第28話 親バレ


 油断していた俺が悪いのだが、まさか天海さんより先に親にバレるとは思わなかった。


「……朝凪、ごめん。俺、時間になったら起こそうと思ってたんだけど」


「うん。いや~……思いっきり寝ちゃったね、私たち。前原のおばさんに起こされなかったら、多分私たち朝まで起きなかったかも」


 よほど心地よく眠っていたのか、母さんに起こされたのは、すでに夜の0時を過ぎたころ。朝凪の家には門限は特になく、遅くなるかもということはいつも事前に連絡を入れているそうだが、さすがにこの時間になると心配もするだろう。


「ええ、二人で漫画を読んでいたようで、そのままいつの間にか寝ちゃってたみたいで……うちの子が申し訳ございません。……はい、はい。いえいえ、悪いのはウチの息子ですから――」


 俺と朝凪がリビングのほうで正座している中、母さんが朝凪の親御さんへと連絡をとっている。頭をぺこぺこと下げ、完全に平謝りの状態。


 ということで、ほんの少しの気のゆるみによって、母さんにも、そして朝凪の両親にも、『友達』というのが同じクラスの異性であることがバレてしまった。


 朝凪のことは、母さんにはいつか機会があれば紹介しようと思っていたが……こんな形でバレたくなかった。というか、はっきり言って最悪に近いバレ方である。


「お待たせ、海ちゃん。一応、お母さんから許可いただいたから。もう遅いし、今日は家に泊まっていきなさいね」


「え? で、でもそれはさすがにご迷惑じゃ――それに、その、まえは……いえ、真樹君だっているし」


 そう。いくら友達といっても、俺は男で、朝凪は女の子なのだ。そこは、当然気にしなければならないところ。

 

「いいのよ。ここから歩いて二、三十分って言っても、女の子一人で夜道を歩かせるのは危ないし、ウチの息子じゃ頼りないからね。……もちろん息子には海ちゃんに指一本触れさせないから、そこだけは絶対に安心していいから」


「触るわけないだろ。部屋で寝てた時もベッドと床で離れてたし」


「そんなこと言って、本当は海ちゃんの寝顔をこっそりのぞいてほっぺをつんつん触ってたんじゃないの?」


「っ……んなわけないだろ。朝凪とはそんな関係じゃないし……ってか、ちょっとは子供のことを信用しろよな」


 半分正解だが、寝顔をのぞいただけで朝凪にはどこにも触れていないし、やましい気持ちなんてこれっぽちもない。


「それにしても、まさか真樹がこんな可愛い女の子と仲良くなってたなんて……毎日毎日一人でゲームばっかりで、そんな素振り一切見せなかったのに。真樹、アンタ、いつから海ちゃんのこと連れ込んでたの?」


「言い方が悪いな……えっと、ここで遊んでたのは二か月くらい前、から」


 きっかけは朝凪がウチを訪問してからなので、正確には連れ込んでいるのとはちょっと違うが、今のところはすべての罪を俺がかぶっておくことに。


「なるほどね。徹夜明けで仕事から帰ってきた時、やたら消臭剤の匂いがするなって思ってたんだけど……まさか、そんな理由があったとはねえ」


 デリバリーのピザで鬼のようにニンニクをマシマシにするため、ニンニク臭が気にならないようにという理由を母親には言っていたのだが、もちろん、朝凪がいた痕跡を消すためもあった。


 香水なのかその他化粧品のものかわからないが、朝凪が帰った後、俺の部屋にはほのかに甘い匂いが残る。母さんは匂いには敏感なほうなので、なるべく気づかれないように誤魔化していたわけだ。


 まあ、そんな小手先の努力も、結局は俺の不注意一つで無意味なものになってしまったのだが。


「とにかく、もう許可はとったわけだから、海ちゃんは今日はここに泊まって、明日の朝になったらお家に戻って、改めてお母さんに謝ること。いい?」


「朝凪、ここは母さんのことを信じてくれ。俺も、お前がいる間は母さんの言う通りに動くから」


 後、明日の朝、朝凪と一緒に朝凪家に行って、今日のことをちゃんと謝ろう。


「えっと……本当になにもしないよね?」


「するわけないだろ。俺のことなんだと思ってるんだ」


「ま、そうだよね。前原にそんな度胸あったら、そもそも私たち友達になってないわけだし……うん」


 少しだけ迷ったようだが、朝凪もなんとか納得してくれたようで、首を縦に振ってくれた。


「……わかりました。じゃあ、今日のところはお世話になります」


「うん、よろしくね海ちゃん。じゃあ、制服が皺になっちゃうといけないから、私の寝間着に着替えて。あ、その前にお風呂に入らなきゃね。あがったら、女同士で色々お話しましょ。……真樹、アンタは自分の部屋に戻ってなさい」


「わかってるよ、もう」


 怒っている割には、随分と朝凪に甘い。というか、仕事帰りとは思えないぐらい今の母さんはテンションが高い。


 まあ、今まで友達を家に呼んで遊ぶなんてことは一切ないし、呼ばれることもなかったわけだから、母親なりに嬉しいのだろうか。


 もちろん、朝凪が美人な女の子だからというのもあるだろうが。


 娘も欲しかったって、母さんもたまに言っていた記憶がある。


「なら俺は言われた通り部屋に戻るけど……そういえば、朝凪の寝床はどうするつもり? 毛布はあるからソファで寝れるけど、まさかお客さんをそんな扱いにはできないし」


 うちは来客用の布団も客間もないので、寝る場所といったらリビングぐらいしかない。


「え? 私は別にソファでも構わないけど……」


「ダメよ、海ちゃん。ソファなんかで寝たら腰が悪くなっちゃうし、寝つきも悪いから」


「でも、それだと寝る場所は……」


 朝凪が俺の方をちらりと見る。


 ウチの寝床は俺の部屋と母さんの部屋の二つ。母さんは自分の部屋で寝るだろうから、そうなると残りは俺の部屋しかないわけで。


「わかった。じゃあ今日のところは俺がソファで寝るから、朝凪は俺のベッド使って。お風呂から上がったら、場所を交換しよう」


「でも、それじゃ前原が……」


「俺は地べたでも熟睡できる人だから、多分ソファでも楽勝だよ。俺の家とはいえ、朝凪だってできることならぐっすり寝たいだろ?」


「それはそうだけど……でも、本当にいいの?」


「ああ。布団は最近干したばかりだから、汚くもないしな」


 というか、俺の布団をかぶってあんなに気持ちよさそうに寝ている顔を見たら、了承せざるを得ない。


「ほら、真樹もそう言っていることだし、遠慮せずにそうしておきなさい」


「……わかりました。じゃあ、そういうことで」


 こうして、今日に限り、俺の朝凪の週末はもう少し続くことになった。

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