第4話:ゲオルグの背中


 暗がりの中から飛び出してきたのは、クラスでも兵団でも中心的役割を果たしている聖騎士の吉良 煌斗ライト


「やぁ、煌斗。どうしたんだい?」


 瑠璃もまた親しげに返事をする。心なしか、さっきまでの明るい彼女とは違い、いつもの涼やかな雰囲気に変わったような気がした。


「い、いや、別に……工房に行ったら瑠璃姉がいなくて、どうしたのかなぁって……しかもなんで木造君と一緒に……?」

「木造君がアインを修理していたところに出くわしてね。いろいろと彼の相談に乗っていたところさ」

「そ、そうなんだ……」


 煌斗の鋭い視線が突き刺さる。転生選択の時も、煌斗は自ら魔法陣から出ようとはしなかった瑠璃の手を引き、無理やり連れ出していた。

もしかすると二人はそういう関係なのだろうか。という可能性が思い浮かび、胸の奥がざわつく。


「あの先輩と吉良君ってもしかして……」

「彼は私の幼馴染で、弟みたいなものさ。ただそれだけの関係さ。誤解しないでくれ」


 煌斗は苦笑いを浮かべ、一馬は内心でほっと胸を撫で下ろす。

 当の瑠璃は涼やかな表情を一切崩していない。

どうやら煌斗の一方通行のようだった。


「煌斗、ここで何してるわけ?」


 次いで現れたのは、身目麗しいクラスのアイドル吉川 綺麗キララ


「い、いや、綺麗これは……」

「もうミーティング始まってるんだよ! はやく!」

「お、おい!!」


 綺麗は煌斗の腕へ、程よい大きさの胸を押し当てる。そして、瑠璃を鋭く睨みつけた。

どうやらこっちとの関係の方が、正解らしい。二人ともクラスでも兵団でも中心で、人気者でもあるのでお似合いのカップルではある。


「センパイ、こんなところで油売ってないでさっさとみんな装備を整備してもらえませんか? 明日には必要なんですから! 分かってます!?」

「すまない。しかしほぼ準備は終えているが、最後のひと頑張りのために息抜きをしていてね」

「あーあ、非戦闘職って楽でいいなぁ。私たちが一生懸命戦ってる間に男を貪り食う暇があってさぁ」

「ちょ、綺麗! 瑠璃姉……牛黒先輩はそんな……」


 煌斗は咄嗟にフォローへ入るが、綺麗に睨まれ背筋を凍らせる。


「なに? 煌斗はこんな糞ビッチの方が、私よりも大事なわけ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「彼女よりも、幼馴染の方が大事って言うの!? 私を馬鹿にしてるの!? なんなのよ!?」


 綺麗はヒステリックな声を上げる。

こうなってしまっては簡単には止められないのは誰もが知る常識だった。

 特にこの世界に来てからは、日々戦っていて気分が高揚し続けているためか、ヒステリックになる機会が多い。


「吉川、いい加減にしないか!」


 現れたのは筋骨隆々な現地人の【監察官のゲオルグ】一馬たち、煌帝国討伐兵団第三転生戦士隊の指揮官である。

 さすがの綺麗も、大柄のゲオルグに怒鳴られた手前、渋々押し黙る。


「申し訳ありません、ゲオルグさん。吉川さんのいうことはもっともです。すぐに作業へ戻ります」


 瑠璃は頭を下げて歩き出す。


「また……」

「?」

「また、ゆっくり話そう。いつでも話しかけてくれて構わないからな。待っているぞ、木造君!」


 瑠璃はよりフードを深くかぶってそう言い放ち、足早に去ってゆく。

 他人が存在を肯定してくれた。特に密かに憧れていた先輩が。強い喜びを覚えた瞬間だった。


「瑠璃姉……」


 対する煌斗は瑠璃の背中へ向けて切なげに手を伸ばし、まるで金魚のように何か言いたげに情けなく口を開けている。

 なんとなくだが、煌斗に勝ったような気がして、胸がスカッとしたのだった。


「さぁ、吉川と吉良は先に行っててくれ。俺は、木造と話がある」


 綺麗は煌斗の腕の抱きついて、そそくさとその場を後にする。

そしてゲオルグは見計らったかのように一馬の背中を、“バシン!”と叩いた。


「痛った!」

「一馬、やるじゃないか」

「なんなんですか、いきなり!?」

「牛黒があんな顔をするのは初めて見たぞ。あの娘も、ああいう表情ができるんだな。もしかしてそうさせたのは一馬の影響か? えええ? おい?」


 ここにも味方がいた。


 孤独な異世界での生活――しかし現地人のゲオルグだけは、接しかたが違っていた。

 どうやら、戦場で戦死した息子に一馬が似ているらしく、放っておけないと、先日酔っ払っていた時に言っていた。

だからなのか、ゲオルグは一馬を一人の価値ある人間と認め、時に厳しく、時に優しく導いてくれていた。

 そんなゲオルグへ一馬は心を開いていた。


「俺も実は話したの、今日が初めてなんです」

「そうか。いい傾向だ」


 ゲオルグは一馬の髪をわしわしと撫でながら、瑠璃によって強化されたアインを見上げて微笑む。

 はずれ天職の烙印を押された一馬は第三兵団ではお荷物扱いをされている。


 そんな兵団へ帝都から派遣されてきた監察官のゲオルグだけは、一馬の力を認めていた。

彼曰く“マリオネットマスター”という天職に、彼なりに可能性を感じたらしい。

一馬へ先日、【巨大木偶人形アイン】の作成を提案したのもゲオルグだった。


「そうだ。実は次の支給品の中に“斬魔刀”があるらしい。それを一馬とアインへ送ろう」

「えっ? い、良いんっすか!?」

「ああ。兵団で斬魔刀を扱えるのは俺ぐらいだが、俺には家宝でドラゴンキラーと誉高い【アクスカリバー】があるからな! 他に扱えそうなやつもおらん。それにアインにはお淳良向きの装備だと思うぞ」


 アインにようやくまともな装備を施せる。一馬の心は踊る。

なによりも、信頼するゲオルグからの期待が心底嬉しかった。


「ゲオルグさん、ありがとうございます!」


「この世界にはお前のように巨大な人形を扱う“ゴーレム使い”がいるが、極めて貴重な存在だ。だからこそ、ゴーレム使いに近い能力を持つお前には可能性があると確信している!いつかきっと一馬とアインが必要とされる時がくる。俺はそう信じている。支給する斬魔刀を活かして、是非いい報告書を書かせてくれ」


「はい!」

「あと、牛黒とは上手くやれよ。ちょっと小綺麗にすりゃ、あのお嬢ちゃんは化けるぜ?」

「――なっ!!」

「おっと、会議の時間だ。それじゃあまたな、木造!」


 ゲオルグは男っぽい笑顔を浮かべて、歩き出す。

 大人、という存在が良く分かっていなかった一馬。しかし彼は思う。


(いつかゲオルグさんのような、男になりたい!)




 それが一馬の見た、ゲオルグの最期の姿だった。


 彼は翌日、迷宮探索へ向かい、そして帰らぬ人となったのである。




【木製人形:アイン】現状(更新)



★頭部――鉄製アーメット NEW!


★胸部及び胴部――丸太


★腕部――伸縮式丸太腕部×2 NEW!


★脚部――クズ鉄棒・大きな石


★武装――なし




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