第36話 予選決勝
予選が始まった次の日である。
予選初日は結局武器無しを貫いたロキとパメラだ。
ほぼワンパンで終わったのだ。
厳しくなりそうだったら、武器を持とうと思っていたが、問題はなかった。
Bランクの中堅クラスだとロキ達の相手ではないのだ。
しかし、2試合目で戦うということは、1試合目を王都の外に作られた仮設の会場で勝ったものと戦う。
3試合目を戦うということは、同じく郊外で2試合勝ったものと戦うのだ。
対戦相手は確かに強くなっていったのだ。
おっさんは当然郊外の予選会も見たいと思うのである。
ロキとパメラは、瞬殺するので1日目の4戦がかなり早く終わったのだ。
まだ郊外での予選が行われていると聞いて、見学に行ったおっさんである。
郊外の戦いも2日目の昼までしかやってないので、ブログの情報としてほしいと思ったのだ。
そこで見たのは、闘技台の綺麗な緑と赤の布で分けられた華やかな舞台と真逆の光景であったのだ。
【ブログネタメモ帳】
・郊外の予選会場を見に行ってみた ~血の土の香り~
5126人の大半はここで負けることになるのだ。
そこは、麻のロープで区切られたボクシングほどの狭いところで、そこまで実力差のない者同士が血なまぐさい戦いをしていたのだ。
そのほとんどがBランクの下級から上級の者達なのだ。
表舞台に出てくるために、皆必死になって戦っていたのだ。
治療するために設けられた仮設のテントも野戦病院みたいになっていた。
回復魔法の使える獣人が何十人と待機していたが、回復魔法にはお金がかかるのだ。
回復魔法は銀貨3枚
回復魔法上級は金貨3枚
これは表舞台の闘技台も闘士の控室側に設けられており、同じ料金とのことだ。
これでも聖教会より安いという話だ。
この回復魔法も武術大会の運営費に補填される。
それを聞いたので、辻で勝手に回復魔法を振りまくのは違うと思ったおっさんである。
武器解禁の試合のため、攻撃の打ちどころが悪く、本当に死にかけていた参加者が数名いたので回復してあげて、それ以外は運営側の獣人に任せたのである。
そして、次の日の9時から始まる予選2日目である。
1日目の武術大会で、闘技場と獣王都の郊外で4戦ほど戦い、出場者が512人になったのだ。
これは5126人が1日で512人になったということである。
上位10%だ。
4戦の中でAランクの冒険者でもBランクの冒険者に負けたものも出だすのだ。
戦いに絶対はないし、武器やステータス、戦いのスタイルも様々で得手不得手もあるのである。
『おおおっと!!!とうとうロキ闘士は、練習用の槍を持参してきましたが、それでも相手にはならなかったようです!!』
総司会ゴスティーニの実況と共にロキの7戦目が終わったのだ。
6戦目あたりから、対戦相手の動きが格段によくなってきたのだ。
ブレインの話では、6戦目以降はBランクの中でもかなり上級が出てくるということだ。
対戦者によっては素行が悪いためBランクであるが、実力だけならAランクの者も出だすとのことである。
さすがに素手だったからと言って負けても言い訳にならないので、武器を持ったのだ。
オリハルコンの槍ではなく、練習用の刃を潰した鋼鉄製の槍である。
それでも槍使いのロキの動きは格段に良くなるのだ。
ロキの本領は槍を持ってこそである。
パメラも7戦目の戦いが勝利で終わる。
パメラはいまだに素手である。
お昼を挟む前に7戦が終わったので、他の参加者の戦いを見るおっさんだ。
予選は力差が大きいのでどこも短い時間で終わるようだ。
5分とかその辺だ。
予選に60分もかけ、両者失格になるのは確かにそうだなと思うおっさんだ。
『それでは観客席の皆さん予選決勝に出場する闘士が決まりました!!闘技場1階広間及び出てすぐの場所に出場者を掲示しておりますので、ぜひ確認していてください。予選決勝は定刻通り4の刻(15時)でございます!!』
誰も乗っていない闘技台の上から総司会ゴスティーニが1人、マイクを持って叫ぶ。
「32組の予選決勝戦ですね」
従者達がロキとパメラの対戦相手を見てくるというのだ。
今日も手間賃として金貨1枚を配るのだ。
昨日より動きが良くなる従者達である。
従者達が出かけるのと同時に、ロキとパメラが戻ってくる。
今は13時過ぎなので、2時間後には予選決勝だ。
昼飯のサンドイッチをほおばるロキとパメラだ。
「ロキ、どうでした?昨日に比べて対戦相手は強そうでしたね」
「はい、さすが獣人ですね。身体能力が高くて、隙を見せたら一瞬ですよ」
1分もかけずに勝負を決めてきたロキが感想を漏らす。
ロキは士爵家に生まれた騎士なので、幼少の時、騎士院、騎士になってからも対人相手の稽古もずっとしてきたのだ。
しかし、それでも獣人との訓練をしてきたことはほとんどないため、その身体能力の違いに驚いているようだ。
ロキの感想を聞いていると、従者達が戻ってくる。
「えっと、ロキの相手はシュクレイナーで、パメラの相手はムフタですか」
(さっぱりわかんね。名前だけかね?)
