明智さんちの旦那さんたち(R)

明智 颯茄

Season1

妻の夢1

踊れ輪になって/1

 いく世の愛を……真の力 目覚めるであろう――


 オペラ座の会場は、ソプラノの声がオーケストラの音色とともに伸びきっていたが、華麗なるフィナーレを迎えた。


「ブラボー!」

「ブラボー!」


 総立ちの拍手喝采に包まれ、少女も一緒になって、手が痺れるほど叩いていた。幕は降り、観客たちは素晴らしい余韻に酔いしれながら、ホールから出てゆく。


 ロングドレスにハイヒールの少女も、宝石のようなガラス張りの出口を目指し、歩みは宮廷楽団の奏でるワルツに乗りながら、人混みにも構わず、右へ左へステップを踏む。



 目を閉じると、スポットライトを浴びながら、王子とダンスを踊っていた――

 くるくるとターンをしながら、エスコートされる腕の中で、少女は夢見心地な瞳で踊り続ける。


 めぐり合うために、お互いに生まれてきた運命。いや宿命とも言うべき出会いで、今日の舞踏会を迎えた。この曲が終われば、王子はひざまずいて右手を差し伸べ、プロポーズ――愛の言葉を捧げてくるだろう。旋律が紡がれてゆくたび、少女の期待は高まってゆく。そして、どうやっても顔がにやけてしまうのだった。


「――危ない!」

「え……?」


 少女は慌てて目を開けた。妄想している間に、他の客はもう誰もいなくなっていて、オペラ座の正面階段から、あともう一歩踏み出せば、転がり落ちて大怪我だった。


「ぬうぅっ!」


 爪先で何とか踏ん張り、少女は惨事を免れた。いつもの癖だと、一人反省する。実現しないことばかり、想像――いや妄想して、居場所を見失う。


 寒さが頬を差すような夜に、パンパンと頬を叩いて、現実を着実に進むように、階段を降り始めた。


「そうそう王子様は現れないよね〜。夢は夢のままだから、美しい!」


 両手を胸の前で夢見心地に組んで、目をまた閉じて、ハイヒールで階段を進んでゆく。


「でも、その夢を叶えたい! 叶ったら、私はどうかなってし――」

「お姫さん! 探してたっすよ」


 ずいぶん砕けた粋のいい男の声が響いた。さっとまぶたを開けると、そこには――


 本物の王子様がいた。


 少女は特に驚くでもなく、それどころか当たり前のように返事を返した。


「どうしてですか?」


 彼女は思う。これは現代の白馬に乗った王子様だと。黒塗りのリムジンがオペラ座の前につけられていた。


 自分が映り込むほど磨かれた車のボディーを物珍しそうに見たまま、王子は放置していたが、喧嘩っ早そうなしゃがれた声がかかった。


「いいから、早く乗れや」


 声色に驚いて、少女が顔を上げると、さっきと違う王子が立っていた。まぶたを何度もこする。


「え……? 人が変わった?」


 両目一緒にこすり、暗くなった視界で、奥行きがあり少し低めの声が、俺さま全開で今度は言う。


「そんなに置いていかれたいなら、置いていってやる。ありがたく思え」


 少女が目を開けると、さっきと髪の色の違う王子がリムジンへ乗り込もうとしているところだった。彼女は慌てて、彼の腕を引き止めた。


「いやいや! お姫さまより先に乗ろうとするってどういうこと――っていうか、また人が変わった?」


 エスコートも王子も追い越して、少女はリムジンへそそくさと乗り込んだ。しかし、予想外の光景が広がっていた。クリーム色のシートは縦に二列、様々な色のタキシードを着た王子たちが待ち構えていたのだ。


 少女は驚くとともに、顔がにやけそうになるのを何とか堪えようと、表情が歪む。


「え……? ここは王子様パラダイスですか? 何でこんなにいっぱいいるの? 何かのミスでブッキングしたとか?」


 神様は何と素敵な夢の叶え方をするのだ。一人ではなく、十人もの王子様とめぐり合わせてくれるとは。


 天にも登りそうな少女に、王子から追い討ちがかかった。


「この前の返事を……、その、今日は聞かせて欲しいんだ」


 一番手前に座っていた王子が、少し照れたように言った。少女は思いっきり聞き返す。


「はぁ? 話が見えないんですが……」


 今日初めて会ったばかりなのに、こんなことを言われるなんて。記憶喪失か、それとも幻か。そんなことを考えていると、羽布団のように柔らかな声が、ちょっとずれたことを言った。


