第67話 告白祭り


 そうして、昼休み。


「あ、朝凪」


「あ、うん。今教科書とか片付けるから、ちょっと待って」


 海との約束通り、俺は海と合流して昼食をともにすることになった。


 海の席に向かい声かける瞬間、色々な感情の入り混じったクラスからの無言の視線を受けるが、これについては少しずつ慣れていくしかない。


 俺と海は友達、俺と海は友達。だから何の問題もない……とは言いつつも、やはりまだどこか緊張してしまう。


「お待たせ。じゃあ、外行こうか。……新奈、アンタもどうせ来るでしょ?」


「ふふん、そりゃ当然でしょ」


 海に呼ばれた新田さんが、にっこりと微笑む。


「ってことで、今日はよろしくね委員長?」


「いい加減その呼び方……まあ、呼びやすいならそれでいいけど」


 今回のお昼は、俺、海、そしてなぜか新田さんを入れた三人で動くらしい。個人的に、新田さんは苦手なタイプだったが、文化祭以降は海や天海さんを通じて会話する機会がそこそこあり、それほど気を遣わず話せるようになってきている。


 海や天海さんのツートップとは違い、新田さんは、どちらかと言えば『クラス内のその他大勢』を写す鏡のような存在なので、彼女の態度を見れば、少しずつクラス内でも『前原真樹』という存在が認知され始めていることがわかるという寸法だ。


 親しい友達は海一人で十分だと思うものの、クラスに属している以上、海や天海さん以外とも多少の繋がりは作っておいて損はない――まあ、これは海の受け売りなのだが。


「よし。それじゃ、行こっか」


「うん。天海さんとは後で合流だっけ?」


「だね。ってか、これから迎えにいくんだけど」


 もちろん、海いるところに天海さんありなので、当然、この三人に天海さんが加わるわけだが、今現在、天海さんは教室にはいない。


 午前の授業が終わった後、親友である海になにやら告げて一人でどこかへ行ってしまったのだ。


 休み時間になる度、真っ先に人懐っこい犬のように海へとくっつく天海さんがいない。


 その理由は……まあ、推して知るべしと言ったところか。




 俺、海、新田さんは、弁当を片手に、天海さんがいるという場所へ彼女を迎えにいくことに。


 海の話によると、天海さんはいつもの自転車通学をしている生徒用の駐輪場にいるという。俺もたまに一人飯をするときに頻繁に使用するぼっちスポットの一つで。


 そして、他の生徒たちにとっては、授業中は人通りのない『告白スポット』でもあった。


「なんか最近よく人の告白を覗くことが多いような……」


 海や新田さんと一緒に物陰に隠れた俺は、少し離れた場所にいる天海さんと、それから上級生と思われる男子生徒の様子を眺めていた。


「うん。ってか、ちょうどいいタイミングで来てほしいって夕から頼まれてるし」


「え? そうなの?」


「そうだよ。委員長知らなかったの?」


 俺の問いに、スマホを構えている新田さんが答えた。


「友達みんなで大勢押しかければ、食い下がられたりとか、面倒なことは起こりにくいしね。まあ、告白の返事を受ける方も、助け合いっていうの? 色々考えてるわけよ」


「新奈、アンタはただ覗きたいだけでしょ」


「心外な~。もし夕ちんに何かあった時、先生とかチクる時の証拠が必要じゃん? 私もちゃんとそこらへんの分別はきちんとしてるワケよ。おわかり?」


「……じゃあ、私と前原が手を繋いでる時のヤツは消してよ。アレは関係ないじゃん」


「消してもいいけど、私以外にも撮ってるヤツら多いと思うから、きっと無駄じゃないかな?」


 予想はしていたが、やはりあの恋人繋ぎの様子はばっちり出回っているらしい。


 そう考えると恥ずかしいが、それ以降、海が誰かから告白を受けるようなことはぱったりと無くなったので、個人的には悪くない効果だとも思う。


 好きな人が自分の知らない誰かに告白されているというのは、たとえ海がそんなものに靡かないのを知っていたとしても、やはり多少はもやもやしてしまうもので。


 まあ、海に告白する人がいなくなった分が、こうして一縷の望みをかけて、水面下で天海さんに殺到してしまっているらしいのだが。


『……あの、もしよかったら、今度のクリスマスパーティ、俺と一緒に……』


『――ごめんなさい。パーティは友達と行くつもりですし、それに……えっと、好きな人もいるので』


 先輩には気の毒だが、結果はもちろん撃沈である。


 内情を知っているのは俺と海だけのため知るべくもないが、天海さんは今のところ、海との関係修復を最優先にしていて、仲の良い異性の友達を作る素振りはまったく見せていない。


