第37話:案外かわいいドラグネット=シズマン
「ヴォッ!」
アインは左腕に装着されたシールドバンカーを崩落した岩へ叩きつける。
岩は穿たれ、罅が走る。しかし予想通り破砕までには至っていない。
「ニーヤ、頼む!」
一馬はアインの影へ隠れながら、瑠璃が作ってくれた錬成壁の裏側にいるニーヤへ指示を出す。
「はいっ! 行きますっ!」
岩壁の裏側から青白い光が迸り、僅かな間を置いて、アインの盾の裏へ同様の輝きが浮かんだ。
輝きは岩へ突き立てた杭を通じて波紋のように広がって行く。
そして沸き起こった、破砕音と激しい爆風。
坑道を塞いでいた岩は木端微塵に吹き飛んで、大小様々な石へと変わり果てる。
やっぱり瑠璃謹製の新装備シールバンカーの威力は絶大だった。
「おーし、作業開始!」
「了解です!」
アインは五指のある右腕で大きな岩を拾い始め、錬成壁の裏側からニーヤが飛び出してくる。
しかしすぐさ立ち止まると、眉を吊り上げつつ踵を返して、錬成壁へ戻って行く。
「仕事です! さっさと出てください!」
「ひ、ひっぱるなチビ! 袖が伸びるでしょ!?」
「元々伸びているので問題ありません!」
「はひぃっ!」
錬成壁の向こうから赤髪のちびっ子ゴーレム使い:ドラグネットがよたよたと引っ張り出された。
処遇が不満なのか、真っ赤な頬をぷっくり膨らませている。
「金貨2枚かぁ……」
一馬がわざとそう呟くと、ドラグネットは「はひぃっ!」と素っ頓狂な悲鳴を上げた。
背筋をピシッと伸ばして、タタっと駆け出し、石くれの下へと向かう。
「じゃ、よろしく」
「むぅ……なんで天才ゴーレム使いのドラグネット様が……」
「やっぱ金貨にするかぁ」
「わ、分かったよ! やれば良いんでしょ、やれば! ……
ドラグネットはだぼだぼの赤い袖から小さな魔法上金属の欠片を投げた。
僅かに赤い輝きを帯びていた魔法上金属は、地面へ転がるなり、周囲の石くれを磁石のように吸い付ける。
小さな塊はやがて膨らみ、腕のような形へと変化し、掌を大きく開く。
アインとニーヤが掌へ石を乗せると、腕だけのゴーレムはまるでミミズのように地面を這って坑道を出てゆく。
足下はきれいさっぱり。これで作業の進行に大きな問題は無し。
やはりドラグネットのゴーレムを、土砂の運搬役にして大正解だった。
「おーい、ドラ、こっちー!」
「う、うん! てか、ドラってなに?」
「いや、その方が呼びやすいと思って。嫌ならやめるけど」
「ま、まぁ、なんでもいいけど……ドラ、か……ふふっ!」
なんだかんだと言いつつも、ドラグネットは元々素直な性格なのか、割と積極的に作業に従事してくれていた。
「ドチビ、こっちも!」
「ドチビじゃないわ、糞チビ!」
「ドラ以上にワタシは大きいです!」
「そんなこともないもん! あたしの方が……ニ、ニーヤよりも大きいもん!」
相変わらずおチビちゃんたちは、火花をバチバチ散らせ、喧々囂々としつつも、割と良いコンビネーションでアインの砕いた土砂の運搬を行っている。
(喧嘩するほど仲がいいってやつかな)
まるで子犬のじゃれあいをみているかのような、ほっこりとした気持ちで一馬はアインを操作を続ける。
その時、ほんのり香ってきた良い匂い。
ニーヤとドラグネットの作業の手が止まる。
「みんな、お昼だ! 食事にしよう! 出てこーい!」
坑道の出口から瑠璃の声が反響してきた。
ニーヤはチラチラと一馬を見て、ドラグネットも遠慮がちな視線を寄せてくる。
どうやら現場監督:木造 一馬の指示を待っているらしい。
「んじゃ昼飯にしようか、行って良し!」
「はいっ!」
「えっと……あたしも、良いの?」
いつも不遜な態度とは違うのは、やはり弱みを握られているからか。
でもこうして大人しくしていると、案外かわいい奴なのかもしれない。
「もちろん! ちゃんと仕事してくれてるし、腹が減ってはだからな。だから、行って良し!」
「取り分少なくなったなんて文句言わないでよねぇ! ニーヤぁ、そんなに走るとずっこけるよー!」
ドラグネットは身の丈よりも長いローブをズルズル引きずりながら駆けだす。
どっちが転びそうなことか、などと思いながら一馬もまた坑道を出てゆく。
久方ぶりのお日様の下。
暗闇に包まれ埃っぽい坑道とはまるで正反対な、青空とすがすがしい空気。
そして香る、お肉の焼ける良い匂い。
「あー!それあたしが狙ってたお肉っ!」
「魔物退治でもなんでも早い者勝ちです。さらに、ワタシの方が貴方よりも大きいのですから、エネルギー効率を考えるに、大きなお肉を手にするのは必然です!」
「だからあたしとアンタ殆ど同じ身長じゃん! ぬぅー!」
「焦げて固くなってしまうぞ? ほら、お食べ」
ぷんぷん顔のドラグネットへ、錬成した炭焼きコンロで串焼き肉を焼いていた瑠璃は、優し気な表情でそっと差し出す。
ドラグネットは顔を赤く染めながら小さな声で「ありがと」といって、串焼き肉を受けり齧る。幸せそうな顔である。
瑠璃も瑠璃とて微笑ましそうに、肉を齧りつくニーヤとドラグネットを眺めている。
「先輩、今さらなんですけど、その肉とコンロは?」
「こんなこともあろうかと、ワイルドボアの肉を残しておいたのさ。薬味とたれで漬け込んであるから痛んではいないので安心してくれ。コンロも鉱石をちょっと拝借してでだな」
瑠璃は腕だけゴーレムが運んだ土砂の中から、小さな鉱石の粒を拾い上げて、抓んで見せる。
どうやらクズ鉱石からバーベキューコンロを錬成したらしい。
ちゃっかり者の一面もあるらしく、彼女の新たな魅力を確認にし、更に好感を覚える一馬なのだった。
串焼き肉は――文句なしに、美味!
「ねぇねぇ、この女なんなの? もしかしてカズマの奥さん?」
「お、奥さん!?」
一馬よりも先に瑠璃は素っ頓狂な声を上げた。
ものすごく素早い動作で、フードを被って顔を隠す。
「そういえばそうですね。マスターと、もぐもぐ、瑠璃は、はむ、どういう関係、くちゃくちゃ、なんですか?」
「だ、だから物食べながら喋んないの! 俺と先輩はええっと……」
仲間であり、同士であり、先輩であって、そして……
大事な人である。それは確か。でも、今の段階で、そこへ明確な言葉を与えても良いのかどうか。
いや、ここまで来たら妙に言葉を濁すほうが、瑠璃に対して失礼なのではないか。
たぶん、大丈夫、きっと。
黒いフードの向こうからも、どことなく期待のような視線を感じる。
もうここまできたら、やるっきゃない!
「こほん! えっと、だな、俺にとって瑠璃先輩は……のわっ!?」
突然足下がぐらつく。緊張のためではなく、本当に揺れていたのだ。
「頭を保護して、伏せるんだ!」
一馬は防災訓練のことを思い出し、咄嗟にそう叫ぶ。
更にアインを動かし、瑠璃たちを守るよう多い被らせた。
刹那、アインの背後にある坑道が破裂し、巨大な影が姿を現す。
「い、岩の龍!?」
「MISYAAAA!!」
アインの背後、そこにはごつごつとした岩で構成された巨大な魔物が現れていたのである。
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