融合神器のウェポンボディー 異世界に転生しても何も変わらない日常を送る……はずだった!
@sanryuu
序章
第1話
現実は糞だ。
揺れる電車の席に腰を下ろし、満員電車の中すぐ目の前でつり革を握って立っている若者を睨みつけながら
彼の肩には若者の荷物が当たっていた。それが電車で揺れる度彼の肩にとんとん叩き、鬱陶しい事この上なかった。
やりたくもない事をやらなきゃ生きていけないし、電車の中でゆっくり座ろうとしてるのにこういうクソガキにそれを邪魔されたり。
これ以上の地獄が他にあるか?あれば教えて欲しいもんだ。
もし人がいなければ、彼は唾を吐き捨てていただろう。
こんなにイライラするのも、と彼は苦々しい思いで天井を睨んだ。これから会社で叱られるだろうという確信のためだ。
ミスに気が付いたのは昨日の家路でのことだ。
ほんの些細なミス。しかしミスはミスだ。日本人というのは多くの成功よりも一つの失敗を騒ぎ立てる人種だ。
確かにミスを犯したのは悪い事だが、だからって怒鳴るほどか?それも同僚の面前で?正気か?
「はぁ…」
電車が1㎜進む度、憂鬱な気分がどんどん蓄積してくるようだった。
憂鬱な気分を紛らわすために、千幸は窓の外を見た。
現在電車は住宅街の近くを走っているようで、立ち並ぶ家々がひっきりなしに目の端に映りこんだ。遠くに周囲の建物より一際高い煙突が見えたが、すぐに後方に流れ去って行ってあっという間に見えなくなった。
高速で流れゆく景色はまるで時の流れのようだと千幸は思った。全ては一瞬で流れ去り、駅で止まる短い時だけ今がいつなのか知ることが出来るんだ。その時初めて自分がどれだけ年を取ったか思い知らされるのだ。
時間の流れについて考えこんでいると、次第に自分の人生について考えが移っていった。
思えば俺の人生は本当に特出することが無かったなぁ。
普通に学校に通い、山も無く谷も無く普通に順繰りに進学してゆき、浮ついた話も無くそのまま大学に入り、4年間何をするまでも無くダラダラ過ごし、で、その結果がこれ。
千幸は自らの人生を思い返し思わずうへぇ、と吐く真似をした。
平凡な事この上ない酷く面白味の無い人生だ。全くたまんねぇな。
くそったれめ。
千幸はうだつの上がらない自らの人生に心底辟易していた。変えられる物なら今すぐにでも変えてやろうと考えているが、考えているだけで実行に移そうとする気はさらさら無かった。
何か行動したところで何も変わりはしないと決めつけているからだ。
だってそうだろ?俺が何かしたところで何か変わるか?
この世は才能と運が全てだ。
どっちかを持っていれば成功できる、と言えば嘘になるが、まあ概ね似たようなもんだろう。
そのどっちかすら無い奴は何をしたところで無駄だ。時間の無駄。労力の無駄。若さの無駄。
成功するのはほんの一握り。それ以外はその一握りを支えるためだけに生きていくことを余儀なくされる。
別に今更それについてどうこう言うほど、彼は子供ではない。とうに現実と理想の折り合いはつけているのだ。
しかし、ふとした拍子に今みたいに人生の不平等さに文句をつけたりしたくなる時がある。
あーあ、変化のチャンスが転がってきてくれないものかなぁ。何だって良い。とにかくこの糞つまらない今を変えてくれるような出来事が起きないもんか…。
愚かな望みとはわかっているが、それでも千幸は思わずにはいられなかった。
*
「くそ、あの禿、さっさと癌にでもなって死ねばいいのに…」
家までの道をとぼとぼ歩きながら、彼は誰にも聞かれぬのを良い事に上司をなじりまくった。
案の定、彼は叱られた。
出社して顔を合わせるなり彼は上司に怒鳴りつけられた。おかげでその日は朝から憂鬱な気分で仕事をさせられる羽目になった。
当然そんな気分の中でまともに仕事をできるわけがない。
そのせいでまたミスしてしまい、今度はそれを思いきり見られてしまい、散々に叱られる羽目になった。
「くそたれ、どいつもこいつも舐めやがって!」
