第86話 ゴーラド〈正しい言葉の選択〉
「ティラちゃん、何をやったんだ?」
いま、ゴーラドの上空には緑竜が三体いる。だが、どうやってここに移動してきたのかわからないのだ。気づいたらそこにいたという感じで……
それにだ。緑竜の様子がおかしい。まるで固まったかのように宙に浮かんでいる。
集まっていた緑竜たちは、すでに全部いなくなってしまったし。
「さあな」
頭上を見つめているキルナが上の空のような返事したところで、ティラがするすると下りてきた。
「お前、いま何をやった?」
降りてくるのを待ち構えて、キルナはティラに問う。
「そ、そのぉ……目立つかなぁって……す、すみませーん!」
なぜかティラは、必死になってぺこぺこと頭を下げる。
「なんで頭を下げている? それより、あの竜はどうなっているんだ?」
キルナは上空で浮かんでいる緑竜をさして問いただす。
「あれは……」
ティラは上を見上げ、それから周りを見回す。
「下ろすには場所が悪いですね。この辺りの木を伐採してしまってもいいんでしょうか?」
「ああ、それは構わないだろうが……」
キルナは迷うような視線を周りの木々に向けている。
どうやって伐採するか考えているようだが……
「伐採って、あの竜を下ろすとなると、かなり広くないとな」
つい普通に答えてしまったが、いや、ツッコミどころが多すぎるって。
あの竜はなんであそこで静止しているのか? まずはそこだろ?
それから伐採してしまってもとか、わたし簡単にやれますけどぉ、的な雰囲気醸すのやめてほしい。
「ティラ、お前、やれるんならやってくれ」
「今はやれませんよぉ。あいつらが頭の上に落ちてきちゃいますよ」
「私もやれないぞ」
キルナとティラが見つめ合う。なにやら無言の会話をしているように見えた。
「……わかりました。それじゃあ、ゴーラドさんよろしくです」
先に視線を外したティラが、さも当然のごとくゴーラドにお鉢を回してきた。
「は、俺?」
「一本一本伐採するのはちょっと手間でしょうけど、その槍で切り倒してくださいよ」
「冗談だろ。こんな太い木に切りつけたりしたら槍が壊れてしまうぞ」
「それくらいで壊れませんって。そんなに脆かったら、父が恥ずかしがって穴に隠れますよ」
「ゴーラド、ティラが大丈夫だと言うんだ。とにかく試しに一本、やってみろ」
イラついた声でキルナが命じてくる。
これ以上拒むこともできなくなり、ゴーラドは肩を落として槍を手に取った。
「ほんとにやっちまっていいのか?」
最後の念押しに、ティラに聞く。
「やっちまっていいですって。さあさあ」
ティラだけでなく、キルナも早くやれという目を向けてくる。
さすがにこちらもムッときてしまい、ゴーラドは近くの木の幹に向けて槍を振り上げた。
もうどうにでもなれだ!
やけくそ気味に力を込めて振り切ったら……
すいっという感じで振り切れた。
へっ?
まさか俺、距離を見誤ったか?
からぶるとかあり得ねぇ。
顔を真っ赤にしていたら、ずずっと不穏な音がし、ドオーッと木が倒れた。
「おお、見事な切れ味だな。驚いた」
キルナが感心したように言う。
「か、からぶったんじゃなかったのか? これ、俺が切ったのか?」
困惑して尋ねたら、キルナが笑う。
「お前がそう言ってしまうほど、手応えがなかったわけか?」
その通りだ。まるで切ったという感覚がなかった。
そのあとゴーラドは、戸惑ったまま木を切り倒していった。
「倒した木は邪魔なのでいったん回収しますけど、そのあとどうすればいいですか?」
ティラが尋ねてくるが、ゴーラドの耳には入ってこない。大木をスッパリ切るのに夢中になってしまっていた。ゴーラドの意識外で会話は続いていく。
「好きにすればいいさ。必要ないなら、この場に転がしておいてもいいし、町に戻ってギルドに買い上げてもらってもいい。たいした値にはならないだろうから、勧めないぞ」
「もらっていいのなら、もらっておきます」
「物好きだな。……ゴーラド、もういいだろう」
木を伐採し続けていたゴーラドに、キルナがストップをかけてきた。
「なんだ、もういいのか?」
「周りを見てみろ?」
キルナがそんなことを言ってきて、ゴーラドは槍を下ろして周りを見ました。
あれ?
「俺、こんなに切り倒したか?」
「この山の木を全部刈るつもりか?」
「スパスパ切れるから面白くなってきてな」
笑って言ったら、キルナが大迫力で迫ってきた。
「私にもやらせろ!」
「もういいんじゃなかったのか?」
「もう一本くらい切ったって……」
キルナが話していると、ドスンドスンドスンと大きな音とともに地響きがした。ふたりそろって振り返ると、緑竜が地面に落とされていた。
「下ろしましたよぉ」
のほほんとした報告をもらう。
倒木もすべて回収を終えてしまっていた。
ティラちゃん、やることが素早いなぁ。
「緑竜はゴーラドさんが収納しますよね?」
「お、おお」
「ティラ、下ろすなら、何で下ろすと言わない!
