だと遊んでいるうちに胃から逆流するかもしれないので、半分ほどは残して、遊んだ後で改めて食べることに。


「こういうところで食べるのも、おいしいね」


「だな」


 穏やかに流れる川の水面を裸足でぱしゃぱしゃとさせながら、二人寄り添って、お弁当を食べる。まるで遠足のようだ。


 これまで遠足や修学旅行などの類は大体一人ぼっちで、遠くの場所へ行くという楽しさよりも苦痛や面倒くささを感じることがほとんどだったが、今はそれがものすごく楽しい。


 いつも俺の隣にいてくれる可愛い彼女に感謝だ。


「さて、と。腹ごしらえも済んだことだし、さっそく遊ぶとしますか」


「わかった。じゃあ、俺はあっち向いてるから、着替え終わったら言って」


「うん。でも、もう水着着てるし、脱ぐだけだから別にそこまで気にしなくていいよ?」


「……そうなんだけど、ジロジロ見ちゃいそうだから」


 誘惑を振り切り、海に背を向けた俺は、自分の分の水着に着替えることに。


 川の水深は浅く、泳げるところはほとんどないのでTシャツはそのまま着ていようかと思ったが、結局思いっきり水を被ることになりそうなので、上半身は裸に。


 着替えをバッグの中に入れていると、ふと、バッグに忍ばせておいた例のアレ(0.01)が見えて、慌ててタオルでそれを隠す。


 とりあえず、周りに人はいないことだけ改めて確認……あくまで念のため。


「真樹、いいよ」


「あ、うん」


 海が着ているであろう水着については、以前買い物に行ったときに試着室で見ているので初めてではないが、あの時は周りを気にしてまともに見ていないので、それなりにドキドキはしている。


 振り向くと、恥ずかしそうに顔をほんのりと赤らめて、俺から目を逸らす海がいた。


「えっと……改めて、どう、かな?」

 

「あ~……っと、うん」


 海が着ていたのは、天海さんたちと遊びに行く用に買っていた一着。セパレートタイプで、胸元を隠すようにフリルがあしらわれている。生地は黒色を基調としていて、可愛くありつつも格好よさみたいなものも感じられて、スタイルのいい海にとても似合っている。


「その……気合入れて選んでくれて、ありがとう。綺麗だよ、海。すごく似合ってる」


 買い物の時も言ったと思うが、色々と褒め言葉を並べるよりも、ストレートに言ったほうが喜んでくれるので、気恥ずかしさを感じつつも、はっきりと今の気持ちを海へと伝える。