千幸は怒りに任せて電柱を殴ったが、別に電柱が圧し折れるわけでも無く、むしろ自分の手首が折れそうになった。
千幸は痛みでぴゅんぴょん飛び跳ね、殴った方の手を摩りながらあまりの情けなさに涙が出そうになった。
腹立たしさのために電柱を殴ったのに、逆に腹立たしさは一層強くなっただけで少しも収まりはしなかった。
小手先千幸は腹が立っていた。
他の社員の前で怒鳴りつける上司にも腹が立ったし、そんな些細なミスをしでかす自分にも腹が立った。どれだけ努力しても報われない理不尽な世界にも腹を立てていた。…努力するような夢など彼に有りはしないが。
「あ~痛て、くそ…」
彼は痛む手を摩りながらひとくさり毒づくと、再び帰路に向けて足を進めた。
時間は夕暮れを過ぎ、とっぷりと日は暮れていた。
こんな時間帯に住宅街を通る車は無く、また人もほとんど見かけなかった。
精々がスポーツウェアに身を包んだ健康志向気取りの爺婆ばかりで、それ以外に人影など影も形も無かった。
皆家に引っ込んで、とうに寝てるかセックスでもしているのだろう。
千幸はそう決めつけ、心の中で嘲った。
暗くなった道を照らすのは月明かりと大して強くない街灯の光のみ。物音の一つもしやしない。
千幸は静寂に包まれていた。時折点滅する街灯と、月明かりだけが光源の住宅街はどことなく不気味だった。
人の気配が全くしないため、まるでこの世界に自分一人しかいないのではないかと錯覚する。
全くこれじゃあ世界が終わったって気づきもしないだろうな、と千幸は皮肉っぽく思った。
…世界が終わることは無かったが、これから彼の世界が終わることになるとは、皮肉屋な彼でもさすがに見抜くことは出来なかった。
千幸は油断しきっていた。どうせ車なんて来やしないだろうと高を括っていた。だからこそ車道のど真ん中を歩いていた。
いつもはそれで何事も無かったが、今日は少々運が悪かった事を彼は思い出すべきだった。
背後から強烈な光で照らされ、千幸は面食らって背後を振り、びっくり仰天した。
納期に遅れているため、運転手が焦るあまり制限速度を軽く振り切ったトラックがものすごい勢いで千幸の背後から迫っていた。
強烈なハイビームに照らされ、千幸はびっくりした鹿みたいに硬直した。
早く動けこの馬鹿!
いくら頭が命令を出しても、その命令を体は悉く無視した。
耳を聾するクラクションが地獄へ招待するラッパのように高らかに鳴り響き、次の瞬間彼の体は宙を飛んでいた。
あれ?おれ、そらとんで…?
空中に投げ出された千幸は自分の置かれている状況が理解できなかった。
しかし千幸の理解が追いつく前に、彼の体は投げ捨てられた人形の様にぐしゃりと地面に落下した。
トラックの運転手は千幸を轢いた事に気が付いていたのだが、彼に構っていてはただでさえ遅れている納期がさらに遅れることになる事を思い出し、考え抜いた挙句トラックのドアを閉め、走り去ることにした。
逃げやがった!あの糞トラック、俺を轢いて逃げやがったぞ畜生!
遠ざかってゆくトラックの姿をぼんやりと目で追いながら、千幸は立ち上がろうとしたが、僅かに身じろぎしただけで終わった。
あぁ…くそ、これが俺の終わりかよ。
千幸は薄れゆく意識を何とか繋ぎ止めながら、心の中で毒づいた。
何も事をなさず、こんなしみったれた場所でくそみたいなくそトラックに撥ねられ、誰にも看取られる事無く、くそみたいに死んでゆく。
千幸はようやく自身の置かれた状況を理解した。もう自分が助からない事も。一度事実を認めてしまうと、もう立ち直ることは不可能だった。
諦めが彼の胸を満たした。
あぁ、何の意味もない人生だったなぁ…。
千幸は最後の力を振り絞り仰向けに態勢を変え、真ん丸な月を見ながらぼんやりと思った。
やっぱりこの世界は糞だ。
薄れゆく意識の中、最後に彼の脳裏に浮かんだ言葉はそれだけだった。
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