10

 懐中時計を持って戻ると、サンドラードは門の前で、枯れた茨を見て放心しているようだった。

 ヒューバートが剣の先で茨をつついている。

 二人はエレナが戻ったのを見て駆け寄ってきた。


「エレナ、これはいったい……!」


 サンドラードが興奮したようにエレナの肩を揺さぶる。あまりに勢いよく揺さぶられるものだから、エレナの頭ががくがく揺れた。


「サンドラード様、そんなに揺さぶっては、エレナ様が脳震盪を起こしてしまいます」

「あ、ああ……、すまない」


 サンドラードはハッとして、ようやくエレナを解放してくれたが、すでにエレナの頭はくらくらしてしまったあとだった。

 エレナがふらふらになって倒れこみそうになると、サンドラードが慌てたようにエレナを抱きとめた――、その、とき。


「人の妻になに抱きついているんだ―――!」


 懐かしい声が聞こえてきたと思った瞬間、エレナの目の前からサンドラードが消えた。驚いたエレナがくらくらする頭でサンドラードの姿を探すと、彼は離れたところに仰向けに横になっていて、真っ黒い大きな狼にのしかかられているところだった。


「ユーリ殿下……!」


 エレナは目を見開いた。

 どうやらサンドラードはユーリに飛びかかられて吹き飛ばされたらしい。


「ちょっと殿下! 飛び出していかないでって言っただろっ」


 ばたばたと足音が聞こえてきて、見ればライザックが駆け寄ってくるところだった。

 ユーリは踏みつけたサンドラードを金色の目で睨みつけて、


「エレナに触れていいのは俺だけだっ」


 などと怒鳴っていて――

 エレナは二か月半ぶりの大好きなユーリの姿に腰が抜けてしまって、その場にへなへなと座り込んでしまったのだった。






 茨が消えたので、エレナたちはひとまずレヴィローズの城の中に入ることにした。いつまでも馬車での寝泊まりはつらいからである。

 城の中の人々もやはり時が止まったように動かなくなっていた。

 エレナたちは誰もいない手ごろな部屋を見つけてその中に集まった。

 ユーリはエレナにべったりとくっついて離れず、そんなユーリを見てサンドラードは戸惑っていた。ユーリが呪いで狼の姿になることは、一部の人間を除いて誰も知らないことだ。当然サンドラードも知らなくて――そもそも、呪いは解けたと思っていたから、余計に混乱しているようだった。

 エレナはユーリに不自由させてしまうのですぐに呪いを解こうかと思ったが、人が見ている前でキスをするのが恥ずかしくて結局できなかった。

 ユーリは特に気にしていないようで、ソファに座ったエレナの足元に、さも当然のように寝そべっている。


「それで、花に触れたら茨が枯れたのね?」


 ジュリアが事実を確認するように訊ねてきたので、エレナは頷いて拾った懐中時計を差し出した。


「これが落ちていたんです」


「懐中時計? ……って、シフォレーヌのじゃない。 二時十三分で止まっているのはおそらく、術が発動した時間ね。決まりだわ、シフォレーヌはきっと、この懐中時計に術を込めたのね。糸紬の呪いと連動するように」


 ジュリアはエレナに懐中時計を返した。エレナはそれをそっと両手で握り締める。エレナは母の形見を何一つ持っていなかった。母が死んだときに、母のものはすべて義母が取り上げてしまったからだ。だから、この懐中時計が母のものであったなら、これはエレナの手に渡った唯一の母の形見になる。


「でも、茨が消えても、止まった人たちが動き出していないんだからまだ術は完全に解けていないわ。当然、ソアリス姫の眠りの術もね、あたしはこのまま城の中を調べてみるから、あんたたちは休みなさい。もうすぐ夜だし。エレナは特に、自分じゃ気がついてないんでしょうけど、茨を消した時に相当力を使っているはずよ。しっかり休まないと倒れることになるわよ」


 ジュリアは立ち上がるとヒューバートに視線を向けた、


「あんたこの国の人なんですってね。ちょっと城の中を案内してちょうだい」


 ヒューバートは頷いて、ジュリアとともに部屋から出ていく。

 ジュリアとヒューバートがいなくなると、エレナたちはそれぞれ城の部屋で休むことにした。ユーリは当然エレナと同室を主張したが、離宮の時のようにだめだとは言われなくて――、勝ち誇ったような顔をしてぶんぶんと尻尾を左右に振るユーリの姿に、ライザックが爆笑した。

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