第6話:綺麗からの宣告


「KUOOOO!!」


 毒液を浴びたオークの集団が、泡のように溶けて消えてゆく。

 

 巨大人形アインが獲得した初めてのスキル:ワームアシッド。

 これはワームが吐き出す毒液を、腕から放つ攻撃だった。

 

 もしもアインが人間サイズだったなら、相手をけん制する程度のスキルだっただろう。

 しかしアインは大きいので、当然のことながら一回の毒液の噴出量は多い。

 

 頭からつま先まで毒液まみれにされたオークは成す術もなく溶けて消えてゆく。

 やはり大きなことは大変良いことだった。

 

 まさに“アイン無双”

 煌斗をはじめ、多くの転生戦士たちはやることがなく、一馬の活躍を後ろで見ているばかりだった。


 もちろん、相変わらず視線は冷たく、そして鋭いものだが、気にしない。

何故ならば、今は隣に牛黒 瑠璃という気持ちを共有できる仲間がいるのだから。

 

「オークからは“こん棒技”を獲得できるらしい。ならばアインは何を手に入れるのだろうな」

「先輩、詳しいですね」

「工房で暇な時間が多いから、情報をまとめているのさ。しかし、アインの大きさなら、スキルを獲得するのにかなりのオークを倒さねばならないがな」

「気長にやってきますよ」

「そうだな」


 一馬は周りのことなど気にせず、瑠璃と共に、道を切り開いてゆく。

 

 アインと瑠璃――もう孤独ではない。お荷物でもない。

二人がいればもう怖いものなんてない。 


「き、木造君!」


 突然、瑠璃は切羽詰まったような声を上げた。

 そして再びフードを被って顔を隠し、一馬へ無理やり巻物を手渡してきた。

 

「これは?」

「ま、まずは見てくれ!」


 言われた通り巻物を開くと、そこには設計図が描かれていた。

 

「もしかして、これって……?」

「アインの“球体関節搭載時の設計図”だ! ずっと渡そうと思っていたのだが、ゲオルグさんのこととか、いろいろあったから渡せなくて! こんなタイミングで申し訳ないが!!」

「ありがとうございます! すごくうれしいです!」


 一馬は巻物を握り締めつつ、礼を言う。

 フードの中で瑠璃が笑ったような気がする。


 アインと瑠璃さえいれば、もう孤独ではない。きっとこれから、楽しい毎日が待っているはず。

一馬はそう信じて疑わなかった。

 

 

●●● 

 


 アインと一馬の快進撃は続いて行く。

 そして彼らはファウスト大迷宮第五層にある“例の構造体”があるエリアに達した。

 

 禍々しい四つの支柱と、禍々しい魔法陣で構成された不気味な構造体。

 

「俺たちは周囲の警戒をして来る。頼んだよ、瑠璃姉」

「ああ」


 煌斗たち主要なメンバーは、調査中の魔物の襲撃を想定して、エリアから出てゆく。

 

(あいつまたこっちみているよ……お前には可愛い彼女の綺麗がいるじゃないか……)


 一馬と瑠璃が一緒にいるのが気になるのか、煌斗は度々こっちをみていた。

 もっとも敵意のある視線というよりは、強い“不安”を感じさせるものだった。

 

「それじゃあ牛黒センパイ、お願いします」


 この場に残った綺麗は取り巻きを従えつつ、少し偉そうに瑠璃へ命じる。

 正直、ムッとする態度だったが、当の瑠璃は涼やかな表情のまま、構造体へ向かってゆく。


 こういう瑠璃ってやっぱりカッコいい――そう思う一馬だった。

 