「恋は盲目ですか……」

「誰が恋して――!」


 だから、今日会ったばかりなのに、恋をしたなんて。そこで、少女に電流が走ったように、ライトの当たらなかった記憶が浮かび上がった。


「あぁ、あのことについてですか!」


 そうだ。確かそんな話があった。……気がする。リムジンは滑るように走り出した。優雅で芯のある声が、姫にチェックメイトをかける。


「返事をいただけるまで、今夜は帰しませんよ」


 その言葉を何度言われてみたいと思ったか。何度聞いてみたいと思ったか。思わず息を飲み、少女は揺れる車内で暴走し始めた。


「じゃあ、返事はしません! このまま朝までみなさんと逆ハーレムを楽しむ会で禁断の花園へ落ちて――」

「あまり話していると、舌を噛みますよ〜」


 凛とした澄んだ女性的でありながら男性の声が、ゆるゆる〜と語尾を伸ばした。少女は空いていた席に座りながら、満面の笑みを浮かべる。


「あぁ、お気遣いありがとうござ――」

「お礼を言われるようなことは言っていませんよ〜? 噛んでしまった時にはいさぎよく君には死んでいただきましょう」


 天国から地獄へ突き落とされたような気持ちになって、少女は夢からすっかり覚めた。


「え……? イケメンの仮面をかぶった死神だった――」


 白馬の王子という黒塗りのリムジンではなく、霊柩車だったのか。少女は背中にひやりと汗をかく。


「話はあとで聞く。静かにしろ」


 地鳴りのように低い声に注意されると、少女は王子たちが刑事のように見えた。


「逮捕されるみたいな感じなってるんですが、どういうことですか?」


 一番奥に座っていた王子が、ナルシスト的に微笑み、ナンパするように軽薄的に誘った。


「舞踏会。お前憧れてたでしょ?」


 少女は勝ち誇ったように、両手でガッツポーズを取り、「夢が叶ったぁ〜!」照れ隠しで前髪を何度もかき上げながら、王子たちにぺこりぺこりと頭を下げた。


「ご招待、ありがとうとうざいます。イケメン王子に囲まれての舞踏会!」


 ロングドレスにハイヒール。神の導きか。グッドタイミングで、チャンス到来。そうこうしているうちに、童話に出てくるような城が近づいてきた。


 はやる心が、車内でステップを踏ませる。王子たちを放置したまま、少女はノリノリで踊り続ける。


 いつの間にか閉じていたまぶた。真っ暗な視界の中で、春風のような柔らかで好青年の声が、少女を妄想世界から引っ張り出した。


「――喜ぶのはまだ早いんじゃないかな?」

「はっ!」


 少女は気がつくと、右手を大きく掲げ、ステップを踏んでいる途中だった。そして、冷ややかな視線を向けている王子に、にっこり微笑み返した。


「そうですよね? 私が誰かと踊ってる間、他の王子様たちは待ってるってことですもんね。それじゃ、退屈させてしまうから……」


 あくまでも十一人一斉に踊りたい少女。眉間にシワを寄せて、難しい顔をしたが、ピカンと頭の中で電球がつき、「わかった!」と言って、勢いよく車内で立ち上がった。リーフに頭を強打したが、違和感を覚える。


「痛っ――くない。何で? 頭ぶつけたのは気のせいだった?」


 考えているうちに、お城の玄関へリムジンは到着。誰にエスコートされたかを気にしている暇もなく、十一人で一緒に踊るを少女は実行しようとする。


「まぁ、それは置いておこう」


 宝石箱をひっくり返したような、きらびやかな明かりが出迎える。宮廷楽団の奏でる優雅なワルツが夜風に品よく舞う。


 少女は一人ぶつぶつと言いながら、入り口へとやって来た。


「待っている間、王子様同士で踊っていただけば、みんなも一緒に楽しめる――」

「夢を見るものいいけど、現実を見て」


 その声はさっきまでの春風みたいな柔らさはなく、今はどこまでもサディスティックだった。


「どういう意味――」


 聞こうとしたが、自分へ向かって、城が倒れてきた。あまりの出来事に言葉もなくし、入り口がくり抜かれていてちょうど、少女の横を強い風圧で壁は倒れていき、


 ズドーン!


 と、世界を崩壊するような爆音が地面を揺らすように響き渡った。


「え……?」


 凄まじい砂埃が舞い、景色は一変した。

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