第17話 人族に仇なす者

 テストを終え、再び魔王城へと戻ったクロードは先日と同じように応接間へと通される。


「失礼します」


 扉を開き、室内のニルに向けて拝謁姿勢を取る。


「掛けなさい」


 クロードが席に着くとニルは自身の前に置いてあった二つのカップの内、一つをクロードにスライドさせる。


 独特の匂いを放つ薄茶色の液体、紅茶のようだった。


「まずはお疲れ様です。貴方の行動は全て見ていました」

「無理を言って衣類をお借りさせて頂いたお陰です」

「テストの結果ですが……その前に幾つか質問をしましょう」


 ニルがカップを置き、クロードを見つめる。


「一つ目、直接的な攻撃ではなく内部崩壊を誘発させた理由を教えてください」

「まず、私一人で殺戮を行った場合逃走者を出す可能性が多くありました。ニル様から賜った指令は『村の滅亡』だけでしたが、生き残りが外部に通じれば人族側が付近に警備軍などを派遣し、魔王軍の侵攻の妨げになると考えたからです」


 クロードは続ける。


「次にスライムが効率的に繁殖できる環境を作る事で汚染地域の増大、そして前線の後退をある程度抑制できるかと」


 霊峰を出て直ぐに関所を配置している魔王軍と違い、人族は霊峰付近に何も対策を置いていない。


 これは霊峰付近の濁った魔力により一般人が長時間留まることが不可能であることに加え、人族軍の主軸となる王国が霊峰から非常に離れており、霊峰付近は軍を配置するには水源や物資が乏しいことが原因であった。


 魔力の違いのお陰で人族、魔族共に簡単にはお互いの領地に踏み入れないという理由から霊峰付近の地域は汚染が報告された時のみ浄化隊を送り込む、言ってしまえば霊峰から少し進んだ地域までは守備を捨てているのだ。


「なるほど、では二つ目。 テスト内容として指示されていない集落の汚染を行ったのは?」

「一つは人族側に知られること無く進軍時の補給地点を確保することですが、旅人や行商等が立ち入った際にその存在を知られないためです」


喰らい穢す者ディヴァ・ティンザ】によって充満した魔力の濃度は霊峰を超えた魔族領地とほぼ同値であった。


 麓程度の低濃度であれば常人が立ち入っても体調を崩す程度で済むが、あの濃度であれば異変に気付いた侵入者が脱出する間もなく絶命する事は想像に難くない。


「分かりました。どうやら貴方は力だけを誇示する有象無象とは少し違うようですね」

「光栄です」

「良いでしょう、テストは合格。 これより貴方を魔王軍の一員として認めます」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、感謝の意を示す。


 名実共に手に入れた人族へ仇なす者の称号、しかしクロードは未だスタートラインに立ったに過ぎない。


「手を出しなさい」


 ニルの指示に従い、利き手である右手を差し出す。

 ひんやりしたニルの手がその手を包みこみ――


「痛みますよ」


 そうニルが言い切る前にクロードの右手に激痛が走る。


 炎で炙られ、短刀で抉られるような苦痛。しかしクロードは突然の感覚に驚いたような表情を一瞬浮かべたものの、苦痛を顔に出すことは無かった。


 数秒ほど経過し、ゆっくりと痛みが引いていく。完全に痛みが消え去った時、クロードの手の甲には深紅の紋章が刻まれていた。

 魔族領地内の至る所、そしてニルの目を隠す布にに描かれていたシンボル、これこそが魔王軍への所属を示す刻印である。


「痛みに強いのですね。一般兵は皆悶え苦しむのですが」


 くすりとニルが口角を上げる。


 故郷で勇者一行から受けたあの苦痛に比べればこの程度の痛みはクロードにとって眠気すら誘うものであった。


「さて、既に貴方の話は通してあります。 早速その身体で魔王軍の為に尽くして頂きますが……」


 ニルが一冊の薄い本を取り出す。


「まずはこの魔王軍の構成、ルールを簡単に説明しましょうか」

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