「そ、そう? なら、よかったけど」


「海、俺の口癖がうつってる」


「いつも一緒にいるんだから当然でしょ……えいっ」


「ぶへっ」


 先制攻撃と言わんばかりに、海が足元の水を手で豪快にすくって、そのまま俺の顔目掛けて思い切りぶつけてきた。


 あっというまにびしょ濡れになった前髪が視界を遮る先で、海がクスクスと悪戯っぽく笑っていた。


「へへ、エッチな真樹にお仕置き」


「……やったな、このっ」


「うひゃっ、冷たっ。ふふん、水遊びなんだから、そうこなくっちゃね!」


 静かな緑に囲まれた川で、俺と海のはしゃぎ声がこだまする。


 川の中で追いかけ、追いかけられながら、全身水浸しになるのも構わず、俺たちは心行くまで二人きりの水遊びを楽しむ。


 後先に考えずにはしゃいで、二人で笑い合って。


 それが、時間を忘れてしまうほどに楽しい。


「ほらほら、真樹、こっちだよ~……って、きゃっ!?」


「! 海っ」


 川の中で二人でじゃれ合っていると、ちょうどコケで滑りやすいところを踏んでしまったのか、海がバランスを崩して転びそうに。


 とっさに海の体に腕を滑り込ませて、俺はすぐさま海のことを受け止めた。


 激しい水音を立てて、俺は海と一緒にその場に倒れ込んだ。


「大丈夫か?」


「うん、ありがと。でもここらへん少し水深あるから、そんなに心配しなくても平気だったのに」


「そうなんだけど、つい体が動いちゃって」


 クラスマッチの時もそうだが、海がいる時は大抵そのことばかり気にしているので、彼女にちょっとでも何かあると反射的に庇おうとする動きを見せてしまう。


 ご主人様を必死に守るような様はまさしく犬のようだが、俺はそれでもいいと思っている。


「海の肌って、すごく綺麗だろ? それで怪我とするとどうしても目立っちゃうから……だから、その、極力守ってあげたいというか。……海の彼氏として」


「……ふ~ん」


「な、なんだよ。いいだろ別に。彼女の前で格好つけたって」


「もちろん。真樹もだんだん一端の男の子になってきたじゃん。えらいえらい」


 そう言って、海は嬉しそうに俺の頭を、頬を優しく撫でてくれる。


 すべすべの肌の感触が、とても気持ちいい。


「ね、真樹」


「なに?」


「今日、なんでこっちの方の水着着てきたか、とか、気にならない?」


「……それは、まあ、ちょっとは」


 先日の買い物で海が購入した水着は二着で、そのうちの一着を今着ているわけだが、正直なところ、俺はもう一着のほうを着てくることを予想していた。


 二人きりの時に着る予定だった、露出度の高いほうの水着。


 そう思っていたからこそ、俺は必要以上に緊張してしまっていたわけで。


「いや~……私もさ、最初のうちはそっちのほうを着るつもりだったの。またとない二人きりの機会だし……こっちのほうが、真樹もドキドキしてくれるかなって。実は部屋で準備するまでは、それで行くつもりだったの」


「そうだったんだ」


 どうやら水着のほうは二着持ってきていたらしい。用意周到な海らしいが、しかし、途中で本来の予定を変更を余儀なくされたのは意外だ。


「……えと、笑わない?」


「もちろん。で、なに?」


「あのですね……」


 ばつの悪そうな顔で、海はぼそりと呟いた。


「サイズが……その、合わなくちゃって」


「え?」


「だからね、その……さっき部屋で着てみた時ね、ものすごくきつかったの。買い物の時も、わりとギリギリだったし」


「それはつまり……」


「うん。サイズアップ、したというか」


 ……主に体重的な意味で。


「……ぶふっ」


 話の途中からなんとなく察して耐えていたのだが、吹き出してしまった。


「! あ、真樹、今笑った! 笑わないって言ったくせにっ」


「ごめんごめん、でも、なんかそれも海らしいなって思ってつい……ぷっ」


「また笑った! このダメ彼氏! バカっ、バカ真樹~っ!」


 そういえば、旅行に入ってから、わりとサイズアップの要素はあったように思う。


 サービスエリアの巨大ソフトクリームに、みぞれさんの家ではお寿司、旅館に戻ったらデザート含めてお腹いっぱい食べて、夜もお喋りしながらお菓子やジュースを――普段気を付けていても、海はわりと太りやすい体質らしいので、影響が出ても仕方ないというか。


 顔に大量の水を浴びせかけられながら、俺はそんなことを考えていた。


「とりあえず、ちょっと冷えてきたし、そろそろ上がるか?」


「だね。結構体動かしてお腹もすいて……真樹、何か言いたそうな顔してんじゃん?」


「いえ、別に」


 その後、お互いにタオルで体を拭って着替え直した後、俺たちはお昼ご飯の残りを食べてひと息つくことに。


 水着に関しては海の予想外の告白もあって、エッチな雰囲気に流されることはなかったものの、これはこれで俺たちらしいし、純粋に水遊びを楽しめてよかったと思う。


 それに、ここじゃなくても、まだまだやろうと思えば二人きりになれる場所やチャンスはあるはずだから、今はそれをじっと待つだけ――帰り支度をしながら、ぼんやりとそんなことを考えていると。


 ――りっくん、ちょっと待ってよ! ねえ、ねえってば!


 川を後にして来た道を戻り、草陰に止めた自転車のカギを外そうしていたところで、ふと、そんな声が聞こえてきた。


「……真樹、あれって」


「うん。雫さんと、それから――」


 なぜこんなところにいるのかはひとまず置いておくとして、咄嗟に身を隠した俺たちの視線の先にいたのは、雫さんと陸さんの、微妙な関係となっている幼馴染二人組だった。

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