対戦相手のメモを見るが誰なのか分からないのだ。
また、メモには対戦場所も記載されており、ロキとパメラはAエリアで変更はないようだ。
予選の決勝も32試合あるので、4つに分けたAからDのエリアで同時にやるとのことだ。
あくまでも予選は2日で終わらせるのだ。
(あんなに種目の多いオリンピックでも2週間で終わるし、獣人が大好きで一番権威のある武術大会でも1か月とかそこらもかけて長々とやるのは経済的に問題があるってことなのかな。7日くらいがちょうどよかったとかそういうことか)
おっさんが獣王国の経済と武術大会の日数について考える。
「ふむ、ハーレン殿であるか」
(ハーレン?どなた?)
「え?知合いですか」
ソドンが、おっさんが従者からもらったメモに反応をする。
シュクレイナーについてだ。
「シュクレイナー殿の父上であるハーレン殿にはお世話になったであるな。嫡男とは会ったことはないが、嫡男も有名な槍使いであるな」
シュクレイナー=ハーレンという名前で、ハーレン辺境伯領の嫡男とのことである。
年は30歳くらいで、希代の槍使いという話だ。
ハーレン辺境伯領はガルシオ獣王国の西の端の北部に位置しており、ウェミナ大森林に接しているのだ。
ウェミナ大森林に接しているので、ヤマダ子爵領とも接している。
おっさんのお隣さんである。
帝国に接しているので、毎年のように戦争をしている武家の家系である。
シュクレイナー自身も毎年のように戦争に参加し、本人の階級は連隊長である。
当然冒険者ではない。
「ありがとうございます。ロキの相手は槍使いのようですね。パメラの相手はどうですか?」
パメラの相手も知っているか尋ねるおっさんである。
「ムフタであるか。初耳であるな」
ソドンは知らないようだ。
「ああ、ムフタはAランクの冒険者だな。結構有名な拳闘士だぜ?」
銀髪の犬の獣人ブレインが売店で買ったのか骨付き肉と飲み物を持ってやってくる。
「ロキの相手は槍使いで、パメラの相手は拳闘士ですか。偶然な気がしませんね」
武器がロキやパメラと同じことに気付くおっさんだ。
「もちろん偶然じゃないだろ。武器をほとんど使わず手の内を見せないお前らのために2人を用意したんじゃないのか?手の内が見たいんじゃないのか?両方とも何度も本戦に上がっている猛者だぜ」
「そうなんですね。最初に割り当てられたブロックも変更したんでしょうかね」
「そうだろ。本戦は完全な抽選だが、予選は場を盛り上げるために、対戦者の変更もしてくるからな」
普段は、予選でAランクの冒険者や他国からの刺客などをぶつけることはあまりしないとのことだ。
連隊長以上やAランク以上の優勝候補が32人のなかに収まることも多いためである。
今回は、過去にない5000人を超える参加者がおり、連隊長以上やAランク以上の人数が60人を超えたのだ。
人数も十分いたので、予選の決勝戦で本戦出場経験者をぶつけてきたというブレインの分析である。
(これだけ武器無しで挑発行為をしているんだし、まあ予選で負けてもそれはそれで面白いと思ってんだろうね)
ソドンとブレインのおかげで対戦相手も分かったので、皆で昼食を取りながら予選決勝を待つのだ。
15時前にそろそろ闘士控室に来てほしいとロキとパメラの案内にやってくる運営の担当者である。
当然ブレインも控室に向かうようだ。
「そういえば、ソドン、部隊長とか連隊長ってどんな規模の軍隊なんですか?」
おっさんは騎士団を結成したので軍隊の組織について聞くのだ。
ソドンが快く応じてくれる。
ちなみに王国も獣王国も呼び方や人数などは同じという話だ。
兵の規格や規模を統一したほうが、帝国が攻めてきたときに隊の連携がしやすいのだ。
こういった軍事についても定期的な王国と獣王国の間で協議を行っているという。
兵隊とは兵士長がトップで9人の兵士がいる。
部隊とは部隊長がトップで10個隊程度の兵隊がいる。
連隊とは連隊長がトップで10個隊程度の部隊がいる。
師団とは師団長がトップで3から5個程度の連隊がいる。
この上は将軍で軍隊名は〇〇隊と将軍名が着くのだ。
将軍の上には大将軍とか、元帥もいたりするのだ。
【ブログネタメモ帳】
・軍隊と軍隊長と規模について ~ヤマダ将軍と呼ばれたい~
(最小単位の兵士長でも9人の兵を持つのか。現実世界に比べても多いな。レベルのある世界だから、数倍の力のある敵兵がいた時のために多くしているのかな)
おっさんがノリノリでブログネタにしていると、カラフルな道化の格好をした人が1人、闘技台の上に上がる。
観客席も静かになっていく。
静かになる観客席を見渡すおっさんだ。
10万人はいるであろう、観客席も満員御礼である。
