第145話 試合開始
※※※
以上が、俺たちが二取さんや北条さんから聞いた荒江さんについての情報の全てである。
もちろん、それが理由で荒江さんがスポーツ競技としてのバスケを止めたなどと断定するつもりはない。話しを聞く限りは高校でもバスケを続けるつもりだったらしいし、それがどうして天海さんを嫌う理由になるのかはわからないが、それでも荒江さんの中の価値観が変わったきっかけであることは間違いないと思う。
それまで一緒に戦ってきたチームメートからの裏切りともとれる言葉は、一人の女の子の心を歪ませるには十分すぎるほどだったろう。
聞いた話を要約して新田さんに送ると、数分ぐらいして、返信が戻ってきた。
『(ニナ) あ~、ね。だから荒江っちってば中学時代のことあんまり喋りたがらなかったわけだ』
『(ニナ) そういえば今つるんでる子たちも皆高校からの友達で、同じ中学出身の子なんかとつるんでるとこ見たことなかったわ。今まで一度も』
『(前原) そっか……まあ、だからって皆に迷惑かけて大目に見てもらえると思ったら大間違いなんだけど』
『(ニナ) お、甘い委員長にしては随分手厳しいね。もしかして、ちょっと機嫌悪い?』
『(前原) うん。新田さんが来る前に言われた一言が、ちょっとね』
ついでにそのことも言うと、即座に『うげ』と返事が戻ってきた。まあ、これについてはまともな神経の人なら怒るに違いないだろうが。
『(ニナ) ってか、そんな状態でこれからすぐ試合なのか……敵とも味方とも揉めそうだから、ウミと夕ちんが心配だよ』
『(前原) それに、海や天海さんが手を抜くとは思えないしね』
『(ニナ) クソ真面目だからな~、二人とも。あ、もちろん委員長もだからね』
『(前原) そうかな?』
『(ニナ) うん』
『(ニナ) ってか、こんなことになってんの、わりと委員長のせいっていうのも』
『(前原) 俺のせいって……それ、どういうこと?』
『(ニナ) あ、HR終わったから私、先に体育館行くわ。二人の試合の次は私の出番だし』
『(前原) まだ話終わってないのに……まあ、新田さんも頑張って』
『(ニナ) ん。まあ、私のほうはほどほどにね』
そうして新田さんも、次の出番に備えて体育館へ。
二人がクソ真面目なのは、俺のせい――なんだか気になることを言われてしまったが、まあ、新田さんの言うことだし、それはまた空いた時間にでも聞いておくようにしよう。
それよりも、今は海たちのことだ。
担任の八木沢先生からの連絡事項が終わってから、俺もすぐに体育館へと早足で向かった。10組はバスケットのほか、男子のサッカーも早い時間帯からのスタートだが、クラスのほとんどはサッカーの応援でグラウンドに行ってしまっていた。
天海さんと荒江さんという10組の中では目立つ女子二人だが、これまでの険悪な状況を遠くから見ていると、どうしても応援を遠慮してしまうのだろうか。俺と一緒に体育館に向かったのは、天海さん目当てと思しきほんの一部の男子生徒と、天海さんと荒江さんの、それぞれ仲のいいグループの数人だけだった。
応援の声が少ないのは寂しい気もするが、人が少ない分俺もそれほど気兼ねなく海や天海さんのことを応援できるので、小さい声ではあるが、なるべく頑張って喉の力を使ってみようと思う。
邪魔にならないよう、ステージ側の目立たないところに腰を落ち着けて、試合開始の合図であるジャンプボールをじっと待つ。新田さんは7組の子たちと一緒だ。
ピーッ、という審判役の先生のホイッスルを合図に、ジャンプボール役の生徒がセンターサークルの中へ。
練習試合と同じく、10組は天海さん、そして、11組は長身の中村さんだ。
「よろしく、天海ちゃん。短い時間だけど、お互い頑張ろう」
「うん。こちらこそ」
互いに軽く握手を交わしてから、ついにクラスマッチ本番、第一試合が始まった。
最初のジャンプボールを制したのは、練習試合の時と同じく体格に勝る中村さん――ではなく。
