三十五冊目
男は秋葉と名乗った。
僕以外にも沙耶に一人、九尾苑さんに二人組が行ったようだ。
しかし、こいつらの身長以外での見分け方はないものか。
全員が全員、スキンヘッドで左側頭部に刺青一つ。
服装も全員揃って真っ白の洋服だ。
顔のパーツまで、正直言って気持ち悪い程度には同じだ。
秋葉は武器を持たずに様々な方向から蹴りや突きなんかを繰り出してくる。
そういえばこの突き、掌底なんて名前があった気がする。
しかし、異様に遅いな。
右手掌底、左足蹴り、流れで背をこちらに向けてからの肘打ち。
全ての流れが遅すぎる。
沙耶と九尾苑さんの様子を見れる程度には余裕がある。
九尾苑さんは退屈そうだ。
欠伸なんて零しながら戦っている。
いや、あれは戦いなんかじゃないな、一方的に戯れているだけだ。
沙耶も同様だ。
少し違う点を上げれば沙耶は九尾苑さんと違い、敵を揶揄って楽しんでいることだろう。
手で相手を吸い寄せ、無茶な突進を強要する。
それを躱す姿は宛ら闘牛士のようだ。
そんなことを思いながら敵の攻撃を捌いていると、先程のような強い妖力が突如として放たれる。
発生源はどこか分からないが、とりあえずこの四人組ではない事は確かだろう。
この妖力はこいつらとは別の場所から感じる。
「この妖力について何か知っているのか、答えろ」
聞くと、秋葉はニヤリと笑い言う。
「防戦一方の貴方が知っても意味はないと思いますがね、冥土の土産に教えて差し上げよう。
「これは鼓動だよ。
「君は感じないかい? この命の力を」
鼓動というフレーズは少し気になるが、それよりも僕が防御しか出来ない状況だと思い込んでいることに驚きだ。
「さて、そろそろ仕舞いにしましょうか。
「世辞の句程度なら聞きましょうか」
男は自身ありげに言う。
さっきよりは少し早い掌底。
まあ誤差だ。
それを躱してからガラ空きの腹に膝蹴りを入れ、足を引いた後に一歩下がり、跳んで宙で体を捻り、その回転を利用して後頭部に蹴りを入れる。
無駄な動きだが、ゲームなどで見て一度使ってみたかった技だ。
そして、これが僕、一ノ瀬宗介の初めての実戦での勝利である。
普段の訓練相手が強かったから弱く感じたのか、実際に弱い人たちだったのか。
それは分からないが、普段の相手との実力差が大き過ぎだ。
「なんか、達成感とかないもんかね」
そうぼやいてから他の敵の様子を見る。
「あら、一ノ瀬はもう終わったのね。
「じゃあ、私ももういいや」
そう言って、沙耶は相手の腹にお札を一枚貼り付ける。
「弱すぎて腕が鈍りそうね」
瞬間、男は全身に電撃が走ったように痙攣した後、泡を吐いて倒れた。
「さあ、二人とも終わったみたいだし、これ以上ここには何もなさそうだ。
「とっとと帰ってご飯食べよう」
敵二人を難なく倒し、山のように積み上げた九尾苑さんが言う。
「こいつらはどうするのかしら。
「流石に放置ってわけにもいかないでしょう?」
「まあ一般人的には危険だろうし首切っとこうか」
九尾苑さんは当然のように言った。
「待ってくださいよ九尾苑さん。
「首を切るって、殺すんですか?」
「ああ、殺すよ。
「一応危険だからね」
「流石に殺さなくてもいいんじゃないですか? ほら、弱いし、警察にでも突き出しておけば」
言いかけている途中で、九尾苑さんが言葉を遮る。
「もし、それでこいつらが誰かを殺したら、僕たちに襲いかかったみたいに術が使えないような一般人に襲いかかったらどうなるか、宗介は考えたかい?」
言われた瞬間、ハッとする。
「僕達がするべきことは、そんな事態が起きてから反省することじゃない。
「それを防ぐためにこいつらを殺すことだ。
「こいつらが後で目が覚めたとして、口でもう悪さをしないと約束する可能性は無くもない。
「だが、その口約束にはなんの信憑性もない。
「警察には術師対策はないんだ。
「これは、僕たち術を使える側の仕事であり、責任なんだ。
「分かってくれるかい?」
僕は一度深呼吸をしてから九尾苑さんに答える。
「ええ、分かりました。
「でも、一つだけお願いがあるんです」
九尾苑さんは静かにこちらを見据えている。
「今回は、僕にやらせてください」
「いいよ、でも生半可な覚悟じゃダメだ。
「もしこいつらを殺せば、君は悪でなくとも人殺しになるんだ。
「それだけは分かってほしい」
九尾苑さんは言う。
しかし、今後戦い続ければこんな機会も多々あるのだろう。
その度に僕だけ目を背けてトドメだけ誰かに頼むなんてことは不可能だ。
今日から僕は人殺しで、大義名分を持った殺人鬼となるんだ。
そう覚悟しながら、先ずは自分が倒した男の首を切り落とす。
秋葉とは、今の僕が最初に殺した人間の名だ。
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