第30話 朝凪と朝ご飯
――お~い、お~い……前原、寝てますか~?
翌朝。
昨夜、横になってみると意外に寝心地の悪いソファと一時間ほど格闘の末、なんとか寝付くことが出来た俺の耳元で、そんな優しい言葉がささやかれる。
一応起きたが、眠りが浅かったせいか、かなり瞼が重たい。もうひと眠りしたいところだが、ここで寝てたら筋肉が固まりそうだったので、仕方なく起きることに。
「ん~……おはよう、朝凪。今何時?」
「おはよ、前原。えっと、朝7時前ってとこかな」
朝凪は少し前に起床したようで、すでに俺のスウェットから制服に着替えている。
ブラウスのボタンを上まできちんと留め、スカート丈も校則に引っ掛からない程度の優等生然とした格好だが、それは服装だけで、実際は同じクラスの男子の家に泊まる悪いヤツである。
「昨日はよく眠れたか?」
「うん、おかげさまで。……そっちはあんまりっぽいね」
「昼寝とかするには最適なんだろうけどな。寝床にするには修行が足りんかったわ」
「はは、修行だって。眠いなら、ベッドに戻って寝るかい? 私もさっき起きたばっかだから、今なら私のほのかなぬくもりもついてくるっ」
「どこのテレフォンショッピングだよ。いらんわ」
……そんなこと言われたら逆に眠りづらくなる。
「ところで母さんは?」
「一応部屋のぞいたけど、まだ爆睡中だった」
「じゃあ寝かしとくか……あ、そういえば朝飯は食べてくだろ? 今から作るから、ちょっと待っててよ」
「え? いいよ、泊まらせてもらったうえに朝ご飯までなんて、迷惑だし」
「どうせ母さんの分を作らなきゃいけないから、一人分くらい増えても問題ないよ。ほら、お客さんなんだから大人しく座る」
「前原がいいってんなら、じゃあ、いただいていきます」
「ん」
朝凪がソファに腰かけたところで、俺は寝間着のままキッチンへ。
「朝凪、パンとご飯どっちがいい?」
「朝はしっかり食べたい派です」
「じゃあ、ご飯にするか……まあ、始めからそのつもりだったけど」
冷蔵庫の中身を確認して、適当に材料を取り出していく。
「ねえ、やっぱり私も手伝わせて。料理はダメだけど、食器の準備とか、テーブルの片づけとかは出来るから」
「ん、じゃあ頼んだ」
俺は料理、その他は朝凪ということで役割分担して朝食の準備を進めていく。といっても、ご飯は前日に仕込んでいたもので、あと作るのは卵焼きと後は鮭を焼くぐらいだ。
「前原、準備終わったよ――って、もしかしてお味噌汁も作ってくれるの?」
「ああ、前日に出汁の準備してたから、あとは豆腐と乾燥わかめ入れるだけだし」
夜のうちに水をはった鍋にイリコを放り込むだけの雑な出汁とりだが、数時間放置していればそれなりに出汁はとれるから、慣れればどうってことはない。
味噌汁を作っている間に、もう一つのコンロで卵焼きを焼きつつ、グリルのほうに鮭を適当にのせていく。同時進行でいけば、十分もすれば食卓に並べられる。
「……よし、出来たっと。朝凪、ご飯どのくらい食べる? やっぱ特盛?」
「確かに朝も割と食べるほうだけど、女の子にその聞き方はどうかと思いやすぜ旦那。どうせおかわりするのでスタートは普通盛りでいいです」
「ご飯お替り無料の定食屋か。まあ、五合ぐらいは炊いたから好きなだけ食べて構わないけどさ」
朝凪と手分けしてご飯とおかずをテーブルに並べて、早速食べ始めることに。
「ん――うわ、この卵焼き、前に食べた時よりだいぶ美味しく感じる」
「冷えても大丈夫な味付けだけど、出来立てだとさらに味が濃く感じられるからな。ご飯もすすむと思う」
「だね。おかわり」
「いや、早いんだけど」
しかし、いっぱい食べてくれるということはそれだけ美味しいと思ってくれている証拠なので悪い気はしない。
俺のほうも朝凪にのせられる形で、ごはんをおかわりすることに。
一人で食べている時は感じなかったが、誰かと食べるだけでこれだけ箸が進むものなのだと、今さらながらに気づく。
「ふい~、ごちそうさま。ごめんね、結局いっぱいご馳走になっちゃって」
「いや、逆にこんなのしか用意できなくてごめん」
「ううん。十分おいしかったよ。ありがとね、前原」
結局、俺と朝凪で用意していた炊き立てのご飯の半分を朝だけで消費してしまった。育ち盛りの高校生とはいえちょっと食べ過ぎてしまったかも。
「さて、と。じゃあ、ちゃっちゃと後片付けだけして、私は帰ろうかな。一応私も後で電話するけど、おばさんには後でお礼言っておいてくれると助かる」
「了解……って、母さんと連絡先交換したのかよ」
「うん。『真樹のことで困ったことがあったらいつでも相談に乗るから』って」
「なんで俺限定なんだ……」
どっちかというと俺が朝凪に困らされるほうだと思うのだが……昨日、母さんと朝凪、いったいどんな会話をしていたのだろう。
ちょっとだけ気になる。……といっても訊けないけど。
「前原、食後のコーヒー飲む? 食事のお礼には足りないけど、特別に私が入れてあげるよ。砂糖だけだよね?」
「そ。んじゃ頼んだ」
「うん。任されました――っと、その前にちょっと電話鳴ってるから出るね。お母さんからみたい」
ぱたぱたとスリッパを鳴らしてリビングを出て行く朝凪の後ろ姿を見る。
制服姿にエプロンという、まさに生活感のある女子という格好だが、まさか学校の家庭科の授業以外で、朝凪のそんな姿を見ることになるとは。
本来ならもっと軽い付き合いで続くと思われた朝凪との関係――だが、こうして色々なことを経験していくたび、少しずつながらも着実に、朝凪海という女の子が俺の生活の一部として欠かせないものになりつつある。
初めてできた『友達』だからというわけではなく、朝凪海という人間だからこそ、この関係をずっと大事にしていきたい――昨夜感じたもやもやの正体が何か、それは今の俺にはまだどういうものか判別はつかないけれど。
「……ただいま戻りました」
「あ、お帰り。……なんか随分話し込んでたみたいだけど、なんかあった?」
「ああ、うん。私的にはちょっと避けたいんだけど、お母さんがどうしてもって訊かなくて」
親御さんとの電話を終えて俺のもとに戻ってきた朝凪だが、先程の上機嫌とは打って変わって困惑の表情が浮かんでいる。
……なんとなく、嫌な予感が。
「えっと……一応、聞いておこうか」
「うん。えっと……あのね、」
俺の顔を申し訳なさげにちらりと見て、朝凪が続ける。
「……今から前原を家に連れてきて欲しいって、お母さんが」
行くつもりではあったが、正式な呼び出しが来てしまった。
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