「!? なんて跳躍力っ……!」
「んんん……てあっ!」
まず、センターサークルほぼ中央真上にふんわりとまったボールに、最初に触れたのは中村さん。しかし、そこからほんのわずか遅れて伸びてきた天海さんの指がボールに触れると、自慢の身体能力で強引に中村さんからボールを奪い取ったのだ。
『……おぉマジ』
『今の子のジャンプ、若干浮いてる時間ヤバくなかった?』
次の試合でコートを使う予定の生徒たちからもちらほらとそんな声が聞こえてくるが、ずっと練習を見てきた俺からしてみれば、そこまで驚くほどでもない。
あの練習試合以降も海と一緒にずっと特訓してきており、当然、その中でジャンプボールのコツについても、天海さんはコーチ役の二取さん北条さんから手ほどきを受けていた。
なので、中村さんが特にそこまで練習を重ねていなければ、天海さんが勝つ可能性も十分あるわけで。
ということで、まず先手を取ったのは10組Aチームになるわけだが、天海さんが頑張ってもぎ取ったマイボールを最初に受け取ったのは、荒江さんだった。
これも練習試合の展開でいえば、まだマークが完全についていない段階でゴールへ切り込んだ荒江さんが先制点を奪うことになるわけだが。
「…………はい、パス」
ボールを受け取った荒江さんは、予告した通り、それをすぐに天海さんへと投げ返した。
以前までに見せていた荒江さんのプレーとは打って変わって、まるで別人のような、まったくやる気のこもっていないふんわりとしたボールが、天海さんの足元でぽすん、と弾む。
まず自陣に戻ってディフェンスを整えることを海が選択しなければ、おそらくあっという間にカットされてしまっただろう、そんな無気力極まりないプレー。
「……ほら、攻撃はアンタに任せたから、さっさとゴールに行きなよ。もたもたしてたら30秒なんてすぐ終わっちゃうよ」
「っ……」
やはり一切譲る気のない荒江さんの指示に、天海さんはいったんドリブルで相手陣地の中へとゆっくりと侵入していく。
最初に天海さんのマークについたのは親友である海だったが、しかし、先程のこともあって、やはり表情には戸惑いが見える。
「夕、一応言っとくけど、手加減はしないからね」
「うん。そうじゃないと、皆に申し訳が立たないしね」
「じゃ、やるか」
「うん」
しかし、事情はあっても、だからといって他の皆に迷惑をかけるわけにもいかず、ひとまず天海さんが中心となって攻めることに。
荒江さんのほうはほぼプレーに関与せず、後方のハーフライン近くで一人ふらふらと動いているので、実質四対五のような形だが、それでも11組の連携のミスを誘い、そして。
「! あっ、朝凪ちゃん悪い……」
「! 夕ちゃん、決めて」
若干俊敏な動きに難のある中村さんのマークの受け渡しの隙をつき、同時に海のマークから抜け出した天海さんがフリーでボールを受けた。
10組チームがボールを持って、クラスマッチ用に定められたショットクロックの30秒というところ。
なので、ここしかないというシュートチャンスなのだが、しかし、天海さんはここでゴールとは反対方向を向いた。
荒江さんに向けて、思い切りボールを投げつけたのだ。
「なっ……!?」
荒江さんもとっさに反応して手を出すものの、ボールの勢いが強かったせいで、後ろにボールをそらしてしまう。
そして、その直後、時間経過を告げるホイッスルが鳴る。
『え? なに今の?』
『シュートチャンスだったのに、どうしていきなりあんなパス……』
数少ない観客からも戸惑いの声が上がるが、やはり事情を知っている俺たちからすると、やはり『やっぱりか』となってしまう。
「天海、アンタっ……!」
「言ったでしょ、私、引きさがるつもりないって。荒江さん、一緒に恥、かこうね?」
今回の天海さんは、なかなか強情らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます