第2話 ルララ子の警告

 ルララ子は窓のそばに移動した。

 そしてカーテンの向こう側を透視するような目つきで、

「夜だな」と言った。

 夜だ。

 宇宙船みたいな僕の部屋。

 このまま火星にでも行けたらいいのに。


 ルララ子の後ろ姿は初恋の女の子に似ている。


「しないの?」と僕は聞いた。

「しないの、とは?」

「いつも僕にしてるようなことだよ」

 ルララ子はこちらを振り返る。複雑なカーテンの模様を背景にしている。額縁におさまった絵のようだ。

「もう寝なさい」と言ったルララ子は僕を憐れむような微笑みを浮かべている。

「なんだよ、寝ろって」

「よくない目つきになっている。その目を閉じろということだ」

「エロ動画を観ようと思っていた人間が、いきなり眠れると思うか?」

「ポルノ的な価値観を言い訳に使うな」ルララ子は冷淡に言う。「ポルノ的な人間になってしまうぞ。ポルノ的な価値観で他人を値踏みするような。常に意中の女に似たポルノ女優を探してしまうような」

「僕はそんな野蛮人じゃない。むしろ読書家なんだ」

「読書、だと? むしろ、だと?」ルララ子は失笑する。「ポルノの対義語は読書だとでも思っているのか? 逆だよ。読書、イコール、ポルノだ。むしろ読書は思想のポルノ化を助長する。残念ながらお前は将来、読書のせいでポルノ的な人間になるのだ」

「なぜそんなことがわかる」

「私が遠い未来からやってきたからだ。この時代に私を送り込んだのは、お前の子孫なのだ。いわば私はポルノ的なドラえもんといったところか」


 ポルノ的なドラえもん……。


「それってつまり」

「ほら。即座にポルノ的な目つきになった」

「そんな」

「危険な兆候だ。レベル3に達している」

「適当なことを言うなよ」

「あとな、私がポルノ的なドラえもんだという話だけどな」

「ああ」

「あれは嘘だ」

「嘘なのかァッ!」

「すごい怒るじゃん」

「怒ってない。今のは単なる反射だ。体がびっくりしただけ。僕は怒ってない。むしろ読書家なんだ。こんなことで怒るはずがない」

「そうやってずっと読書の陰に隠れて生きていくつもりか? 何も成さずに。誰とも触れ合わずに」

「僕を壊すつもりか」

「いいか、私はポルノ的なドラえもんではない。そして、そんな都合の良い人間は現実のどこにも存在しない」

「……わかってるよ」僕はベッドに腰かけた。「僕はただ眠れないだけなんだ」

「子守唄を歌ってあげよう」

「必要ない」

「んギャルのぉ~、美脚ぅがぁあ~」

「やめろ。僕の検索履歴を歌にするな。あと曲調が古い」

「古い女なのでね」

 モダンな微笑をルララ子は浮かべた。

 僕はベッドに横たわる。突き崩された卵の黄身のように、ゆっくり、力なく。

「きみの目的がわからない」僕はルララ子の顔を見ずに言う。「きみって何なの」

「じきにわかる」

「じきっていつ」

「12分後」

「急だな」

「そうでもないよ。私はずっと、今から12分後のことだけをお前に警告していたのだ。登場の瞬間から。1秒前まで。ずっと」

「警告って?」

「心配いらない」

「何が?」

「お前は死なないよ。私が守るもの」

「綾波レイなの?」

「綾波レイかも」ルララ子は少し笑って、僕の寝ているベッドに腰かける。「あと12分、どうやって過ごそうかな? かな?」

「竜宮レナなの?」

「竜宮レナかも。あと12分のあいだは」

「だから、12分後に何が起こるの」

「すでにあと11分後だ」

「質問に答えてください。11分後に何が起こるのですか」

「11分後にわかる。それまで何をして過ごす? UNO?」

「もう寝る……子守唄を歌ってよ」

「さっきは歌うなと言ったのに」

「歌詞がなければ聞いてやっても良いよ」

「わかったよ」ルララ子は優しく言った。

 僕は目を閉じる。

 ルララ子の鼻歌。

 可愛い声。

 古くさいメロディ。

 悪くない性質の眠気が僕に襲いかかる。その眠気とじゃれあっているうちに時は過ぎ。

 11分後。

 僕の運命は、ようやく大きくねじ曲げられた。

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