物質解析開始オブジェクトアナライズスタート


 瑠璃は禍々しい支柱に触れつつ、銀色の魔力を放つ。

 その輝きは構造体を駆け巡る。鍛冶士である瑠璃の固有スキルの一つ:物質解析(オブジェクトアナライズ)が始まった。


「ほう、これは……」

「牛黒センパイ、どーですか?」

「これは転移装置とみて間違いないだろうね」

「転送装置?」

「支柱の構成素材、魔法陣の形、おそらくこれは魔族のもので、奴らが使っていたものだろう」


 魔族――洞窟などに生息する魔物とは違い、高い知性と戦闘力を持つ、煌帝国の脅威である。

 煌帝国の北東部にある、険しい山々が連なるバッフクラン山脈。その向こうに奴らの国:魔界があり、虎視眈々と煌帝国を狙っているらしい。

 

一馬達、転生戦士たちは、魔族の対抗手段として呼び出されている。

しかしこの半年間で、一度も魔族に出会ったことは無かった。


「魔力を注げば機能はすぐにでも回復する。が、魔族に関わるものなら早急に破壊したほうが良いな」


 瑠璃はそう具申する。

 すると、何故か、綺麗はニヤリと笑った。


「あのさみんな、ちょっといいかな? これが転移装置だったら、どこに繋がっているか興味湧かない?」


 突然、綺麗がそんなことを言い出し、周囲の空気が一気に凍り付いた。


「な、何を言っているんだ!? これは魔族のものだぞ!?」

「でもそれってあくまで牛黒センパイの憶測ですよね? これが転送装置なのかも、魔族のものなのかも使ってみなきゃわかりませんよね?」

「使うって、君はまさか……!?」


 綺麗は瑠璃へ歩み寄り、


「だからセンパイ。アナタが使って試してみてよ」

「――ッ!?」


 一馬は絶句する。周囲の空気もおかしい。


「みんなもそう思うよね? 実験したほうがいいし、するのは牛黒センパイが適任だと思うよね!?」


 綺麗の言葉に誰もが口を噤む。ここで異議を唱えれば、自分が実験台にされかねない。そう思って。


「ってことでさぁ、牛黒センパイ?」

「……」



――そんな恐ろしい目に会うなんてまっぴらごめん


――綺麗ちゃんのいうことは絶対。そうじゃなきゃ……


――やれ! やってしまえ!


――あたしたちの中に異物はいらない! 消えて居なく無くなれ!


――ビッチ! ビッチ! ビッチ!!



 残酷な空気に一馬は反吐が出そうだった。


「頼みますよ、先輩♪ もし無事だったら相応のお礼はしますからっ!」

「やめろ!! だったら俺が行く!!」


 気が付けば一馬は瑠璃と綺麗の間へ割って入り、そう叫んでいた。

 できればこの場で綺麗を殴り飛ばし、瑠璃と共に逃げ出したかった。

 しかし目の前にいるのは兵団でも最強の一角、吉川 綺麗。

その取り巻きもまた、兵団では中心戦力に位置する。幾ら、強化ができたとしても、今のアインでは連中からの集中攻撃を受ければひとたまりもない。


「ふぅー! カッコいい! さすがは最近、ビッチとやりまくって、調子づいてる木造くんだねぇ!」

「黙れ! 先輩はそんな人じゃない! いい加減なこと言うな!」

「木造君!!」

「あは! なになに? 役立たずで嫌われ者同士のなれ合いってわけ? あはは!」


 綺麗の美しく、そして冷たい顔が近寄り、


「でもさ、君がやっちゃ意味ないの。君がいなくなったって、誰も得しないの」

「えっ?」

「糞ビッチが居なくなれば、煌斗は私だけのもの。だから君が消えても、全然うれしくないんだよ。残念天職だったマリオネットマスターくん」


 気が付けば、一馬の身体は宙を舞っていた。

 綺麗の風属性魔法が、彼を紙切れのように吹き飛ばす。


「ほら、みんなビッチをつれてって! それとも他に誰か試してくれるの!?」


 すっかり綺麗に主導権を握られた一同は、渋々と瑠璃を拘束した。

 