」
叱責するようにキルナは口にする。
「報告が必要でしたか?」
「下ろすところを見たかったに決まっているだろう」
キルナは不機嫌に言い放つ。
なんかなぁ、キルナさんの性格がちょっとわかってきたって言うか……
あれもこれもやってみたいんだな。
まるで子ども。と思ってしまったが、この分析については絶対に口にはできない。半殺しにされそう……いや、されるな。
緑竜を魔道具の袋に収納しようとゴーラドは歩み寄っていった。
現物を目の前にして、生々しさがビンビン伝わってくる。ゴーラドは武者震いした。
「なんか、こういうことになっちゃって、ほんとにすみませんでした。他の緑竜を全部逃がしちゃって……」
すまなそうな顔をしていたティラだが、急にプンプン怒り出した。
「いくら緑竜なんて小物だとしても、竜ともあろうものが、とんだ意気地なしですよ」
緑竜を激しくディスり、うっぷんを解消しているようだ。
しかし、よくわからないが……とんでもない魔道具を持っているんだなぁ。
「今回も驚かされたぞ、ティラちゃん」
「まったく訳が分からないが……なにはともあれ、緑竜の魔核石を拝むとしよう」
キルナは剣を抜き、緑竜の胸をざっくりと割いた。そのことにも驚いてしまう。
「キルナさんの剣は凄いんだな。竜というのは、とんでもなく固いと聞くぞ」
「普通の刃物では歯が立たないさ。良質の魔核石で加工した刃ならこうして切れるがな」
つまり、キルナの剣は良質の魔核石で加工してあるという事か。
「ゴーラド、お前も取り出してみろ」
切れ目に手を突っ込んで魔核石を探りながらキルナが命じてきた。
「俺もか? しかし、魔核石で加工した刃物じゃないと無理なんだろう?」
「持っているじゃないか、そこに」
キルナはゴーラドが携えている槍をさす。
「この大きいやつをどうぞ。リーダー」
ティラが一番でかい緑竜を勧めてきた。
近くで見る緑竜の外皮は岩壁のようだ。とても槍が刺さるとは思えない。
けど、大木をあっさりスライスした槍だしな?
ゴーラドは、ティラの期待する目に促され、思い切り振り上げた槍を、渾身の力を込めて突き出した。
音もなく槍は緑竜の外皮を突き抜ける。
すると、目もくらむような光の爆発が起こった。
腰が抜けて尻餅をつく。
「な、なんだ?」
「あー」
キルナが驚きの声を上げ、ティラがやっちゃったな的な声を上げる。
「力いっぱいやりすぎですよ。普通に切るだけでよかったのに……ほら、こんな風に」
ティラは小さな小剣をポーチから取り出し、見本をやって見せようとする。
残っている最後の緑竜の喉元に槍をさすと、すーっと縦に切った。割れ目に手を差し入れたティラは、魔核石をひょいと取りだす。
「まあまあですね」
いや、こっちはそんな場合じゃない。
「不味いことになったぞ!」
ゴーラドの刺した槍はまだ刺さったまま。引き抜こうとしても引き抜けなくなってしまっている。
焦りが湧く。こいつは借りものだというのに……
「槍が使い物にならなくなるかもしれん」
顔をしかめて言ったら、ティラが「大丈夫ですよ」と答える。
そこに片手に魔核石を持ったキルナがやってきた。彼女は突き刺さったままの槍に手をかけ、引き抜こうとするが、やはり抜けない。
「光が消えるまで待たないとダメですよ」
確かに弱まってはきたが、まだ光り続けている。
「ティラちゃん、待てばどうにかなるってのか?」
望みを託して尋ねる。
「槍の刀身が魔核石を取り込んじゃってるんだと思います。武器としてはレベルが上がったはずなんで、よかったかもしれないですけどね」
刀身が魔核石を取り込んだ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「とんだ魔槍だな。魔核石を勝手に食ってレベルが上がるというのか?」
魔槍だ?
「キルナさん、食うとか言っちゃうと、ゴーラドさんが引いちゃいますよ。ここは取り込んだという表現を使ってください」
どっちでも変わらないと思うのだが……
おっ、光が消えてる。
ゴーラドは試しにゆっくりと槍を引く。今度はなんの抵抗もなく槍は抜けた。
魔核石を取り込んだという話だが、見たところ何も変わりはないようだ。
「ゴーラド、割れ目に手を突っ込んで、魔核石があるか探してみろ」
キルナに言われ、探してみたが魔核石は見つけられなかった。
「本当にその槍は魔核石を食ったようだな」
「もおっ、キルナさん、食ったんじゃなくて取り込んだんですってば」
ティラはそこが大事とばかりに訂正する。
「ゴーラド、いつまでもぼおっとしていても仕方がないぞ。ギルドから支給された袋に竜を入れるとしよう」
作業に取り掛かろうとしたところで、複数の馬が駆ける音が近づいてきた。三人は手を止め、立ち上がってやってくる客を待つ。
ほどなくして、馬に乗った騎士の軍団が姿を見せた。
「これはいったい?」
先陣を切って駆けてきた騎士が、地面に転がっている緑竜を目に入れ、驚きの声を上げた。
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