20

 驚いて言葉もないユーリに、エレナはジュリアのかわりに説明した。


 ユーリは最後まで黙って聞いていたけれど、その表情は険しかった。


 ユーリが蹴破った窓ガラスはジュリアが異能の力で元に戻したけれど、怪我の治療はユーリが頑なに拒んだためエレナが行った。


「それで、お前はエレナの父親やノーシュタルトへの復讐のために俺を利用したと」


「そう言うことになるわね」


 ジュリアが頷くと、ユーリははーっと長く息を吐きだす。


 ジュリアのことをまだ警戒しているユーリは、エレナをしっかりと腕に抱きしめて離さなかったが、逆にエレナを腕に抱いているから冷静になれた。


「別にお前の怒りをくだらないとは言わないが、それで呪いをかけられたこっちはたまったものではなかったんだがな」


「そうね。その点は本当に申し訳なかったと思ってるわ。謝ってすむ問題でもないでしょうけど……、ごめんなさい」


 ユーリはじっとジュリアを見つめたあとで、エレナに視線を落として、ふっと笑った。


「あと三年早く俺の前に姿を現していたら、この手で殺してやるくらいに思っていたんだがな。なんかもう、どうでもいい」


「どうでもいい、ですって?」


「ああ。完全じゃないにしてもこうして俺の呪いは解けたようだし、お前を罰したらエレナが泣きそうだから、もういい」


「はあ?」


 ジュリアは素っ頓狂な声をあげた。


 ユーリはエレナに頬を寄せた。


「お前が俺に呪いをかけなければ、こうしてエレナが嫁いでくることもなかっただろうしな。結果だけ見れば、まあ、悪くない」


 ジュリアは目を丸くして、それから拍子抜けしたようにぐったりとソファの背もたれに寄りかかる。


 ジュリアの話を聞いてしまった以上、エレナはどちらの味方もできなくなっていたから、内心ユーリがジュリアを咎めなかったことにホッとした。


「あんた、変よ」


「そうだろうな。およそ二十年狼だったからな」


「それ、厭味?」


「厭味で許してやるんだから、寛大だろう?」


 ノーシュタルト一族の女に呪いをかけられ、その贖罪でエレナは嫁がされた。ジュリアがユーリを呪わなければエレナと出会うこともなかっただろう。もちろん呪われてよかったとは言わないが、「悪くない」のだ。


 エレナには決して言わないが、たぶん一目惚れだったのだろう。エレナをはじめて見たあの夜、ユーリは美しく儚い妖精のような彼女に自然と恋をした。狼のまま一生を終える自分のそばにエレナをとどめておくことは心苦しかったが、今は彼女の力で呪いを解くことができる。人の姿でエレナと添い遂げることができるのだ。


 ジュリアは満足そうにエレナの髪を撫でるユーリをじっと凝視した後で、もう一度「ごめんなさい」と言った。


「ノーシュタルト一族が憎いのは変わらないけど、さすがにあなたを巻き込んだことは後悔していたのよ。でも、あたしは呪いをかけることはできるけど解くことはできないから――、出て行ったところで何もすることができないし、勇気が出なくて今日まで来れなかったのよ。まさか絶対解呪の力を持った子が生まれていたなんて知らなかったから、あなたの呪いが解けた気配がしたときは驚いたし、嬉しかったわ。あたしに言う資格はないけど、呪いが解けてよかったって思うわ」


 それからジュリアはゆっくりと立ち上がった。


「あたしはもう行かないと。マダム・コットンの使いは本当なのよ。近くに住んでいて、たまにドレスの制作を手伝っているの。それ、脱いでくれる?」


 エレナは来ているドレスを見下ろして、それから自分を抱きしめているユーリを見た。


 ドレスを脱ぎたいけれど、ユーリが腕の力をゆるめてくれないし、彼の目の前でドレスを脱ぐのは恥ずかしい。


 エレナが困っていると、ジュリアは片手を腰に当てて、ぱちりと指を鳴らした。


「あなたはもう一度外に出ていてくれるかしら?」


 その瞬間――


「エレナ―――! おいっ、エレナに変なことをしたら許さないからな―――!」


 ユーリの姿がエレナの目の前から消えて――、ジュリアの力で部屋の外へ追い出された彼が、どんどんと扉を叩いた。


「まったく、ずっと狼だったからかしら? とんだ忠犬だわ!」


 ジュリアがそんなことを言うから、エレナは思わずぷっと吹き出してしまった。

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