「は、離せっ! 離してくれっ!!」


 瑠璃は目に涙を浮かべつつ必死に身体をよじる。

 しかし四人の、しかも戦闘職の女子に成す術もなく転送装置へ連行されてゆく。

 

「く、くそぉ……!」


 一馬は地面に叩きつけられた衝撃で身体が痺れ、上手く立ち上がることができない。

 そんな一馬の顎を、綺麗は杖の先で無造作に持ち上げた。


「あとさ木造くん、このこと誰かに喋ったら分かるよね? これはそう、事故なの。転送装置を身を挺して実験してみた牛黒センパイの勇敢だけど愚かな行為の末に発生した、不幸な、不幸な、ただの事故! くく……あはは! 私って天才! この筋書き、超良いじゃん! あはは!!」


 綺麗は不気味で邪悪な笑みを浮かべている。

 

 恵まれた家柄、圧倒的な才能、周囲を引っ張る人気、寄せられる信頼、誰もが振り向く美貌。

生まれつきあらゆることに恵まれていた綺麗は、異世界に来て更に強力な魔法使いとしての力を手に入れた。

その力に支配されて、調子に乗り、自らを神か何かを思い込んでいるのだろう。


 綺麗の存在には強い怒りを覚える。

 同時に悪魔のような彼女が恐ろしく、身体が竦んだ。


「これが起動スイッチかなぁ!?」


 綺麗は杖を掲げ、支柱に取り付けられていた暗色の宝玉を魔力を打ち込んだ。

 魔法陣が妖艶な輝きを帯び、怯え竦む瑠璃を赤い輝きで照らし出した。

 

(このままじゃ先輩が……!)


 また失うのか。

 大事な人がいなくなってしまうのを、指をくわえてみているだけなのか。

 それでいいのか。後悔はないのか?


「やめろぉぉぉ! アイィィィーン!」

「ヴォォォ―ッ!!」


 一馬は立ち上がり、自らが生み出した巨大人形と共に転送装置へ駆けてゆく。

 しかしアインの腕が転送装置に触れると、紫電を発して受け止められる。

 バリアのようなものが張られているらしい。

 

「木造君!!」

「今助けます! 必ず!!」


 瑠璃を助けたい。必ず助け出す。その一心で、一馬はアインをぶつけ続けた。


「な、なんだ!? これはどういうことだ!?」


 戻ってきた煌斗は、一馬の背中で慌てた声を上げた。


「ご、ごめん! なんか急に転送装置が動き出しちゃって。牛黒先輩が中に居て! それで木造君が!!」


(あの糞女、よくもいけしゃあしゃあと出まかせを!!)


 しかし綺麗のことなどはあと。今は瑠璃を助け出すのが先決。

 

 アインの腕の先に搭載した荒削りの石は、ボロボロと崩れ始めた。

 バリアを破るにはまだ一歩足りない。一か八かやってみるしかない。

 

「ワームアシッド!」


 一馬の指示を受けて、アインは腕の先から溶解力を持つ毒液を放った。

 魔力的な力のバリアは毒液を弾く。

 しかし弾かれ、飛び散った毒液は、力を発生させている支柱に降りかかる。

 支柱が溶け、そして煙を上げた。

 

「うおぉぉぉー!」

「ヴオォォォーッ!!」


 最後の一押しが奏功し、支柱は大爆発を起こして、バリアが砕けた。

 しかし魔法陣の輝きは収まっていない。

 一馬はそのまま駆け抜け、妖艶な輝きの上にいる瑠璃を力の限り突き飛ばした。


「――!?」

「必ず迎えに行きます! 先輩を救い出します! だから兵団で待っていてくださいっ!!」

「一馬っ!!」


 魔法陣の輝きが最高潮に達し、一馬とアインを包み込む。

必死に手を伸ばす、瑠璃の姿を目に焼き付け、一馬はアインと共に消失するのだった。



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