 天海さんにとっては、(親友の海)>>>>>>>(俺含めたその他大勢)なので、もし天海さんと本気で交際したいと思うのであれば、今はとにかく『待ち』の一手しかないと思う。


 というか、天海さんはどんな男子がタイプとかあるのだろうか。疑問に思う。


 テレビでよく見る男性アイドルの話をすることはあるけれど、それは付き合うのとはまた別の話だろうし。


 天海さんの好きな人――えっと、朝凪海かな。


「ほら、そろそろ出ますよ実行委員カップルのお二人さん。それともそこで二人でもうちょいイチャイチャしたい?」


「するかっ。……ほら、前原も。ぼやっとしてないで一緒に来る」


「え? あ、うん」


 尻に敷かれてるね~、という新田さんの言葉は無視して、俺と海は二人並んで、偶然を装って天海さんのもとへ。


「夕、そんなところでどしたん? 昼まだなら、私たち一緒に食べない?」


「海! あ、うん。ちょうど今終わったところだから」


 俺たちの姿を認めた天海さんが、花が咲いたような明るい笑顔でこちらに向かってくる。


(ありがとね、海。それに、ニナちと真樹君も)


 互いに目配せし合って、先輩が気まずそうにしている隙にさっさと四人で退散することに。


 昼は、人の多い中庭のベンチで食べることになった。


 腰を下ろした瞬間、緊張気味だった天海さんの顔が緩む。


「ふ~、とりあえず一安心かなっと」


「お疲れ様。……天海さん、大変そうだね」


「ううん、何でもないよ。ちょっと面倒なのは確かだけど、こういうのはもう慣れっこだし。それに、忙しいのは今だけだから」


 天海さんの話によれば、実は文化祭の時から、ちょくちょく呼び出されては似たようなことを繰り返していたらしい。


 その時は、クラスの皆の指揮で忙しかった朝凪に変わって、主に新田さんが割り込み役を買って出ていたらしい。


 新田さん、文化祭の作業では足を引っ張りがちだったが、裏ではちゃんと友達のために頑張っていたようだ。


 なんだかんだ、天海さんと海が友達付き合いを継続している理由がわかる気がする。


 クラスの隅で眺めているだけでは、やはりわからないことも多いものだ。


「あ、ところで海、放課後なんか話あるって言ってたけど、あれって何のこと? もしかして、二人きりじゃないとマズい感じ?」


「え? ううん、新奈がいなきゃ話せるんだけど」


「は? 露骨にハブんなし! ねえ、委員長もなんか言ってやってよ~」


「えっと……ごめん、新田さん」


 新田さんのことはちょっと見直したとはいえ、そうは言われてもまだいまいち信用しきれない自分がいたり。


「まあまあ、ニナちには私からも後でちゃんと言っておくから。で、なに?」


「あ、うん。えっとね……」


 露骨に聞き耳を立てる一人を気にしつつも、海は、クリスマスパーティが終わった後のことについて話す。


「真樹君の家で? え~、なにそれ面白そうじゃん! もちろん、二人が良ければ私は全然オッケーだよ!」


 天海さんは、俺たち提案を二つ返事で了承してくれた。


 天海さんには色々と迷惑をかけっぱなしだったので、俺も当日は頑張らなければならない。


「え~、ウチのクラスの美少女ツートップが、クリスマスに委員長の家になんて……くそ、なんて面白そうな……ぐぬぬ……しかし……」


「あれ? 珍しいね。新奈がこの話に乗ってこないなんて。だから話したくなかったのに」


「……うん。その日は私、彼氏と約束あるから」


「「「え?」」」


「あれ? 言ってなかったっけ? 私が文化祭の時告られた話」


 二人がぶるんぶるんと首を振る。もちろん、俺が知るはずもなく。


 新田さんも十分顔立ちは良い部類に入るので不思議なことではないが、ちょっと意外だった。


 こうして昼休みの残りの時間は、わりとどうでもいい自慢話を聞かされるのに費やされる。


 クリスマスの予定も決まったところで、さあ後はさっさと当日に向けて少しずつ準備を進めていこうと密かに決意する俺だったが。


 放課後、その面倒事が、今度は俺に降りかかったのである。

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