第13話 お腹いっぱい


 ドラッグストアの前で立ち止まりたむろしていた他校の集団を通り過ぎ、朝凪が予約してくれたという店の前へきた。


「ここって、串カツ屋?」


「そうだよ。ってか、看板にでかでかと出てるじゃん」


 朝凪の言う通り、店名の入った看板が細い路地を照らしているが、俺が言った『串カツ屋?』というのはそう言う意味ではない。


「ここって、どっちかっていうと居酒屋って感じだけど――本当にここでご飯にするの?」


 店内はピークの前ということで、中のお客さんたちはまばらではあるが、そのほとんどがスーツを着たサラリーマンだったり、若くても大学生の人たちがほとんどだ。


 そんなところに高校生二人が入店――ちょっと場違いではないだろうか。


「大丈夫だって。ここって全国に展開してるチェーン店で最近はファミリー向けのメニューとかも用意してるらしいし、お酒も飲まないわけだから全然問題ないよ。ここなら混んでないし、そこそこ安い。この時間帯は特にね」


 通りにもファミレスやファストフード店はたくさんあったが、そこはさすがに週末の繁華街ということで、俺たちのような高校生を中心にすでに満席の状態だった。


 ファミレスでご飯を食べるために待つという行為は、俺にとって最も無駄な時間の一つだと思っている。なので、腹を満たすという『目的』を果たすなら空いてるところで十分ではあるが。


「あ、もう時間過ぎちゃってるから、さっさと行くよ」


「わかったけど、なんで俺のほうから先に入店させようとしてんだよ」


「だって、私もこの店来るの初めてだし」


「始めてなのかよ」


 いきなり入店を断られるかと思ったが、朝凪が予約のことを伝えると、店員の人はすんなりと個室のほうへと案内してくれる。店が店なので、お酒の匂いで酔ったりしないかと心配だったが、そちらも配慮してくれている席のようだし、これなら問題ないだろう。


 看板の感じから大人しか入れない店という変なイメージを抱いていたが、居酒屋というよりも、酒類も提供しているファミレスという感じ。


 しかし、久しぶりの週末の夕方の繁華街で、まさか串カツ屋で夕食を食べることになるとは。


 こういう場所に興味がないわけではないものの、なんだか別世界に来たような気分になって、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。


「ふふ、ここだったら絶対にクラスメイトに見つかる心配はないね」


「個室だからね。……ってそう言う問題じゃない気がするんだけどな」


 というか、この場所で制服姿で店内にいたらそれはそれで問題だろう。まだ夕方の時間帯で、入店もOKではあるものの、ちょっとだけ悪いことをしている気分になる。


 その状況に緊張しているのか、はたまた高揚しているのか、どことなく体がむずがゆく落ち着かない。


「いいじゃん。たまにはこういう冒険も必要ってことでさ。ほら、ぼーっとしてないでさっさと注文しよ。どれにする?」


「こういうの初めてだから何とも……食べ放題なんだっけ?」


「うん」


 夕方の時間帯限定で、一時間の食べ放題(ソフトドリンク含む)で1500円。一応、二千円の予算は越えないようになっている。


 注文は……タッチパネル式か。


「じゃあ、とりあえずブタかつ串とかハムカツ……あとは、たまねぎとかレンコンかな」


「無難だね」


「別にいいだろ。で、朝凪は何か希望はあるの?」


「紅ショウガ」


「チョイスが渋いんだよ」


 朝凪が未成年に見えなくなってきた。


 とりあえず、その他食べやすいものと、それから飲み物を注文した。


 頼み過ぎた気がしなくもないが、まあ、俺もお腹は空いているし、食べきれるだろう。俺も食べるほうだが、朝凪は俺以上に食べる。


「はい、とりあえず乾杯でもしよっか」


「ああ、乾杯」


 運ばれてきたコーラのグラスを重ね合わせて、ぐいっと煽る。


 喉を通り抜ける心地よい冷たさとほどよい刺激――グラスが良く冷やされているせいもあるのか、普段ペットボトルから直飲みものと較べて三割り増しぐらい美味しく感じる。


 ほどなくして、注文していた串カツの一部が運ばれてきた。


 もちろん揚げたてだが、普段の夕食だと揚げ物があっても作り置きで後からチンして食べることがほとんどだったから、出来立てをいただくのはなにげに久しぶりである。


「……いただきます」


 テーブル脇に置いてあるソースをかけて、一口。


「――うまっ」


 ぽろり、と口からそんな言葉が漏れた。


 からっと揚がった衣の歯触りと、噛んだ瞬間に溢れる豚肉の肉汁、そして店独自の調合だという特製ソースが絡みあって、一瞬で口が幸せな気分に満たされる。


 揚げたてってこんなに美味しかったのか――いつものふにゃふにゃにしけった衣とはまるで違う。


「ふ~ん、前原も、美味しいもの食べたらそんな顔するんだ。意外」


「な、なんだよ。いいだろ別に」


 俺の顔をみてにひひと笑う朝凪。


 恥ずかしいところを見られたような気がして、俺の頬がちょっとだけ熱を帯びる。


 なんだか今日は朝凪にペースを握られっぱなしだ。


「ま、いいけどさ。……ほんとだ、これおいしいね。もう四本ぐらい頼んじゃおうか」


 その後は会話もそこそこに60分フルに口を動かし続け、俺も朝凪も心行くまで食事を堪能したのだった。

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