第114話 将来の夢は
二週間の春休みはあっと言う間に過ぎ去って、俺たちはついに二年生になった。
のほほんと高校生活を謳歌していた一年生の時と較べて、二年生になるとガラッと環境が変わる。
あと二年で、俺たちは高校を卒業する。進学するか、就職するか――おそらく人生でもっとも大事な岐路に立たされることになるが、そう考えると、今まではどこか他人事のように考えていた将来が、一気に現実味を帯びてくる気がする。
「真樹、どしたの? 朝っぱらからそんな難しい顔して……お腹でも痛い? やっぱり朝から牛乳飲まないほうが良かったんじゃないの?」
俺のすぐ隣で歩く海が、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。海がこうしてお節介を焼いてくれるのはいつものことだが、先日の誕生日を経て、それまでよりもさらにベタベタすることが増えてきた気がする。
「いや、俺たち再来年にはもう卒業だろ? だからさ、そろそろ進路とかも色々考えないといけないなあって」
「ああ……でも、進路って言っても、真樹も進学するつもりなんでしょ? なら、まだそこまで深く考える必要はないんじゃない?」
「そうだとは思うけどさ」
母さんにも『学費は問題ないから』と言われているので、当然、大学には進学するつもりだ。そうなるとあと数年は学生でいられるから、海の言う通り、ナーバスになるにはまだ早い。
しかし、ある程度、将来自分がどうなりたいかの方向性は決めておいたほうがいいわけで。
海は、そのへんどう考えているのだろう。
「海はさ、志望大学ってどこにするかとかって考えてる?」
「うん。去年の冬あたりには」
「早いな……ちなみにどこ大? 海のレベルだと、地元の国公立とか……」
「え? 真樹と一緒のとこ」
「えっ」
……それは果たして、決めているうちに入っているのだろうか。ちなみに俺はまだ決めてないので、そうなると海もノープランになってしまうが。
「だって、そっちのほうが試験対策とかで勉強だって一緒に出来るし、それに、進学した後も真樹と一緒にキャンパスライフを送れるし。新生活のこととか、色々都合がいいと思うんだよね」
「そりゃ、出来れば俺もそっちのほうがいいけど……でも、それだけで簡単に決めちゃっていいの? やりたい仕事とか、なんとなくでも希望はあるんじゃないの?」
「ん~、とりあえず、今の自分の得意分野を考えるとこれかな……っていうのはあるけど、それはあくまで今の自分の成績とかを加味した上での客観的な判断で、そういうのなしに自分のやりたい仕事ってのは見つかってないかな」
それは俺も同じだ。勉強をしているのはあくまで将来の選択肢をできるだけ多くするためで、実際にどういう道を選ぶのかまでは全くと言っていいほど決まっていない。
「進学の件って、空さんとか大地さんには伝えてるの? それでも構わないって?」
「うん。どこの大学に入るかより、大学生になって何を勉強するかのほうが大事だから、それさえ肝に銘じておけば、自分たちは何も言うつもりはないってさ。もちろん、それなりのレベルの大学には入って欲しいとは言われたから、そこは親の希望も考えてにはなるけど」
それは当然だと俺も思う。どうするかは自分の人生とはいえ、親にお金を出してもらう以上、ある程度は安心させてあげなければ。
俺の方も、そろそろ母さんとそういう話をしていかなければならないか。
「……あ、そうだ。思い出したけど、一個だけあるかもしれない。私の将来の夢……ってか、これは絶対叶えるつもりだけど」
「ほら、なんだかんだでやっぱりあるじゃんか。……で、なに?」
「それはね~……なんだと思う?」
……いつものパターンが来た。
「自分から切り出しておいて……質問するのはあり?」
「ダ~メ。私のことをよく考えて、それから回答のほうをどうぞってことでひとつ」
そう言って、海はいたずらっぽく微笑んだ。
「……それさ、俺が答えたら、ちゃんと正解も教えてくれるんだよな?」
「ん~、どうかな~? それは真樹の答え次第とだけ」
「……それ、絶対俺の言い損みたいな感じにならない?」
言っても、絶対にはぐらかされてしまう気が。
そして、なんとなくだが、海が俺に言ってほしい事もある程度予測はついている。
海の中で、やりたい職業や仕事はまだ見つかっていない。しかし、俺の一緒の大学に行きたいという希望ははっきりしていて、両親にもそのことを伝えている。
そして、今しがた海が言った『絶対に叶えるつもり』という言葉。
そこから推測される答えは……これ、言ってしまっていいのだろうか。
まあ、いいか。こういう恥ずかしい回答は、別に今に始まったことではないし、それに、これは一応、俺の希望とも合致してるわけで。
「えっと……はい」
「お、早いね真樹クン。では、回答をどうぞ」
「その前に、ちょっと耳をこっちに近づけて」
「ん? こう?」
「そう」
……………。
そうして、俺は海にだけこっそりと伝える。
「……って、俺は予想したけど。せ、正解は?」
「えっと、正解はね~……」
頬をほんのりと朱に染めて、海は自分の唇の前に、指で『×』を作った。
「……やっぱり教えな~いっ」
「はあ」
やはりそうきたか。
「いや~、なるほどね~。真樹の答え、すごくいいセン行ってるんだけど、正解を出すには甘すぎるというか……ふふ~ん、なるほど~、真樹は私の将来の夢、そんなふうに考えてたんだ~? もう、この人は本当にしょうがないんだから~」
「いやだって、今までの話ならそう考えても自然……ってか、惜しいっていうんなら、ちゃんとした正解を教えろよ」
「え~、じゃあ、6年後ぐらいに教えてあげる」
「正解発表までが遠すぎる」
しかし、機嫌よさげに俺の手を握ってきた海の反応を見る限り、先程の俺の答えでほぼ間違いないだろう。とりあえず、正解を教えてくれるまでは、頑張って良い交際を続けていこうと思う。
6年後。浪人などが無ければ俺たちが大学を卒業する年だが、まずは目の前の一年間から。
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