『それでは、皆さん大変お待たせしました!これより予選の決勝戦を行いと思います。予選を勝ち抜き本戦へ出場するのは誰なのか!?目が離せませんね~』
マイクをもって総司会のゴスティーニがやってくる。
そして3人の副司会が予選の決勝戦を司会すべき3か所に散るのだ。
(それぞれのエリアを応援する観客はそれぞれの司会者の声を聴けるのか。よくできてるな)
【ブログネタメモ帳】
・予選決勝 ~ブロック制覇への道~
軍隊の話からブログネタのファイルを予選決勝のファイルにタブレット上で変更をするおっさんだ。
『おお!ロキ闘士の入場です。そして、シュクレイナー闘士もやってまいりました!!!』
(やっぱりブロック1番からか、じゃあロキが終わったらパメラか)
『おお!皆さん見てくださいこのロキ闘士の槍の輝きを!!これはオ、オリハルコンです。何というものを隠し持っていたのでしょう。なんと国宝級の槍を携え、ロキ闘士が入場しました。これはシュクレイナー闘士にいきなりピンチがやってまいりました!!!』
総司会のゴスティーニは、ロキとシュクレイナーの対戦を司会するようだ。
オリハルコンの輝きに、観客席がどよめくのだ。
「………」
「ふむ、私より良い槍を持つことにためらいがあると?」
闘技台の上で鹿の獣人シュクレイナーがロキに話しかける。
ロキが何か言いたそうだったので尋ねたようだ。
ロキもシュクレイナーも騎士の格好をしている。
シュクレイナーはアダマンタイトの槍である。
アダマンタイトも白金貨がするので決して安くはない。
「…まあ、そうだな。人よりいいものを持った気持ちがなんとなく分かったような気がする。それも与えられてな。こういうことだったんだな」
「ん?」
シュクレイナーはロキの言葉が分からなかったようだ。
2人の間で会話を黙って聞いている総司会ゴスティーニである。
武術大会では、対戦前の2人が会話することはよくあるので、すぐに止めたりしないのだ。
「いや、すまないな。身内の話だ。我が主が与えられた力を評価されるのはあまり気分が良く無いお方であるからな。主に与えられし、この槍、そしてこの機会(武術大会)で、我が主の気持ちが少し分かってうれしかっただけだ。この瞬間になって気付かされたといったところだ」
「そうか。しかし、主の前で無様な敗北を与えてしまうことになるが、すまないな。我も負ける気はないのでな」
挑発をして、槍を構えるシュクレイナーだ。
フルプレートではないハーフプレートから、鍛え抜かれた細身の体が伺える。
筋肉質の太ももが鹿の獣人ならではである。
「ヤマダ騎士団、騎士団長ロキ=フォン=グライゼル」
ロキが槍を構える。
「ハーレン軍、第二師団第一連隊連隊長シュクレイナー=ハーレン」
ロキの名乗りに答えるシュクレイナーである。
『おおお!お互い騎士の名乗りを上げました。既に2人はお互いを倒すことしか考えておりません。それではロキ闘士対シュクレイナー闘士の対戦が始まります!!』
総司会ゴスティーニの言葉に反応するかのように、審判が片手を上げる。
『はじめ!』
片手を下した瞬間にお互いが前進するのだ。
一気に、ロキとシュクレイナーの中心で槍が交差する。
飛び散る火花。
金属音が鳴り響くのだ。
シュクレイナーは、その跳躍力と素早さを活かし、距離を詰めたり離したりしながら攻撃を続ける。
ロキはシュクレイナーの攻撃に合わせ、槍を振るっていくようだ。
5分経過する。
10分経過する。
「んぐ」
シュクレイナーがどうやら押されるようだ。
槍を交差するが、一歩また一歩と押されていく。
どうやら、槍の技能もステータスも武器もロキの方が高いようであるのだ。
シュクレイナーの槍捌きを完全に読んでしまったロキだ。
槍がシュクレイナーの鎧に当たり始めるのだ。
(ふむふむ、連隊長クラスだとロキの方が強いのかな。まあ、軍隊の階級が高くなると戦闘しなくなるかもなので、階級が強さに比例するとは言えないな)
おっさんが、シュクレイナーの強さについて分析していると、ロキの槍がシュクレイナーの右肩を貫いたようだ。
鎧のない部分を狙うことが基本のようである。
槍を両手で持てなくなったシュクレイナーだ。
どうやら早々に降参するようだ。
命を懸けてまで戦いはしない。
審判がロキの勝利を宣言し、お互い挨拶をかわし退場するのだ。
『なんと、ロキ闘士はこれほどの装備、そして技能を持っていたのか。さすが王国最強の槍使いです。本戦でも目が離せません!!』
しっかり総司会ゴスティーニが戦いを〆てくれるようだ。
こうして、ロキの本戦出場が決まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます